第3話 打の楽団

 「と、いう訳で新入りだ!」


 「よろしく..。」

 無理矢理連れてこられた先は空に浮かぶ船拘束された訳でも脅されている訳でもないが、とある男の圧で逆らう事に異論を感じている


「シロフォンとティンパニが不甲斐ない事をした。中々強い連中の筈なんだがな、それを上回るたぁ大したもんだ!」


「一番怖ぇのはあんただよ..。」

音壁を破られていたとはいえ手も足も出ないのだ、ついていく他に選択肢は無い。


「シンバルか..使いもんになんの?」


「コンガ、お前はいつも新入りに厳しいな。

心配しなくともコイツは強いぞ!」

余り信用されてない、仕方ないか。パッと聞いてシンバルに期待する奴はいないだろう


「ここは..打楽器の集まりか?」


「よくわかったな、その通りだ!」

ティンパニにコンガ。

聞いた事ある楽器だ、小物だろうがな。そんなもん相手にしていても意味はない、目指すは大将首..それしかねぇ。


「ん、どうした新入り。

私の顔がそんなに気になるか?」


「…ん、あぁいや。」


「....そうか、まだ名を名乗っていなかったな。

私の名前はドラム、このオーケストラの長だ」


「ドラム..。」

超絶花形楽器じゃねぇか!

前世では随分目立ってくれてたな、お前のせいで俺は文化祭が大っ嫌いだったんだよ!


「よろしく、ドラム..。」

寝込みを襲うか。


「おう、よろしくなシンバル!」


「こら新入り!

ドラム様を呼び捨てにするな!」


「やめろカスタネット、構うものか。」

そうだぞ小物、お前になんざ眼中にねぇんだ


「少し..休みたいんだけど、部屋ないか?」


「おう、丁度一つ空いている。

シロフォン、部屋まで案内してやってくれ」


「…はい。」

船の甲板から、階段を伝って下の部屋へと誘う。先程まで争っていた人物と共にいるからか会話は無く冷静な時間が流れる。


「..勘違いするなよ、お前をここに呼んだのはお師匠様が望んだからだ。決して私達の意思じゃない。」


「なんでそれをわざわざ伝える?

..何か警戒してるのか、俺が怖いのか」


「調子に乗るな、生まれたばかりの新人が。」


「その新人に負けたのは誰だ?」


「……。」

煽られるなど久し振りの感覚だ。長らく強者として君臨したシロフォンだったが、まさか新人に劣るとは。隊の連中も勿論本人も予想外の出来事であった。愉しみ笑っていたのは筆頭であるドラムだけだ。


「この部屋だ」


「..なんだベッドしかないぞ?」


「文句を言うな、飯は時間になれば皆で食う。

不自由は無い筈だ。お師匠様の船だからな」


「わかりましたよ..。」

今夜から俺の船になるとも知らずにな。

心の中でそう呟き暗い部屋で一度目を閉じた


数時間後..。


「アッハッハッハ! 食え、皆の者!

作ったのは私では無いがなっ!」

ご機嫌にグラスを傾け酒を呑んでやがる、今夜は随分酔うだろうな。


「しっかりと噛みしめて味わえ..。」

最後の晩餐に何を食べたいか、選択肢は残念ながら無いが充分に腹を満たしてほしい。


「今日は新人歓迎だ!

ありったけの酒持ってこい!」

部下に酒を持って来させ、夜遅くまで騒ぎ倒した。海賊のように豪快にけたたましく。


「……バカか、コイツら。」

船員は高いびきで甲板のそこここに転がり、腹をみせて大口を開けている。


「さて、行くか..。」

目的の筆頭はというと律儀に自室へ戻り、眠りに付いた。


「根城はリサーチ済みだ。邪魔するぜ、生憎俺はアンタに忠実な部下じゃないんでね。」

大きな扉を両手で開く。

音がたとうが立ちはだかる部下はいない。


「..よぉ船長さん、酒美味かったか?」

甲板同様高いびきでベッドに横たわる姿は無防備そのもの、油断を体現しているようだ。


「演奏、開始だ..。」

シンバルを大きく叩き音域を展開、部下が起きようと既に出遅れ。主導権は全てシンバルの元にある。


「アンタを倒せば一歩花形突破だ。

..悪いが静かに居なくなってもらうぜ?」

二打目で音壁を構築、最早逃げ場は完全に無い。首元にまで手が届いている。


「どうするよ、もう行くとこ無いぜ?」


「……そうだな、もう船の中にはいられんな」

薄暗い部屋の景色が一変し、花畑に変わる。


「…なんだよ、これ..⁉︎」


「言っただろう、船の中では無い。

見たまんまの綺麗な花畑だ」


「一体何をした!?」


「何もしておらん、お前と同じ事だ。」


「まさかこれがアンタの...音域!?」

ドラムの音域は広く弾ける。

筆頭のそれは空間すらも大きく変える。


「音脈が乱れてるぞ」

スティックでドラムを叩く

張っていたシンバルの音壁が粉々に砕け、砂粒の如く花の肥料となった。


「ウソだろ..!?」


「音に嘘などあるものか。」

スティックを跳ねさせ、激しくビートを刻んでいく。花畑の花は大きく成長し、獣のような牙を生やして喉を鳴らすようになった。


「くっ、音壁展開!」

シンバルを二度鳴らし壁を張る。


「どこまで保つか?」

花の牙は食い込むものの、なんとか壁が防いでいる。しかし時間の問題だろう、なにせここはドラムのテリトリー。余所者が立ち振る舞える程自由な空間では無い


「仕方ない、三打目!」

音壁を刃に変え花に刺し込む。一通りの花を一掃し、余った刃がドラムを狙う。


「……。」

ガラ空きのドラム。抵抗はせず、こちらを見る


「終わりだ」

刃が瞳に刺さる直前、片方の口角を上げにやりと笑い口を開いた。


「出番だ、シロフォン。」


「はいっ!」

木琴の音色が響き、刃を落とした。


「あの女..」


「残念だったな、シンバル。

悪いがお師匠様は傷付けさせん!」


「やっぱりアンタは起きてたか。」

彼女は常にこちらを警戒していた。そんな女が、腹を出して寝転がるなどありえない


「いいのか?

アンタ一度俺に負けてんだよ」


「それは間違いだなシンバルよ。

確かにシロフォンはお前に力で負けた。しかしな、こやつの本来の役割は〝守〟だ」


「音域越えれると思ってる?」


「音壁展開!」

ドラムとシンバルの間を隔てるように、ヴェールのような壁を作る。


「遮断の壁か。

でも悪い、音域は既に向こう側にある。」

シンバルを鳴らし音を発生させ、直接衝撃波としてドラムへ飛ばす。


「一打目の応用か!

音域を生み出した後、一打ずつ鳴らす。だが甘い、元々は私の領域だ。」

ドラムを一鳴らし、自らの音で衝撃波を掻き消した。シンバルの発生させた音域は、ドラムの音域の上にただ乗っているに過ぎない。


「地の利は我に有りだ、ガッハッハ!」

守と力の反撃。攻撃は最大の防御、それは守を補う為にも使うことが出来る。


「元気過ぎると油断を生むぜ?」

再び音を奏で衝撃波を放つ。先程と同じやり方で、それを掻き消す。


「どうしたシンバルよ、もうお手上げか!

我らの連携に最早手も足も..」


「出るよ、よく見ろ」


「何..消えてないだとっ!?」

ドラムの音が当たる先端の部分に二打目を打ち込み壁を生成。音を防ぎ、衝撃波をドラムへゴリ押しする。


「筒抜けだな、旦那。」


「ビブラフォン」

横から低い音が邪魔をする。


「なんだ?」

衝撃波が重力を帯び、落下する。

音域内が重く悲鳴を上げているかのようだ。


「..アンタか、余計な事しやがる。」


「それが役割でな」

シロフォン二つ目の守り〝ビブラフォン〟音域内に重力を生み出し操作する。空間内だけでなく物理的な物などにも付与が可能。


「..重たいな」


「相当な負荷を掛けてる、お前を中心に一部分だけ重くする事も出来るぞ?」

軸を変えれば範囲も量も自在。

影響を及ぼすのは、自分の音域の範囲内ではなく〝相手の音域内〟の空間


「ネタバレしていいのかよ、不利になるぞ」


「ならないからこそ、やっている..!」

シンバルにピンポイントで負荷を掛ける。立っている事もままならず、身動きが取れない


「ぐおぉぉっ..!」


「…お師匠様、トドメを刺すなら今ですよ。」


「..悪いなシンバル。強者に挑戦したいのはわかるが、これが力の差だ」


「...そうだな。」

重力を帯びた空間全体が歪み、ドラムを包むように捕らえた。


「お師匠様!」

白い餅のような壁が握るようにドラムをがっしりと掴んでいる。


「構うな!

..こやつ、まだ奥の手を」


「奥の手じゃねぇよ、これは三打目だ。」


「三打目だと?」

壁を刃にして飛ばしていたものとは随分と形状の異なる、最早原型を留めていない。


「何をした、シンバル!」


「うるさいっての、静かにしてろ。」

ドラム同様絡め取り包込んで確保する、音は通さず重力も効かない。


「何をしたも何もないよ。三打目の力は音壁の変化、性質なんて自由自在。」


「重力すらも無視するのか..!?」


「話聞いて無かったのか?

自由自在って言ったよね、なんだって出来るよ。無視する事も、マウント取る事もね」

担いだ負の遺産は後に宝となる。

苦しみなど一時のものだ、たとえ長くとも。


「こんな事もできるけど、どうかな?」

掌を広げ、閉じる。餅のような壁は一つになり二人を完全に閉じ込め球体となる。


「やっと言えるね、終わりだよ。」

球体は光を放ち、音を立てて破裂した。周囲には大きな爆風を残し、破裂共に外へ飛び出した演奏者は音域の中で焦げ落ちていた。


「……くっ..。」「……」


「戦意喪失?

船長ぶっ倒した訳だけど、俺は何者になるの」


「やるな..シンバルよ。」


「タフだね、アンタ。」

衝撃をモロに受けても尚息がある。強者といのはしぶといものだ、まるで底が知れない。


「..お前になら、出来るかもしれんな...全ての音響..統一が...。」


「音響統一?」


「この世界の流派全ての統一だ。

打•弦•管の楽器は各々が隊列、組織を作り船に乗って移動をしている。それぞれに敵対視は特に無いが、確立された力として世界に君臨している。


「最初からそのつもりだよ、船があるのかぁ。どうやって他のやつに会えばいいんだろ」


「..切符をやろう、但し片道だ。

帰り道は向こうに委ねるんだな」

シンバルに向かって何かを投げる。受け取り確認すると、それはカードキーのような、薄いプレートのようなもの。中心には赤く大きな文字で〝ギター船〟行きと書かれている。


「何これ?」


「それは通行証だ、過去世でいう定期のようなものか。..それで船まで行ける」


「船までって、どうやってさ?」


「..来るぞ」


「....何だろうね、これ。」

鈴のような高い音が近付いてくる。よく耳を澄ますとそれは汽笛のようで、どうやら列車がこちらへ向かっているようだ。


「よっは! よっは!」

子供の落書きのような小さな生き物が列車から顔を出し声を上げている。


「何かこっわ..。」「案ずるな、敵では無い」


「はい、ストップストップ〜!」

小人の一言で列車は止まり、扉を開ける。


「ハイヨーお久しぶり、ドラムさん。

外出しないアナタが列車をご利用かい?」

姿を完全に晒した小人は思ったよりも小さく控えめだった。顔はだれでもコッペパン一つと豆三つを描けば書けそうなクオリティだ。


「いいや、今回は私ではない。そこの若いの、名をシンバルという」


「……ども。」


「....おぉっ〜! ソーデシタカ!

珍しいと思ったら別のカタでしタノネ!」

どこまでも漫画のような小人だ。両頬を掌で抑え身体を伸ばして驚嘆している、数分で苦手なタイプだと判断できる。というより得意な者はいるのだろうか?


「……。」


「済まんが慣れてくれ、私は好きだが」

ここにいた。


「通行証をお見せ下さい!」


「これか?」「ハイソーデスソーデス!」

通行証の文字の上に、スタンプラリーのように大きく判が押される。


「デハ、準備が出来次第お乗り下さい!

ドラムさんもどうですか、一枚の通行証で二人までお乗り出来ますケド?」


「いや、私はいい。彼を頼んだ」


「カシコマリマシタ〜!」

ご機嫌に列車の中へ還っていった。あとはこちらの準備待ちといったところか、身支度をする程の荷物は無いのだが。


「…さて、行くか。」


「気をつけて行けよ、敗者がナンだが。」


「……ああ。」

ボロボロの身体で笑顔を作り手を振っている。タフなのか無理をしているのか、どちらにせよ過去世ではあり得ない光景である。


「行くぞ、次の花形へ。」


「待てっ!」


「...なんだよ、アンタ生きてたのか。」


「私も連れていけっ..!」

服の綻んだ傷負いのシロフォンが、睨みをきかせて同行をせがむ。


「..シロフォン。」


「無理すんなよ、足震えてるぜ?」

確実に先程のダメージが蓄積している。無理をしているというのは、こういった姿の事だ


「いいから連れて行け、必ずだっ!」


「..勝手にしてくれよ、来たきゃ来れば?」


「....交渉成立だな」


「してねぇよ、交渉は。」

護衛のつもりか復讐のつもりか、シンバルを野放しにしたくは無いようだ。


「お師匠様、行って参ります。」


「おう、気をつけて行けよ?」

深々と頭を下げ、列車に乗る。船を船長に預け、別の船の元へ。


「乗ったぞ、動かしてくれ。」


「ハイハイタダイマ〜!

..アレ、お一人追加したノデスネ?」


「お世話になります、車掌さん。」

ここでもまた深々と頭を下げる、海賊にしては礼儀が良すぎる気がするか。


「ギター船行き〜ギター船行き〜!

只今鈴ノ音列車ごドラム船から発車致しマス」


「待ってろ花形、高い鼻へし折ってやる..!」

演奏者シンバルの復讐劇、二打目。



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