004

「なぜだか僕は山を登っているんだ。歩いて。標高はなかなか高い。そうだな、阿蘇山ぐらいの山かな? そして山の頂上付近が見え始めた時、急に山が噴火するんだ。それがリアルで、火柱がはるか上空まで駆け昇るんだ。ズババババーって。夢の中だから音が聞こえるっていうか、脳に直接響くって感じで。


 そして僕はその火柱を見て一目散に逃げるんだ。もう何も考えず、つまづかないようにただ地面だけを見つめてさ、ひたすら下山の方向へと走っていく。夢の中だから疲れることもない。そのまま走って行って、『どうだ、いたか?』って思って、ちょっと目線を上げたらなんと目の前からマグマが迫ってくる。コの字型に囲まれ始めて、もうまさに逃げ口が閉じようとしている。閉じようとしていると同時に両斜め前からマグマが近付いてきている。だが、夢だ。夢だとわかってる。だから自分の都合のよく、すんでの所で奇跡的に囲いから逃げ切れるだろう、と思うわけだ。 


 でも、かすかな希望を抱いた、その瞬間に。


 そのマグマの逃げ道が閉ざされるんだ。


 そして今度は前から全面的に僕にマグマが襲いかかってくる。


 死ぬしかなかった。絶望だ。


 死にたくない!


 そう思ったとき、急に意識が飛ぶんだ。


 まあ、夢の中だから本来の僕の自我は無いんだろうけれど。


 気が付いたら、どんよりとした曇り空の、雰囲気は夕方かな。でも空は嵐が近付いていると感じさせる暗い空の、砂浜にいるんだ。


 そして、海では小学生くらいの年齢の子供たちが、キャーキャーと言いながら遊んでいる。


 僕はその夢ではどうやら教師らしい。


 砂浜、海の中には他の教員たちもいる


 そこで、僕は雲行きが怪しくなってきたのを見て、生徒に砂浜に上がるように呼び掛ける。


 多くの子供たちが次々と浜に戻ってくる。だが、浜からものすごく遠いところで遊んでいる子供たちの姿が目に写る。沖って言うのかな? そのぐらいの距離に子供たちが泳いでいる。大声を上げて呼び掛けるも戻ってきそうにない。声が届いているかもわからない。


 雲行きを見ても更に危険が迫ってきているようなので僕は泳いでいって、直接子供たちに指示することを決意して、ゴーグルつけて海に入った。


 教員たちが背後から何かを叫んでいるが、周囲の薄暗さを考えてみても本当に時間がない。もう、灰色の空が突然光るくらいには天井を雷雲が覆っている。波も急激に高くなってくる。『これは急がないとマズイ』って焦りながら子供たちへと近付いて行くんだ。


 焦っているから、下を向いて、必死に泳いでいるんだ。


 どれくらいだろう、多分、本当は三十秒くらいしかたっていないんだろうけれど、勝手に十分くらいたったと想定される疲労度と焦りのなか、ウンザリするほど泳いだところで、荒立つ波しぶきの中にいる子供たちに、視線を向けるんだ。


 するとね、子供たちが泳いでいると思っていた人影が、なんとただの岩の群れだっ

たんだよ。


 岩だと視認しだしたあたりから、それまで小雨だった雨が本降りになってくるんだ。


 僕は急いで戻ろうと、元来た海岸の方へと向き直してみて、愕然とするんだ。


 物凄く遠い。


 僕が砂浜からこの岩影を見たときよりもずっと遠くに見える。


 ヤバいヤバいヤバいと焦って焦って焦って、


 絶望とか希望とかを感じる前の、大きな不安に襲われながら、必死に藻掻いた。何とか呼吸を取りながら泳いでるときに、


 僕に向かって、


 雷が落ちてくるんだ。


 いや、夢の中では、雷に当たり、自分が雷に当たった瞬間の死への恐怖を感じたその瞬間に、その感覚だけを残して、また意識が飛ぶんだ。


 意識が飛んで、意識が戻った時には、砂漠の廃墟で三人から銃を突きつけられている場面へと移り変わるんだ。


 急だった。僕は三撃一遍に撃たれた。


 今回は意識が飛ばなかった。


 いや、意識は飛んだか。正確に言えば場面は飛ばなかったんだ。


 撃たれた瞬間に、視点が一人称から上空の三人称のカメラに移り変わった。


 変わり果てた僕を見下す様に。


 そして、そこで世界が止まるんだ。


 僕を撃った三人がまるで彫刻の様に動かない。


 三人だけでなく、舞い上がる砂塵も、ギラギラと照りつける太陽によって作られた、色の濃い影も全てが止まるんだ。


 ここで困ったのはこんな死に際を僕に見せ続けた僕の無意識の方だ。


 夢が続かない。


 だから、僕の無意識は、僕の自我へと呼びかけてきた。いや、というよりその止まった廃墟の場面を見下しながら、映像を見ているその背後から、言葉が浮かんできた。『これは夢だ。早く覚ましてくれ』って。


 そして、グアーっと声を出して現実に戻ってきたことを認識させて、それらの話は全て夢だと分かった。今、生きている希望が少しずつ夢の中の絶望を埋めてきたのを確認して、少しずつ少しずつ、安心していった。


 それでも止まらない頭痛と戦いながら、薄目で時計を確認してみると、八時過ぎてたってわけさ」


 僕が一通り話し終えると、久美は歩を止め、暗くなった宙を見つめながら、ふうと息を吐いた。

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