037
母親の呪縛を抜け出ると言うのは、こうも苦しいものなのか。
正直、死んでしまいたいと思った。
初めてかもしれない。自分から自分の死を望むなんて。午前中は自分が死ぬと聞いて激怒した僕だったが、夕方になるとまさか自分から死を渇望するなんて全く想定外だった。
彼女は泣き、力が脱していき、完全に静寂になった。彼女が静寂に包まれ、微動だに動かなくなった後も僕は沈黙を貫いた。沈黙を貫きながらも、心の中では逃避感情が渦巻いていた。自分から行動することが許されない、この板挟みの現実から早く逃げ出したいと思った。久美をどうにか拘束して、僕一人だけ逃げだそうかとも考えた。しかしそれは、自分の目の前から最大の問題を隠しただけであって、椿久美を僕の目の前から消す行動は、全くもってジレンマを解決する手段ではないと思い至った。今ここで最も簡単な逃避の手段を使ったところで何の解決にもならないし、誰も救われることはなかった。いや、それどころか、今、僕がどんな行動をしたところで、誰も幸せにならない状態であると気が付く。どんな行動を取ったところで、誰かは必ず傷つく。その誰かとは、大半が椿久美で、たった一回だけ、僕が椿久美に一生着いて行くと、心変わりし宣言したところで、恐らくそう長くは
「……すーすー」
呼吸の
頭を下げてみると、久美が僕にしっかりと抱きついたままスヤスヤと眠りに着いていた。
閉じた
その久美の寝顔は、僕がずっと何もできないジレンマから、よく分からない思考を展開していたが、僕の自殺思考を完全に打ち破った。
ジレンマなんかに陥っている場合じゃない。彼女は今、目の前で寝ている。
今なら彼女を抑えられるのでは……?
僕は素早くポケットから鍵を取りだして、鍵山をじっと見つめた。
(今なら……今なら……)
この鍵を久美に突き刺して、人間としての久美が止まるのかは分からない。もしかしたら何も変わらないのかもしれない。それでも、何かは変わるかもしれない。
彼女は僕を拘束しようと画策し、僕に願い出て、否定され、狂って、狂い疲れて、眠った。それだけだ。彼女は一貫して自分を通そうとした。一度も自分の信条を曲げる方向へと進んではいない。結局、今彼女が目覚めたならば、僕を自分の側に置いておこうとするだろう。
彼女は勇ましかった。彼女は絶対に曲がらない。
もし、僕が彼女を信じるのならば、彼女の信念を信じるのならば、それは裏切らなければならないだろう。
彼女を知っているから、僕は彼女を否定することができる。彼女は間違っている。
僕に向かって頭を寄せている椿の上から、ゆっくりと気付かれないように、ブラウスとキャミソールを
彼女の腰に、小さな穴が現れる。僕は右手で制服のズボンを
吉良教授の部屋で見つけた鍵。
鍵から目を離し、久美の緑がかった髪をもう一度見る。
「僕の為にありがとう。ゆっくり、お休みなさい」
口には出さず、心の中で呟いた。
僕は鍵を差し込み、椿の稼働をオフにした。
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