010
久美にそのまま、引きずられるように連れていかれ、辿り着いた先は熊本高校東玄関口。久美は、廊下を通る時も一度たりとも手を離そうとはしなかった。
「なあ、そろそろ手を離してくれよ」
急な展開すぎて思考が追い付けず、強引過ぎて体が追い付かず。心身共にしんどくなってきた僕は彼女に告げる。
彼女は、はたと歩みを止め、
「ちゃんと付いて来るの?」
「うん。まあ、なんというか、サボりなんてものは、その怒られる場にいなければ物理的には痛くもかゆくもないし。いいよ、別に一日くらい。途中から授業を抜け出して戻ってこないような、明らかに不審で『サボり!』と分かる行動でもないし。今日はあなたに一日付き合いますよ。だから、ほら、放して、もう下駄箱の前じゃないか、靴が取れないよ」
彼女は軽く微笑んだ。とりあえずは僕が、出し抜けのデートを受け入れたことに満足したらしかった。
彼女はローファーを履き、「とりあえず付いてきて」と先程のセリフと同じ言葉をもう一度繰り返す。僕のナイキスニーカーを履くのは、ローファーよりも若干時間がかかる。彼女を
腕時計を見る。予備鈴が鳴る五分前。彼女が予言した時間にぴったりだった。僕ら二人は、自分たちの教室へと急ぐ人々の群れに逆行しながら歩んでいった。
「デートって言ってもどこ行くんだ?」
「熊大」
「え?」
「熊大に行くの」
「え? デートで大学行くのか? えっ、ちょっと待ってそれおかしいでしょ。いや、冗談きついなあ久美さん。今日は平日だよ。いや、大学生もいっぱいるでしょ。ね。久美さん。冗談でしょう?」
「私たちは熊大に行くバスを拾うため、今バス停に向かっているんだよ? だから東門から出たんだよ」
彼女は手を離した後も、いつでも手が掴める距離を保ちながら歩いていた。今もそうで、至近距離から彼女は僕と会話している。だから、彼女の確信めいた瞳は変わらず、僕に逃げ場を失わせていた。
彼女は
熊本大学。
主に熊本市中央区
同じく中央区
彼女が提案してきたのはその国立大学での平日デートだった。高校生が高校サボって大学デート。高校生が平日の午前中から大学デート。これほどミスマッチな単語群もそうそうないのではないかと心の奥で思った。
バス停に辿り着いた。それはいいとしても時刻表を見るとバスは三分前に出発し、次にこのバス停に辿り着くのは十五分後だった。彼女はどうやら何も計算せずに適当に飛び出して来たらしい。
バス停で待つ間、彼女の方を見やると、腕時計から出る、空中グラフィックを見ている。何を見ているかは分からないし、例え自分の彼女であったとしても、人の見ている画面を
今回の緊急デート、更には目的地についての理由など
だったら、まあそこまで気にすることもない。あまり気にすると男らしくないようにも感じた。
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