第4話 君の声、眠る誘惑

 外の音は、夜であろうと煩かった。

「窓、閉めて」

 そんな独り言が隣も枕元に落ちる

 隣にいたはずの君はもう居ない。


 あの日溢れた君の柔らかな涙の意味に気付けなかった。

その所為で胸が痛くて、苦しくて、いつもの日々も味気なくなっていた。

退屈に苛まれ、夢の中に逃げて、夢に出てくる君に縋って、二人でどこまでも泳いで。

 二つ並んだ枕に残る君の気配、それすらもいとおしくて。

だから、今でも未練がましく枕を残していた。


 でも、君が居なくなった今の生活に意味なってなかった。


 彼女はよく溜息をついていた。

それはきっと『呆れ』ではなく、『悲しみ』だったのだろう。

 僕自身、彼女が病気で余命僅かな事くらい知っていた。

僕はそれが信じられなくて見ない振りをして、その事実から逃げていた。

 でも、こうやって現実になると悲しみより後悔が残る。

 あの日の涙、溜息、声。

その総てに向き合えていたらなんて、君が居なくなってからずっと考えていた。


 寝返りを打つ。

君といたときよりもペースは速かった。

腕がしびれることもないし、それで起きることも無い。

 鬱陶しく思っていたはずなのに、今は「早く起こして」、そう願うばかりだった。


 起き抜けの寝ぼけ眼で、ジュースを注ぐ。

それを飲み干す。

 君が居たら、きっと怒っただろう。

やかましくて、心地の良い声で。


 でも、何時までもこんな調子の僕を、彼女はどう思うだろう。

悲しむのかな?

それとも、失望するのかな?

今の僕は未練がましくて、君の居ない世界を受け入れられない、現実逃避する男として君の目に映るのだろう。


あの日以来、いろんなことが上手くいかない。

仕事も、家事も、人間関係も。

 僕を救ってくれるのは、今も鼓膜に響く君の心地の良い声だけだった。

「君にもう一度逢いたい」

 そう思いながら、僕は夜空を眺め、永遠の夢に堕ちていく。

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