第4話 『勇気の剣』集結
突然乱入してきたリーナに、ゲーベンは苦言を呈する。
「なんでお前まで行くんだよ?」
「ふふん! 神官として、町の人たちが困っているのに見過ごせませんよ!」
「心構えだけは立派な神官なんだけどなぁ」
神聖魔法一つ使えない、実力の伴っていない見習いでは、はたして困っている人々を救うことができるのか。
どうにも頼りないリーナを疑わしげに見つめていると、ユキがどこか棘のある視線をリーナに向ける。
「その子、この前ゲーベンに抱き着いていた女よね?」
「はい! リーナちゃんです!」
厳しいユキの言い方を気にすることなく、リーナは手を上げて元気に挨拶をする。
これから凶悪な魔族に挑むというのに、あまりに呑気な様子にユキの顔に呆れが浮かびあがる。
「なに、私たちと一緒に来るって」
「……? あなたがどなたかは存じませんが、ゲーベンさんと一緒に行く感じです」
お前と行くなんて一言も言ってないが?
リーナとしてはそんなことを言ったつもりもないのだろう。至って素直に答えた結果なのだが、明らかにユキを煽っていた。
額に青筋を浮かべたユキのこめかみがピクリと動く。
「……いらない。帰ってくんない?」
「なぜに!?」
驚愕するリーナに、ゲーベンは乾いた笑いを漏らす。
傍から見ていれば驚く様子は欠片もなかったのだが、リーナにとっては驚愕に値したらしい。
そんな二人のやり取りを見ていたリセが、ニヤニヤとゲーベンの横に並ぶ。
「あははー。ゲーベンさん殺伐としてきましたねー?」
「楽しそうだなぁ、リセは」
「こういうの修羅場大好物ですから!」
「性格がひん曲がってるな」
下種な楽しみ方だ。
むふふと猫のようになった口で笑うリセに、ゲーベンは侮蔑の視線を向ける。
「そもそも、あんた使い物になるの? 冒険者ランクは? ちなみに、私はAランクよ」
「なにを隠そうリーナちゃんは、この前ランクが上がりました!」
「いくつに?」
「Dランクです!」
「帰りなさい」
「どーしてですかー!?」
冒険者の最低ランクはEランクである。
これは冒険者ギルドに登録したのランクだ。そこから、草摘みといった簡単な依頼を三つこなすとDランクに昇格できる。
つまるところ、ようやく冒険者としての一歩を踏み出した初心者だということを、リーナは堂々と宣言しているわけだ。
好き嫌いではなく、そんな新人をこんな危険な依頼に連れていくわけにはいかないのは、当たり前である。もし、率先して連れていくことがあるとすれば、囮やら盾やら、使い潰すために他ならない。
「ゲーベンさん~」
「はぁ……」
涙目で縋ってくるリーナに、ゲーベンは深くため息をついた。
とても面倒臭い。
ちらりとユキに目を向ければ、彼女の目付きが一段と険しくなっているのを見て、ほら面倒と嘆息をする。
「なに? その女を庇う気?」
「なんでお前ちょっと怒ってるんだよ。庇うとかそんな気はないが、こいつにはこの前助けられたからな。相手が淫魔なら、役に立つ」
「ゲーベンさん……!」
リーナが瞳を輝かせる。
――庇ったつもりはないんだがな。
ゲーベンとしては事実を述べたに過ぎないが、受取方は人それぞれ。リーナは嬉しそうにし、ユキの機嫌は落ちていく一方だ。女性の機嫌を取るのは、かくも難しい。
「一応聞くけど、可愛い女の子相手に鼻の下伸ばしてるわけではないでしょうね?」
「ねーよ。俺はぺたんこに欲情しねぇ」
「誰がぺったんこですか!?」
「そうよ! そうやって身体的特徴を指して貶すなんて、最低な男ね!」
「なんで俺はユキにまで責められてるんだよ……」
一転、ゲーベンは二人から猛抗議を受ける。
胸がないと言われた直接言われたリーナならともかく、ユキまで反応しなくてもよいだろうに。余程、胸部にコンプレックスを抱えているのか。
ぺったんこ二人からの怒りの矛先を一身に受け、ゲーベンは逃げるように話題を戻す。
「リーナを連れてくってことでいいのか?」
「……良くないけど、ゲーベンがいいって言うなら、仕方ないわ」
「ゲーベン、さんを、信用してるって、言えばいい、のにね?」
「うっさいシュティル」
シュティルの指摘に、ユキは悪態をついてふんっとそっぽを向く。本当に素直ではない。
同行の許可が下りたリーナは、得意気に笑う。
「ふふん! 任せてください! 神聖魔法は使えませんけど、弓なら得意です!」
自身満々にポンコツ宣言するリーナを、は? とユキが疑うように見る。
「……ちょっと、この子、神官よね?」
「神官だな。一応」
「やっぱり置いていったほうがいいんじゃないの?」
「あれー? 加入して即戦力外通知ですかー?」
心外そうな声をリーナは零すが、神聖魔法が使えない神官というのは、剣を持たずに素手で戦うと言っている剣士とどっこいどっこいである。つまり、役立たず。
――強化魔法を使えば神聖魔法は使えるし、問題はないだろうけどな。
それも、初級の神聖魔法とは思えない、強力な
ルスランに操られている人がいるとするならば、魅了を解くためにも連れていったほうがいいだろう。
「まぁ、いいわ。いざとなったら言い出しっぺのゲーベンがどうにかするでしょ」
「宜しくお願いします、ゲーベンさん!」
「途端に置いてきたくなった」
「なんでですか!?」
責任を取りたくないからだ。
なにをやらかすかわからないリーナの面倒を見るのが嫌だと素直に告げれば、むぅ! と頬を膨らませてポカポカと殴り掛かってくる。
華奢な少女の拳など痛くもないが、ユキの『遊んでじゃないわよ殺すわよ?』という殺意に満ちた視線がとても痛いので止めさせる。
「なんか余計に時間を喰ったが、今度こそ行くか」
「あ、待ってください」
「……まだなにかあるのかよ」
後から後から勢いを止める子である。
「なに? トイレ? さっさと済ませてらっしゃい」
「お母さん……いえ、そうではなく」
もよおしているわけではないらしい。
「アパートメントで会った冒険者が一緒に来るって言ってるんですけど、大丈夫ですか?」
「あ? それって……」
リーナの言葉と共に応接室の扉が開き、入ってきたのは見慣れた金髪の男であった。
予想外の人物の登場に、ゲーベンのみならず、ユキやシュティル、リセまでもが驚いている。
「クラージュ」
「僕も行く」
決意を秘めた瞳をたたえたクラージュが言う。
淫魔ルスランに立てぬほど怯え、自宅からも出て来なくなったクラージュの宣言。
戦力としては頼りになる。それは間違いがない。
けれど、今回の依頼で使えるかどうかは別問題だ。
ゲーベンは目を細めると、敢えて厳しく問いかける。
「行けるのか? 足手まといになるぐらいなら置いていくぞ」
「はは、ゲーベンは優しいね」
「……おい。今ので優しいはおかしいだろう」
「ううん。優しいよ。だって、僕のことを心配してくれてるんだろう?」
その通りではあるのだが、指摘されるとむずがゆものがある。
やや顔が熱くなり、表情を引き攣らせていると、クラージュは改めて口にする。
「けど、うん。行くよ」
未だ顔色は青く、恐れているのはゲーベンであれ見て取れる。
そんな状態でなお、クラージュは立ち向かうのだと力強い決意を瞳に宿していた。
「あの淫魔だけじゃない。他にも魔族が町の人に擬態してるんじゃないかと思って、外を歩けないぐらい怖かったけど、それでも、親しい人たちが殺されるのを見ているだけなのは……もう、耐えられないから」
それに、と言葉を止めたクラージュは、きょとんと首を傾げているリーナに顔を向ける。
「彼女の素直さと善性には、少し、あてられてしまう」
アパートメントを出る時に、リーナとなにかあったらしい。
なにをしたのやらとリーナに視線を向けるも、彼女もよくわかっていないようで、小さく口を開けて疑問符を浮かべていた。
あまりにも間抜けな表情に、ゲーベンは半眼になって呆れてしまう。
「能天気なだけだろ」
「今バカって言いましたー!?」
Sランク冒険者を追放された強化魔法使いは、派遣冒険者となり悠々自適に魔法の研究に勤しむ ななよ廻る@ダウナー系美少女2巻発売中! @nanayoMeguru
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