第2話 目覚めと名前

―――アース星暦 1999年 7の月 某日―――


「‥‥‥‥ここは?」

「‥‥‥‥起きたか」


 目を覚ますと、目の前に男の人がいた。

 男は銀色の髪の鋭い目をしていた。


「‥‥だ、れ?」

「俺はゴウ。お前の名は?」


 ゴウと名乗った男の人は俺に名を訪ねた。

 俺は自身の名を名乗ろうとしたが‥‥‥‥分からなかった。


「俺の名前は‥‥‥‥なんだ?」

「そうか‥‥‥‥記憶がないか。いや、存在が揺らいでしまったのか‥‥まあいい。些細なことだ。ところで、お前は今の現状が分かるか?」

「げんじょう?」

「付いてこい」


 ゴウは俺に背を向け、歩きだした。俺も、起き上がりゴウの背を追った。

 俺が居たのはテントの中だったようで、直ぐに外に出れた。そして、外の様子を見て、絶句した。


「なに‥‥‥‥ここ?」


 まず上を見上げた。空は真っ暗で、夜のようだった。だが、星は見えなかった。

 次に下を見た。俺が立っていた場所はどうやら、岩山の上だったようで、周囲よりも高い位置にいた。どうしてこんな位置にテントを立てたのか、下の大地を見て、理由が分かった。

 大地が赤かった。


「あれは?」

「これを見ていろ」


 ゴウは手にこぶし大の石を持っていた。そして、その石を赤い大地に落とした。

 石は地に落ちる前に燃え尽きたのが見えた。


「燃えたの?」

「ああ。あの赤は空から飛来した紅い星の影響で大地に熱が残った結果だ。触れれば人間なんざ、あっという間に燃えカスだ」

「紅い‥‥星?」

「覚えていないか‥‥‥‥それとも、忘れているのか?」


 ゴウに言われて、少し思い出してみた。紅い星を初めて見たあの日から‥‥

 紅い星がある日突然、空に現れた。それは日に日に大きくなっていった。それに俺は何故だか不安に思っていた。一体何処まで大きくなるのか、そんな漠然とした不安を抱いていた。だが、漠然とした不安はある日現実になった。

 紅い星が落ちてきた。何処にも逃げ場はなかった。なぜなら、あまりにも大きすぎたからだ。

 突如落ちてきた紅い星が全てを圧し潰し、焼き尽くした。自分は誰かに、何処かに押し込まれ、結果生きていた。

 だけど、その全ての人の顔が浮かばない。誰一人、名前さえも、思い浮かばない。そして、自分自身の事さえも‥‥‥‥分からない。


「‥‥‥‥分からない、俺は? 僕は? 私は? 誰?」

「お前は‥‥‥‥いや、どうやら自身の存在が定義出来ていないようだな。なるほど‥‥‥‥あの方が言っていた通りか。ならば、俺がお前を定義しよう。いいか、お前は‥‥‥‥『ミライ』だ」

「『ミライ』?」

「今日、この時、この場所から、お前は『ミライ』だ」

「ミライ?‥‥ミライ‥‥ミライ!」

「感謝しろよ。その名は‥‥‥‥俺が最も敬愛する方の名だ」


 俺は自身の名を呼び続けた。自身がミライであると、認識させるために、でも、ゴウの言葉も耳に届いていた。だが、ゴウの表情だけは見ることはなかった。


「起きたのね‥‥その子」


 俺達の背後から、声が聞こえた。

 振り返った先には4人の男女がいた。


「ああ、さっきな」

「そう‥‥君、名前は?」


 一人の女の人が俺に目線を合わせるようにしゃがみ、名を問う。


「ミライ!」


 与えられた名を胸を張って告げた。


「!」


 名を聞いた女の人は驚く顔と共に、ゴウさんに目を向けた。


「‥‥‥‥そう、この子にそう定義付けたのね」

「‥‥‥‥ああ」

「そう。‥‥貴方はミライ、というのね。私はセイ、よろしくねミライ」


 後の三人は特に話してこなかった。

 だけど、ゴウに名を教えられた。

 青髪の女がセイで、黒髪の男がトキ、同じ黒髪の女がソラで、トキとソラは兄妹らしい。あと、茶髪の男がシン。

 四人は、いやゴウも含めて5人は黒いローブ着ていて、皆指輪や装飾品を身につけていた。


「さて、ミライの紹介はともかく、現状はどうだった?」

「現状‥‥ね。一言で済むわよ、この世界は『終わった』わ」


 ソラが言葉を発した。その言葉の意味が俺には良く分からなかった。だけど、他の4人には理解できていた。


「‥‥そうだな、いくら取り繕ったところで、現状は変わらない。残念だが、この時間軸でこの星は終わりとなる。あの方の言葉通りだったわけだ」


 トキはソラの言葉に同意している。

 時間軸? 星は終わり? あの方? 色々分からない言葉が多かった。聞いたら教えてくれるだろうか‥‥


「紅い星が落ちる前に来たかったけど、それは出来なかった。因果の巡りか、時間軸への干渉か、それとも何かしらの要因か、原因は分からない。だけど結果は何時も同じだ。星はこの時に終焉を迎える、この事実は変わらなかった」


 シンの言葉にも、良く分からない言葉が出てくる。でも、『紅い星が落ちる前に来たかった』と言う言葉に何処か違和感を感じた。

 『来たかった』と言った。紅い星はあれだけ大きかったのに、まるで紅い星の影響がないところから来た、という意味に聞こえた。


「ゴウ、私達ではたどり着けないのよ。どれだけ繰り返しても、星の滅びは変わらない。何が原因で起こるのか、その滅びは運命なのかそうでないのか、どうすれば回避できるのか、まるで分からない。私たちが何度試みても、きっと同じ結果に至る。この星には、ここから先の未来が用意されていないのよ。‥‥‥‥つまり、ここで終わりなのよ」


 セイは言い切った。ここで『終わり』だと。だが、それがどういう意味なのか俺には分からなかった。


「そうか‥‥‥‥そう、か‥‥」


 ゴウは言葉を繰り返すだけだった。


『ドオオーーン!!!』


 突然轟音が響き、周囲に衝撃が走った。


「な、なんだ!?」


 俺が驚きの声を上げる中、5人は酷く冷静だった。


「おそらく、地中に蓄えられた熱が一気に爆発したんだろう。どのみち、この場に長居は出来ない。移動するしか無かろう。ミライ‥‥これをお前にやろう」


 ゴウは自身が身につけていた指輪を外し、俺に手渡した。


「これは?」

「『時渡りの指輪』というモノだ。使い方はその指輪に『魔力』を込める、そうすれば出来る」

「まりょく?」


 魔力? とは一体なんだろうか。俺にそんなものがあるのか、いや、そもそも使い方さえ分からない。一体どう使えばいいのか‥‥‥‥

 とりあえず、渡された指輪を力強く握ってみた。ギュッと握りしめてみた、すると指輪が光出した。


「な、なにが!?」


 指輪が光出したことに驚いた。だが、不思議と不安ではなかった。この指輪が語り掛けてくるように、使い方が頭に浮かんできた。

 頭に浮かんだやり方をなぞると、扉が現れた。その扉はひとりでに開きだした。


「‥‥ゴウ、貴方があの子に‥‥ミライに名を与えたのはこういう事なのね」

「当然だ、この時間軸で唯一の生存者。つまりは‥‥‥‥『特異点』だ。そして、この時の状況を知る者はただ一人。ならば、アレを起動出来て当然だ」

「けど、どうするんだ。アイツが作ったのは『ランダムゲート』だ。いつ、どこに、飛ばされるか分からないシロモノだ。俺達はこの時間軸に入るのに指輪の魔力を使ったから出るには魔力不足だ。自力では帰れない」

「別にいいんじゃない、『ランダムゲート』でも。このままここにいるのはイヤだしね」

「ああ、俺達もミライと同じ特異点。ならば、俺達もいつか、巡り合う。その時にはミライともだ」

「いつか、巡り合う、か。確かにな、俺たちも本来なら、ここにも、どこにもいなかった。俺達が居たのは、あの方に出会ったからだ。きっとこうなることを知っていたから、俺達にこの時への道しるべを残した」

 

 ゴウは自身の指輪を外すと、チェーンに通す。セイも指輪を外し、ゴウに手渡すとチェーンに通す。トキも、ソラも、シンも同じく指輪を外し、チェーンに通す。

 ゴウはミライの下に歩き、ミライの首にチェーンを掛ける。


「ミライ、この扉を通った先、これまでとは違う場所に行く。何処にたどり着くかは運次第だ。だが、この扉の先に未来がある、ミライ自身の未来がある。迷わず進め、進み続けた先できっと俺達は出会う。その時、お前に、俺達の全てを話そう」


 シンが俺の頭を撫でる。


「ではな、ミライ。いつかまた出会ったら、俺と剣を交えよう。お前はきっと立派な剣士になる」


 シンは俺にそう言って、扉の中に飛び込んでいく。

 シンとは初めて話したというのに、俺の事を知っているような口ぶりだった。俺は剣なんか、使えないのに‥‥‥‥


「じゃあ、次はアタシが行くわね。またねトキ」

「ああ、またなソラ」


 二人の黒髪の兄妹はただそれだけ言っただけで終わった。

 そして、ソラが俺の前に立つ。


「これが後々ああなるなんて、本当に面白いものね、人間って。ミライ、アタシはソラ。いい、忘れたら嫌だからね。‥‥よし、じゃあ行くね。またね!」


 ソラが明るく、扉の中に駆けていく。

 ソラ、ソラ、ソラ‥‥忘れないように心の中で名を呼んだ。彼女も俺の事を知っているようだった。後々ああなる? って一体何になるんだろうか。いつか聞いてみたいな。


「では俺が行く。ゴウ、セイ、暫しの別れだな」

「ああ、またな」


 トキはゴウとセイに別れを言うと、俺の前に立ち、膝を付く。


「ミライ‥‥いつか、また会おう。また会えた時、俺はお前を護る盾になる。今度こそ、必ずお前を護って見せる! だから、それまで生きてくれ。‥‥‥‥頼む」


 涙交じりの声だった。トキは俺に頭を下げ、詫びるように、言った。その言葉の意味は分からない。だけど、言葉の重みだけは理解できた。


「トキ‥‥また、会おう」

「!! ああ、必ずだ!!」


 俺はトキと再会の約束をした。トキが俺に何を見ているのか、分からなかった。だけど、この約束はしなければならない、と思った。

 トキは扉の中に入っていった。


「ミライ‥‥」


 セイが俺の名を呼んだ。

 俺が振り返ると、セイは俺を抱きしめた。


「ミライ‥‥貴方はこれから多くの困難に見舞われる。多くの出会いと別れが訪れる。だけど、決して悲観的に考えないで。困難は貴方を成長させる糧になる、多くの出会いと別れは貴方に成長のきっかけをくれる。だから、笑っていて。貴方は誰よりも強いんだから‥‥‥‥」


 セイは力強く抱きしめた。痛くはない、ただ温かかった。ミライと呼ばれる前の記憶が浮かんでこないのに、何か懐かしい気持ちになった。


「忘れないで、私の名を。私はセイ。必ず覚えていてね」


 セイは俺を放し、笑って扉の中に進んでいった。

 セイの名を俺は覚えている。いつか必ず、セイの名を呼ぶ、と心に決めた。


「最後は‥‥俺か」

「ゴウ」


 ゴウは俺の前に立つと、真っ直ぐに俺の目を見て話しを始めた。


「ミライ、俺達はこことは異なる時間軸からやって来た。俺達の目的は紅い星による衝突の回避だった。紅い星の衝突で星の歴史が終わる、そんな未来を回避させるためにやって来た。だが、俺達がこの時間軸に到達したとき、全ては終わっていた。時間軸がずれたのか、それとも俺達が干渉したから、紅い星の衝突が早まったのか、結論が出ていない。だがな、俺達は紅い星の衝突は回避できるものだと信じている。俺達はこれから『ランダムゲート』によって異なる時間軸のどこかに飛ばされる。そこでも紅い星について調べ続ける。何かしらの因果が廻った結果、紅い星の出現につながったと、あの方は考えていたし、俺達も同じ結論だった。ミライ、俺達とこの先、再会したとき、共に星の滅びと戦って欲しい」


 ゴウは俺に手を差し出した。目は真っ直ぐに俺を見据えている。


「ゴウ‥‥俺にはまだ分からない。今こうしていることもまるで実感が無いんだ。まるで夢で見ているかのようにも思える。俺の本当の名も分からないし、過去の記憶も分からない。ミライと名を受けたことで、以後の事は記憶にある」

「それは致し方ない。星の終わりに近づいたことで、星に紐づくあらゆる存在が揺らいだ。星があるから名は意味を成す。名があるから存在を定義出来る。つまり、ミライがミライになる前に存在した名は紅い星によって消滅した。それによって存在も揺らぎ、自身を定義できなくなった。その結果、記憶も無くし、最終的には存在が消滅するところだった。いいか、自身の名を決して忘れるな。ミライという名はお前をお前であるために必要な定義だ。‥‥‥‥あと、一つ付け足しておくと、ミライだけが生き残ったのは、この時間軸における『特異点』だからだ」

「『特異点』?」

「時間軸の干渉を受け付けない存在を指す。星の時間軸の上に存在が定義される。時間軸が終わりを迎えた時、存在も共に終わりを迎える。この時間軸で言えば、紅い星の衝突でこの時間軸が崩壊した。それによって存在全てが消え去った‥‥ミライを除いてな。だがミライはミライで、名を失い、存在を定義できなくなった。それによって特異点でありながら、存在が揺らいだ。あの時、俺が『ミライ』と名を与えなかったら、『ミライ』は時間軸の完全消滅と共に存在が消滅していた」


 そうか‥‥‥‥ゴウに出会わなければ、俺は‥‥

 ゴウの言葉に衝撃を受けていた。自身が消滅していた、何て言われれば、衝撃の一つや二つは受ける。

 昨日までは当たり前にあった日常が、一瞬で崩れ去り、今ここまで流されるままに事が進んでいた。

 セイ、トキ、ソラ、シン、そしてゴウ。彼ら5人に会って、今また別れようとしている。俺が彼らを知っていることは何もなく、だが彼らは何故だか俺を知っているような口ぶりだった。

 またいつか、出会ったときにその辺りを聞いてみるのもいいな、なんてことが頭に浮かんできた。

 そして、俺の故郷が滅びた原因である紅い星が何なのか、知りたいし、出来れば止めたい。俺がいた時間軸が滅んだとしても、紅い星による破壊を食い止めた時間軸を作りたい。それが今の俺の行動理由になった。


 故に、俺はゴウの手を取った。


「いつかまた会おう。その時は、俺に全てを教えてくれ」

「ああ、全てを話そう。なに、ほんの少しの別れだ。きっとすぐに分かる」


 俺とゴウは扉の中に入る。すると、扉を閉まり、この世から消えた。

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