第3話 淫魔の討伐依頼と邪神疑惑
ユキとシュティルと共に、冒険者ギルドの応接室に呼び出されたゲーベンは、リサから思いがけない報告を聞かされて驚愕の声を上げる。
「はぁっ!? 全滅したぁっ!?」
淫魔討伐に向かった冒険者パーティの全滅。
相手は魔族だ。難しい依頼だとは考えていたが、まさか全滅するとまでは考えていなかった。
目を剥くゲーベンに、向かいのソファーに座るリセは、慌てたように両手を突き出して左右に振って否定する。
「いえいえ。全滅したわけではありませんよ? 一部の女性冒険者は帰ってきてますし、帰ってきてない冒険者も死体を確認したわけではないので、行方不明扱いですし」
「それを全滅って言うんだよ!」
冒険者が依頼から戻ってこない理由というのは、十中八九死亡しているからだ。たとえ、死んでいなかったとしても、悲惨な目に合っているのは確実だ。
それは、冒険者であるゲーベンよりも、受付嬢として数多くの冒険者を見てきたリセのほうが理解しているはずだ。
曖昧に笑うリセに、ゲーベンは両腕を組んで背もたれに倒れ込む。
「で、俺とユキ、シュティルを呼び出してなんの用だ?」
「……そうやってわかってることを口にさせようとするのは、意地が悪いと思いますよ?」
居心地悪そうに、そして恨めしそうにリセはゲーベンを睨む。
依頼失敗から切り出されたのだ。冒険者ギルド側がゲーベンたちになにを望んでいるかなど、簡単に予想はつく。
けれども、ゲーベンとしてはあまり聞きたくのない話だ。面倒事なのは間違いなく、できるのであれば聞かなかったことにして退室してしまいたい。
「本当なら、クラージュさんにも来て欲しかったんですけどねぇ」
「リせも知ってるでしょ? ここ最近、クラージュは冒険者ギルドに顔を出してないわよ。それどころか、同じパーティの私たちにすら連絡一つ寄越さない始末……っ!」
「あれ? これ、地雷踏みました?」
歯噛みし、苛立たしげにギリッと歯を鳴らすユキを見て、リセは話題の失敗を悟る。
伺うように見たゲーベンとシュティルは、揃って首を上下に振る。触れてくれるな、という意味だ。
「ま、まぁ、クラージュさんのことはともかく。ゲーベンさん、そして冒険者パーティ『勇気の剣』のユキさん、シュティルさんに冒険者ギルドから指名依頼があります」
「で、内容は?」
「……ほんとに意地が悪い」
ゲーベンの優しさの欠片もない問いに、リセは不貞腐れたように唇を尖らせる。
わかってるくせにぃ、と小さく零しながらも、ローテーブルに一枚の依頼書を置く。
「ゲーベンさんたちのご想像通り、淫魔討伐の依頼です。討伐ランクは最高難度のSランク。当然、指名依頼とはいえ、皆様方には依頼を断る権利があります」
「やるわよ」
力強くユキが即答する。
まさか快諾してくれると思わなかったのだろう。リセが目を丸くする。
ユキの隣に座っているシュティルが、伺うように聞く。
「いい、の?」
「冒険者だもの。困っている人は見捨てないわ」
冒険者としての矜持。
ほとんどの冒険者が忘れ去ってしまった、絵空事のような冒険者としての在り方を胸に、ユキは困難に立ち向かう決意を固める。
「なにより、これ、私たちが断ったら、この町でこの依頼を受けられる冒険者いないでしょ?」
「うっ」
ユキの冷静な指摘に、リセが小さく呻いた。
「そう、ですね。こういうと追いつめてしまいそうであまり言いたくはありませんでしたが、その場合は、他の町の冒険者ギルドから高ランク冒険者を派遣してもらうことになるでしょう。もしくは、兵士による討伐ですが……領主がいない今、兵士への命令権を持っている方がいないんですよね。もう直ぐ到着なされる予定ではあるんですけど」
「現場判断で動けねぇのかよ」
「現場に任せたから、前領主の問題が起きてしまったんですよね」
確かに。
国が領地経営を領主に任せきりにした結果、前領主であるイディオが魔族と繋がり好き勝手してしまったのだ。
状況が状況とはいえ、兵士に丸投げというわけにはいかないのは納得できる話ではある。……被害を被る町の人々からすれば、ふざけるなと文句を言いたくなるだろうが。
「他の町からの冒険者の派遣ってどれぐらいかかるの? その間の防衛は? 町の皆を誰が守るの?」
「うぅ……まぁ、それは…………すみません」
ユキの矢継ぎ早の質問に、言葉に詰まったリセは、答えることもできずにしょんぼりと身を縮こませて謝る。
虐めているかの様相を見兼ねたゲーベンが、ユキを窘める。
「リセを責めてもしょうがねぇだろうが」
「責めてるわけじゃないわよ。ただの事実確認」
「語気が、語気が強いんですよぉ……」
うぅっ、と涙目になるリセ。
意識していなかったとはいえ、流石にやり過ぎたと思ったのか、バツが悪そうに視線を泳がせながらも、ユキは勢いに任せて断言する。
「けど、わかったでしょ? ここで私たちがどうにかしなきゃ、この町の命運は淫魔の気分次第ってこと。高説を垂れる気はないけど、こうなった以上やるしかないのよ」
「逃げ出すという手もあるが?」
「あぁんッ!?」
「こっわ!? 鬼かよ」
血も涙もない、腰の引けた提案を口にしたゲーベンを、鬼のような形相となったリセが睨み付ける。
確認の意味を込めての提案であったのだが、視線で殺されそうな形相にゲーベンは引き気味に体を仰け反らせる。
「ここでそのくだらないことをしか言わない舌、斬ってあげてもいいのよ……?」
「シュティル助けてくれ」
「ええっと、自業自得、かな?」
「ひでぇ」
この世には、情けというものがないらしい。
ゲーベンとて、今更逃げるつもりはなかった。面倒ではあるが、このような状況で依頼を断るほど薄情ではない。
けれど、実際に淫魔ルスランと相対した身としては、二度と関わりたくなかったというのも本音なのだ。
目があった瞬間に植え付けられた恐怖。
それが、相手が男を惑わす淫魔だからなのか、それとも絶対的な力の差があるからなのかはゲーベンにわからない。
わからないが、どちらであれあの時感じた恐怖に偽りはないのだ。
――俺でこれだ。魔族の恐ろしさを身を持って味わっているクラージュの恐怖は、想像もできないな。
ならば、彼のためにも逃げるわけにもいかず、淫魔ルスランを倒して安全を取り戻すしか道はない。
ゲーベンは諦めの境地となり、深くため息をつく。
「はぁ……しょうがねぇ。面倒くせぇがやるしかねぇか」
「あんたはどうしていつもそうやる気がないのよ! それでもSランク冒険者なの!? なっさけない!」
「もしもし? 俺が冒険者になった理由知ってる? 魔法の研究だぞ魔法の研究。冒険者はあくまで手段だっての」
「不誠実な男!」
「なんでだよ」
ユキの責めるような言葉を受けて、ゲーベンは嫌そうに渋面を作る。
彼女に言わせれば、奉仕者足り得ない冒険者は全員不誠実ということなのだろうが、その前提ではほとんどの冒険者が不誠実ということになってしまう。夢を見過ぎである。
これには、傍で話を聞いていたシュティルとリセも苦笑している。
やや締まらないが、話はまとまった。リセがパンッと両手を合わせて最終確認を行う。
「では、お受けしてくれるということで宜しいでしょうか?」
「ま、しょうがねぇ。二人だけで行かせて死なれたとあっちゃ、後味も悪い。俺も行くさ」
「最初からそう言えばいいのに」
「逃げる提案はしたが、断るとも言ってないんだがな?」
恨めしそうに目を向けると、ぷいっとユキは顔を背けてしまう。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑うリセだったが、次の瞬間には心配そうに眉根を寄せる。
「けど、無理はしないでくださいね? 相手は魔族です。それも高ランクの冒険者も意にも介さない凶悪な力を持っています。逃げ道を断つような形となってしまいましたが、私個人としては、なによりゲーベンさんたちの命の方が大切なんですから。いざとなったら逃げてくださって大丈夫です」
冒険者ギルドの受付嬢としては口にしてはいけないだろう言葉に、ゲーベンは目をしばたたかせる。
「いいのかよ、冒険者ギルドの受付嬢がそんなこと言って?」
「もっちろん!」
えっへんと、女性らしい曲線を描く胸をそらす。
「冒険者ギルドの受付嬢は皆、送り出した冒険者たちが無事に戻ってくることが、なにより嬉しいんですから!」
「……そうか。なら、ちゃんと帰ってこなきゃな」
「はい!」
太陽のように輝く笑顔に、ゲーベンも釣られて笑う。
――たくっ。これじゃあ、失敗できねぇな。
「それに、今度来る領主代理は頼りになる女性なので、きっと、こちらに来られた際には力になってくれますよ」
「へぇ。リセがそこまで言うんだ、いざとなったら頼らせてもらうか」
頼りになる女性領主と聞いて、ゲーベンは驚きながらも頷く。
女性蔑視とまではいかないが、領主は男性という風潮がある。
そんな中、こんな地方の受付嬢にすら頼りになると言われるほどに力のある女性領主がいることにゲーベンは驚くと同時に、嫌なことを思い出して顔をしかめた。
――姉さんみたいな人じゃねぇだろうな。
女性ながらに爵位を継いだ姉の顔が思い浮かび、ゲーベンは可能な限り頼らないようにしてようと決める。男社会の中で頭角を現す女性というのは、強く逞しいものだ。幼い頃から姉に振り回されているゲーベンはそのことを良く知っていた。
行く前に嫌なことを聞いたと、顔に影が差すゲーベンを、ユキが促す。
「ゲーベン、行くわよ」
「へいへい。分かってるっての……じゃぁ、行ってくる、リセ」
「はい。無事に帰ってくることを、祈っております」
笑顔で見送るリセに手を振り返し、部屋を出ようとした時であった。
突然、応接室の扉が勢い良く開いたのは。
「――その話聞かせていただきました! 不肖、見習い神官リーナちゃんも、淫魔討伐にお供させていただきます!」
入ってきたのは、白い神官服で身を包み、銀髪の上にベレー帽を被る、見習い神官のリーナであった。
ドヤァ、と薄くなだらかな胸を精一杯張る少女に向けて、ゲーベンは呆れたように問い掛ける。
「……盗み聞きは戒律に反しないのか?」
「まったく!」
やっぱりこいつの信仰してる女神って邪神じゃないのか?
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