第5話 黒い鉄格子
その檻に捕らわれていたのは真っ黒に染まった人型の化け物だった。
それをただ化け物と形容するにはあまりにも足りない、まるで深淵を表すような黒。
そして、その眼で見たもの総てを肉の塊に変えてしまいそうな紅の双眸。
この世に物の怪や妖怪が居るのなら、捕らわれの人型はきっとその類、或いはそれの更に上を行く存在なのだろう。
毎日のように見物客は絶えない。
物珍しい物を見る様に私を見つめては、唾を吐く。
鉄格子の外には黒の人のような者達が、日々私を見つめる。
どうしてなのだろう。
私と同じ姿で同じ言葉を話す、同じ人々だろう?
なのになぜ、鉄格子の外の者達は銃口から放たれる鉛のような言葉を何度も何度も私に浴びせるのだろう。
いつも思うのだ。
あの鉄格子の中の化け物は、いったい何なのだろう、と。
芸を披露するでもなく、可愛らしささえも無い、ただ座っているだけ。
「おい、何かしてみろよ」
そう言葉をかけても動かない。
あの化け物は動物並みの脳しか持ち合わせないのか。
「醜いだけで何も出来ないのかよ」
俺はその化け物に泥を投げた。
皆が言う。
「醜い」だの「汚い」だの、と。
鉄格子の外の者達には私は如何映っているのだろう。
薄汚れた醜女、汚らわしい浮浪者、社会に溶け込めない弱者。
まるで私が悪魔か何かにでも見えているのか。
私はただ、平穏に生きていたかっただけだ。
なのに、気付いたらこの檻に囚われていた。
何か悪いことをしたわけでもないし、誰かを傷つけたわけでもない。
なのに何故、囚われなければいけないのだろう。
鏡に映る自分の姿が次第にあの檻に捕らわれている人型の化け物のように思えてきて嫌悪感を覚える。
自分は皆と同じように、あの化け物に罵声を浴びせて泥を投げつけていただけなのに。
なんで俺だけがこんな風になっているんだ?
「これはきっと、ただの夢」
そう思い、顔を洗ってまた鏡を見る。
そこに俺は映っていなかった。
映っていたのは、血で染められた紅黒い人型の怪物。
まるで、あの鉄格子に捕らわれていた化け物のような存在が、鏡の中に居た。
誰も気付かない。
いつの間にか自分も檻に囚われて私のように成ってしまうなんて思わない、思いもしない。
でも、これが現実だ。
私は檻から解き放たれ、代わりの化け物が私の役目をする。
でも、私はあの檻に近づかないない。
なぜなら、あの檻の中に戻るなんて私は真っ平ゴメン。
だから関わらない。
そうすれば、私があの檻の中に行く事は二度とないからだ。
鉄格子の外には俺と同じ姿の奴らが日々鉛よりも重い弾を俺にぶつけてくる。
俺はやっと理解した。
この檻は見せしめの為に在る訳でも、晒しあげる為に在る訳でもない。
そして、あの黒い化け物は見せ物でも、新種の生物でもない。
俺と変わらない、人間だったんだ。
でも、今更気付いても遅い。
今は俺が、その役目をしなければいけない。
この檻は、檻の外に居る人々が、『一切の苦痛を受けず、安全に俺を甚振る為』に作られた、他人を陥れて自分だけが快楽を得る為の手段のひとつだったのだ。
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