第2話 強烈な既視感と全てはクラージュのせい
暗闇に慣れてきた目に映ったのは、壮絶な表情をした老若男女問わない集団であった。
昨日相対した男たち同様、一人の少女を追いかけ、目が血走っている。唯一違うところがあるとすれば、女も混ざっていることであろうか。
「わわっ!? 追い付かれてしまいました!」
「なにお前。この変態共に追われてるのか? しかも男女混ざってるじゃねぇか。随分盛んな」
「襲われてるんですよ! でも、その、男女の睦言と言いますか、そういうのではないようで……」
「はぁ? じゃぁなんだって」
ゲーベンの予想を裏切る銀髪の少女の言葉に疑問を投げかけたが、その答えは咆哮する狂人たちの言葉によって判明する。
「殺せぇええええっ!! 八つ裂きにしろぉおおおおっ!?」
「殺伐としてんなぁ!」
性欲ではなく、殺人衝動に駆られているようであった。
涎を垂らして狂気に満ちた顔は、ゴブリンのような人型の怪物を想起させるほどに恐ろしい。顔ぶれを見る限り、この集合住宅の住人であろうと思われるのが余計に恐怖を煽る。
――まさか、前からこんな危ない奴らだったわけじゃないだろ。
昨日の男たちも、そしてここの住人たちも、つい先日までは平穏に暮らしていた人々であるはずだ。それが、性欲と殺人の方向性の違いはあれ、理性を失い狂暴になっている。
なにかしら変化する要因があったはずだ。そして、その要因が自分にだけ影響がないとするほど、ゲーベンは楽観的ではなかった。
とかく、このままではマズイと狂暴化する住人たちとは反対の通路へ走り出したゲーベン。当然、彼の後ろからは追いかけられている銀髪少女も付いてくる。
「あのっ! 見た感じ、魔法使いさんですよね!? あの人たちを追い払うことはできませんか!?」
「無理!」
「どうしてですか!?」
「強化魔法以外使えないからだ!」
「胸を張って堂々と言うことではありませんよね!?」
少女は驚いているが、ゲーベンにとっては誰にも恥ずることのない事実である。
こういった緊急事態にこそ困るが、それはそれ。どういった魔法を覚えていたとて、あらゆる環境に適応できるわけもなし。
であれば、好みの魔法のみを追求するというのは、ゲーベンにとって至極真っ当な考え方であった。
「お前こそ神官だろう? ああいった迷える子羊をありがたいお言葉で救うのが仕事じゃねぇのか?」
「期待されているところ申し訳ございませんが、私、神聖魔法はなに一つ使えませんので!」
立ち止まっていればえっへんと薄い胸を張りそうなドヤ顔の少女に、ゲーベンは冷ややかな目を向ける。
「……神官じゃないのか?」
「修行中の見習い神官ですよ。ただし、低級の神聖魔法すら扱えないダメっ子ちゃんですけどね!」
「威張って言うことじゃねぇだろそれ!」
「お揃いですね!」
「ええい、共感を覚えるな嬉しそうにするな!」
あまりにも嬉しそうに笑うのでゲーベンは絆されそうになったが、状況を考えれば笑い事ではないのだ。
「あー、つまりなんだ。ここには、強化魔法しか使えない戦闘能力皆無の魔法使いと」
「神聖魔法が一切使えない、見習い神官しかいませんね」
「つーことは、だ」
後ろを振り向けば、真っ赤な目で殺意を剥きだにした恐ろしい集団が我も我もと迫ってくる。
「奴らを殺せぇえええええええっ!?」
「逃げ続けるしかないよなぁおい!?」
「ですね!」
互いに対抗手段はなしと判断した二人は、上階に繋がる階段を見つけて数段飛ばしで駆け上っていく。
追って来る住人たちは勢い余ってこけている者もいたが、なりふり構わず転んだ者を踏み付けて上ってくる。屍を超えるが如き凶行もそうだが、踏まれた側が微塵も痛そうにしておらず、殺意を漲らせたままだというのはなにより恐ろしい光景であった。
「昨日から逃げてばっかじゃねぇか! なんか悪いもんでも憑りついてるのか!?」
「そんな危険なモノは憑いていないと思いますけど、お祈りなら受付ますよ? 銀貨一枚です」
「君、守銭奴って言われない?」
「旅をするにも、何分お金が必要ですので」
「世知辛い世の中だぁ」
金にがめつい神官という最悪な組み合わせに、無宗教であるゲーベンですら救いのない現実に嫌気が差しそうであった。
「で、神聖魔法の使えない神官さん?」
「はい! なんでしょうか?」
「そのお祈りに効果はあるんですか?」
「神官に祈ってもらった――という安心感があります!」
「詐欺って言うんだよなぁ、それ」
予期していた答えであったが、聞きたくもなかった返答にゲーベンは耳を塞ぎたくなる。
「詐欺じゃありませんよ!」
声高に反論するのは、自称神に仕える神官の銀髪少女だ。
「そもそも、そういった相談をしてくる人って、大抵悪いモノは憑いていませんから。だから、私も悪いモノが憑いているとは言いませんし、あくまで無事をお祈りするだけです。それでも、喜んでお金を出して安心して帰っていきますよ?」
「言葉巧みに騙し取ってるじゃねぇか」
「私、嘘はつきません! 神官なので!」
「嘘つかなきゃいいって問題じゃねぇだろがい」
言葉巧みにお金を騙し取っている時点で、嘘をつこうがつかなかろうが対した差はない。
銀髪少女は「詐欺じゃないのにぃ」としょぼくれているが、とてもではないがゲーベンは信用できなかった。
そろそろ神官かも疑わしくなってきた少女に、駄目元で質問する。
「で、どっか出口とかあるのかこれ?」
「裏口の扉、開きませんでした!」
「そうかぁ。正面も開かなかったんだよなぁ」
正面玄関、裏口。
どちらも開けられないとなると、さて、他に外へ繋がる出口があるのかどうか。
そもそも、三階にまで上ってきてしまっているので、ここから外に続く扉があれば、繋がる先は天国か地獄か。どうあれ欠陥構造を訴えるべきであろう。
「なぁ、これどこ向かってるんだ?」
「もう直ぐ袋小路ですね!」
「笑顔で言うことかよ」
上りきった時点で逃げ場がなくなるのは当然であり、無限に続く回廊など娯楽小説かお伽噺ぐらいにしか存在しまい。
そうして、対して時間もかからず正面に立ち塞がる壁。
「だぁあっ! 本当に行き止まりじゃねぇか!」
「神官嘘つきません!」
「はいはい分かった分かった神官嘘つかない」
この際質の悪い冗談であったほうが良かったとゲーベンは嘆く。
どうしたものかと隣に並んだ少女を見ると、とある物が目に入る。今まで少女がゲーベンを追いかけていたため気がつかなかったが、背中に大きな弓を背負っていたのだ。
「……? 神官なのに弓を使うのか?」
「森育ちの神官なので! 弓の腕はピカ一なんですよ?」
「うーん、この見た目だけ神官の中身狩人はー」
神聖魔法をなに一つ扱えないが、弓は熟練の神官。
もはや弓使いでしかないのだが、この状況では自体を好転させる材料となった。
「じゃぁ、その弓使って追っ払えないの?」
「うーん。できれば傷付けるのは避けたいんですよねぇ」
「は? こんな切羽詰まった状況でなにを――」
まさかの拒否。
ゲーベンが彼女に強化魔法をかければ、袋小路に陥った状況を打開する可能性があるはずなのだ。
渋い表情をする少女を彼は問い質そうとしたが、理性を失った狂人に空気を読むなんて高度な社交性が残っているはずもなく、
「殺せぇえええええええええっ!!」
「だーもうやけくそだ! 魔法使いの格闘術ってものを見せてや……」
ありもしないヘンテコな格闘術の構えをしてみたが、後から後から無限に湧いてくる住人たちを見て、ゲーベンはいとも簡単に匙を投げた。
「いや無理だわ! 数多過ぎだから!」
「これが絶体絶命という状況ですね!」
「言ってる場合か!」
どこまでも呑気で危機感のない銀髪少女にツッコミを入れていたら、一番前に居た男に掴みかかられてしまう。
「死ねぇええええええええええっ!」
「ちっ!?」
一番呑気だったのは、命の危機であってもツッコミを忘れられないゲーベンであったかもしれない。
どうにか振り払おうとしたが、細身の男とは思えない力で肩を掴まれ、ゲーベンは振り払うこともままならない。
絶対絶命のピンチに、彼が奥の手を使おうとした瞬間、掴みかかっていた男が横合いから迫ってきた大きな壁によって吹き飛ばされた。
「――大丈夫かい?」
「……クラージュ」
大楯を突き出した『勇気の剣』のリーダーであるクラージュが、心配そうにゲーベンを見ていた。
ゲーベンがここに訪れるきっかけとなった人物であり、彼の友人だ。
どうやら、三階の端っこがクラージュの借りている部屋であったらしく、飛び出してきたのか近くの部屋の扉が大きく開け放たれ揺れていた。
茫然とする友人を見て心配そうにしていたが、怪我がないことに安堵してゲーベンに声をかける。
「無事で良かった。それにしても、どうしてゲーベンがここに?」
「全部お前のせいだぁああああああっ!!」
「えぇっ!? 僕なにかしたかい!?」
昨日、変態少女を抱え、変態たちに絡まれたことも。
今日、守銭奴神官と一緒に、狂った住人に追いかけられたことも。
元をただせば、ゲーベンの眼前にいる男が心配させるような言動を取っているのがいけないのだ。
完全なる八つ当たりにクラージュが驚愕しているが、いつまでも驚いていられるほど呑気な状況ではない。
「とにかく話は後だ! 強化かけるからあいつらどうにかしてくれ!」
「あ、あぁ分かった」
ゲーベンの勢いに困惑しつつも事態は理解しているのか、彼に強化魔法をかけられると、大楯を構えて押し寄せる住人たちを相手取った。
幸い、通路は大人二人がすれ違えるかどうかの幅しかない。
クラージュ一人でも、背後の二人を守りながら戦うことに支障はなかった。
「あ、クラージュさん、でしたっけ? できれば傷付けずに無力化してください!」
「難しい注文を言う女の子だね」
同じアパートメントの住人とはいえ初対面であろうクラージュに、銀髪少女は平然ととんでもない要求をする。
社交的なのか、はたまた人との距離感が測れないだけか。
さしもの人の良いクラージュも苦笑して見せるが、彼は表情を引き締めると、既に幾人かの住人を吹き飛ばした大楯を床に突き立て構える。
「けど、これでもパーティを守る重戦士だ。君たちは僕が護り抜く!」
城塞のように堅牢なAランクパーティの重戦士は、迫り来る暴虐に屈することなく護るべき者たちを大楯一つで護り抜いてみせる。
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