第3話 魔法使い、重戦士、神官の現状確認

 ――


 一先ず、クラージュの手によって見える範囲の者達は気絶させられる。

 今のうちに休息と情報共有をと、クラージュの部屋に入ろうとしたのだが、


「その、部屋は……休める、という感じでも、ない……というか」


 と、なにやらごにょごにょと言い辛そうに口籠り、結局、倒れている住人たちの見張りも兼ねて廊下で立ち話をすることとなった。


「……おい、まさか」

「いや……あはは」


 室内の状況を察したゲーベンが眉間に皺を寄せる。

 厳しい視線を向けられたクラージュは白々しく笑ってみせた。

 ――こんな状況じゃなけりゃ、部屋に突入してやりたいところだが。

 実家の屋敷で働くメイド長を師と仰ぐゲーベンは掃除欲求がうずうずするのをどうにか抑えながら、自身がここへ訪れた理由を手短に話す。

 

「……そうか。ユキやシュティルから。それは申し訳なかった」

「今度一杯奢れ」

「もちろんだ」


 朝から酒を飲み損ねたゲーベンの要求を、クラージュは笑顔で了承する。


「すまないね。こんなことに巻き込んで」

「言うな。自分の不幸具合に泣けてくる」


 Sランク冒険者パーティ追放から、今日こんにちの住人狂暴化にまつわるまで。

 散々な己の人生に、ゲーベンの目の端で涙が光る。


「それで、どういう状況なんだこれ? 多分、襲ってきた奴らここの住人だよな。なんであんな殺人衝動全開なんだ? ここに住んでる奴らって殺人集団だったの?」

「その括りだと、僕も入ってるんだけど」

「私も入りますね! 神官です!」

「あ、お前もここの住人だったのか」


 ゲーベンが彼女と出会ってから考える暇の一つもなかったため彼は失念していたが、ゲーベンのように客として訪れない限り、巻き込まれるのは十中八九住人に決まっている。

 クラージュもだが、住人全員が殺人衝動に犯されているわけではないようだ。


「お前ではありません! 私にはリーナというかわいい名前があります! どうぞリーナちゃんと呼んでください!」

「……で、お前は」

「あ、分かります。この人捻くれ者ですね!」

「ぶふっ!」


 むーっと頬を膨らませて見た目相応に可愛らしく睨むリーナ。

 その隣では、彼女の言葉がツボに入ったのか、クラージュが手で口を押えて噴き出していた。


「……おい」

「……ごめん」


 目を大きく開き冷たい琥珀の瞳で見つめるゲーベンに、クラージュはバツが悪そうに謝罪を口にした。

 気まずい空気の発端となったリーナだが、気にしてないのか気がついていないのか、平然と二人に質問を投げる。


「お二人は、クラージュさんとゲーベンさんで良かったですか?」

「はい、そうです。ここに住んでるクラージュと言います」

「ゲーベン・ストレーガだ」

「え? ゲーベン貴族だったのかい?」

「……知らなかったのか?」


 ゲーベンたちが住まう人類国家では、ファミリーネームを名乗れるのは貴族のみだ。

 実際には、当主が収めている領地の名前を名乗るため、ファミリーネームというよりはどこの領主、または領主の血縁かを示すものなので、家族を示す名前とも微妙に意味合いが異なるのだが、大した差はない。


 ゲーベンとしては大ぴらに喧伝するものではないので自分から「貴族の息子です」と名乗りはしないが、職業柄大抵の人は言わずとも理解してしまう。

 誰もがなんとなしに察している話ではあるのだが、クラージュは目を丸くして驚いていた。


「え……言ってたかい?」

「名乗った覚えはないが、魔法使いは大抵貴族がなるもんだぞ? 学ぶのに金がかかるからな」

「知らなかった……」


 魔法を学ぶには金もかかるが時間がいるのだ。

 生きるために毎日汗水たらして働く平民は、子供であれ家の仕事の手伝いに追われ魔法を学ぶ時間など早々取れるものではない。

 たとえ、時間が確保できたとしても、次に待っている障害は金だ。

 家庭教師か、はたまた魔導書か。どのように学ぶにしても多額の金がかかり、一般的な平民が払えるものではなかった。


 こうした考えを巡らせたことがなかったのだろう。クラージュは自身の無知さに肩を落としている。


「もしかしてシュティルも?」

「さぁな。その辺は本人に聞け」


 魔法使いという括りであれば、同じパーティメンバーに思い至るのは当然であった。

 けれども、ゲーベンは知らないとこれ以上の追及を跳ねのける。

 ――今のは人類国家の話で、種族が違えば異なるしな。

 普段はとんがり帽子とローブで隠しているが、人族では珍しい暗い緑の髪色に、翡翠を思わせる緑色の瞳。

 この特徴的な髪色と瞳の色、しかも魔法使いとくれば、ゲーベンの頭の中に思い浮かぶのは東大陸の端っこ、陸と海の境。

 海の中にまで広がる深き森に住まう、魔法に長けた種族であった。


 とはいえ、あくまでこれはゲーベンの予想であって、本人に確認を取ったわけではない。

 詮索するようなものでもなし。シュティル本人が伝えていないことをパーティメンバーでもないゲーベンが語るべきでもなかった。

 ――まぁ、シュティルの態度から察するに、将来困るのはクラージュだろうしな。

 知ったこっちゃないと、ゲーベンは考えるのを止めた。


 思考を切り替え、話題を住人たちに戻す。

 

「それで、殺人集団じゃなきゃなんなんだよ?」

「それは僕にも分からない。今日、起きたらこんな状態で、部屋から出れなかったからね」


 狂乱して狂暴性が増している住人たち相手に、強化魔法もなしに一人では戦いはしなかったようだ。

 そのおかげで部屋を出ず、他の住人たち同様狂乱しなかったと考えれば運が良かったと言っていいだろう。

 ――今日起きたらってことは、クラージュが様子がおかしくなったのとは関係ないのか。


「ゲーベンとリーナさんの声が聞こえて飛び出してきたんだ」

「なるほど。で……リーナは?」

「はい! リーナちゃんです!」


 これまで静かにゲーベンとクラージュの話を聞いていたリーナが、遂に自分の番だと目をキラキラさせて両手を上げた。

 強いちゃん付け推しが、ネオンブルーのキラキラ眩しい瞳から伝わってくるが、ゲーベンは絶対に呼ばないとガン無視を決め込んだ。


「大家のおばあさんのお手伝いをしに行こうとしたら襲われました」

「なんで手伝いしに行くんだよ。神官だから?」

「無償で部屋を借りてるからですね」

「この状況で聞くことじゃないがめっちゃ気になる。なんでそうなる?」


 ゲーベンは仔細を知らないが、このアパートメントは他と比較すると結構高額な家賃なのだ。

 治安の良い地域に、建付けのしっかりとした住居。商業地域へも近いとくれば、値も上がって当然だ。

 そんな一室を、どんな徳を積めば無償で借りられるというのだろうか。

 ゲーベンのみならずとも気になるだろう。実際、高額の家賃を払っているクラージュも耳をそばだてている。


「うーん。詳細は省きますけど、町で困ってた大家のおばあさんを助けて、流れで泊まるところを探してるって言ったら、貸してくれたんですよ」

「なにそれ良い話かよ。善行積んだら巡り巡って幸福がやってくるの? じゃぁ、俺の不幸は悪行積んだからか?」

「そうかもしれませんね!」


 ゲーベンとしてはちょっとした冗談のつもりであったが、悪意なく笑顔で同意されて無邪気な言葉がグサリと心臓に突き刺さる。


「悪意がない分心を抉った……」

「私、変なこと言いました?」

「気にするな……話を続けろ」


 死体を刺すのは止めろと胸を押さえて手の平を突き付けるゲーベン。

 話を続けろと言われたリーナははて? と首を傾げる。


「? 続けるもなにも、襲われた後はゲーベンさんに会ってお終いですよ?」

「追加情報なし。役立たず共め」

「はは、申し訳ない」

「お話聞くだけのゲーベンさんが一番役立たずでは?」


 的確なリーナの指摘に、ヒビの入っていたゲーベンの心はいともたやすく砕け散った。


「そうか……そうかもな。役立たずは隅で膝抱えて丸まってるわ」

「今日のゲーベンは打たれ弱いね」

「言い出したの俺からだから言い返せないし、ユキみたいに煽ってるとかじゃなくて本気で言ってるから辛い」

「リーナさん、抜き身の短剣みたいだからね」

「抜き身の短剣……! カッコいいですね!」


 表現が気に入ったのか、リーナは瞳を輝かせる。

 小さな子供のようないとけない仕草に、膝を抱えたゲーベンは遠い目をする。


「純粋無垢ってこういう奴のこと言うのかなぁ」

「え? 私、褒められてますか?」

「羨ましい性格してるな、ほんと」

「ありがとうございます!」


 皮肉も通じない鋼鉄のメンタルに、もはや笑うしかないとゲーベンは引き攣った笑いを浮かべる。


「つーか、結局進展なしか。しかも、出口は開かず。誰の仕業かわからんが面倒な」

「とりあえず、壁壊してみるかい?」

「試してみるが、多分これ結界かなにかだろ? しかも、かなり高度な。鎧戸壊せれば早いだろうが、無理な気がするんだよなぁ」


 強化魔法をかけたクラージュの腕力。

 ゲーベンの物体への強化魔法による破壊。

 近くの鎧戸を壊そうとどちらも試してみたが、結果は無傷であった。

 鎧戸そのものに力が通っていないような感覚に、これは駄目だとゲーベンとクラージュは揃ってお手上げだ。


 アパートメントからの脱出を試みている二人をぽけーっと眺めていたリーナが、ちょいちょいとゲーベンのローブを引いて、こっちを見てくださいと意識を向けようとする。


「ゲーベンさん」

「なんだ? なにか案があるのか?」

「ありません!」

「ハッキリ言えることはいいことだ。で、なに?」

「誰か来ますよ?」


 リーナに言われて初めて、ゲーベンとクラージュの二人は暗い通路の奥から響く足音を認識した。

 暗闇に目が慣れたからといって、どこまでも見通せるわけではない。


「やぁ、我が麗しの姫君に反抗する者共よ」


 コツコツと小気味よい靴音を鳴らしながら黒の空間から現れたのは、礼服を纏った見るからに貴人の男性であった。

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