第4話 アソコとおしりとお口で三本ならいける
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ゲーベンとリリィは町の郊外にある、かつて使用されていた倉庫に身を隠していた。
建物を支える大きな柱の影に身を潜め、砕けて転がっている木箱の木片を踏まないようにしながら、男達が追ってこないか注意を払う。
「ここまでくれば……少しは落ち着けるか」
「こんな人気のない薄暗い場所にリリィを連れ込んで……お兄さんの雄々しい肉の棒をリリィのちいさなちいさな肉壺に納めたいんですねぇ」
「欠片も緊張感がないねお前は」
お姫様抱っこから解放されたリリィであったが、名残惜しいのかちょいちょいと彼の裾を握って離さない。
離せと言っても聞かないので、ゲーベンは既に諦めている。
ようやく落ち着いて腰を下ろせたことで、これまでの疲れがどっと溢れてきたのか、地に腰を下ろしてぐったりと木箱にもたれかかった。
「これからどうするんですかぁ?」
「諦めてくれることを祈ってる」
ゲーベンは女神信仰の厚い国内において、珍しい無神論者だ。魔法の研究において必要なのは自身の知識と経験であり、女神に頼るものじゃないという意識が強かった。
けれども、もし祈りを叶えてくれるのであれば、週に一度教会に祈りを捧げにいってもいいと考えていた……が、建物の入り口付近から複数の荒々しい足音が、ゲーベン達の耳に届いた。
「足音がしますねぇ」
「俺は神には祈らん主義だ」
実益ばかりを求めるゲーベンに、女神は微笑まなかったらしい。
信者になることはないなとゲーベンは改めて確信しながら、足音に耳を傾け続ける。
徐々に近付いてくる音に、小さく舌を打った。
「ここもいずれ見つかるな。面倒くせぇ」
「お兄さん」
どうしたものかと思考を巡らせていると、くいくいっと裾を引っ張られる。
ゲーベンが振り向けば、紫水晶の瞳と目が合う。
「なんだ」
「リリィを見捨てても構いませんよぉ」
「……何言ってんだ?」
リリィの申し出に、ゲーベンのこめかみがピクリと動く。
「あの人達の狙いはリリィの体でしょうから。殺される心配はありません。ちょっとお相手してあげれば、精子枯れちゃいますよぉ」
「きたねぇ言い方するな」
恐れも嫌悪も感じさせない平坦な声色で告げてくるリリィに、ゲーベンは不機嫌な声色で返す。
「くだらねぇこと考えてんじゃねぇよ」
「え? アソコとおしりとお口で三本ならいけるかなって」
「……ほんと、くだらねぇ」
悲壮な覚悟とは程遠いリリィの変わらない態度に毒気を抜かれたゲーベンは、頭をガシガシとかくと、深くため息を吐いた。
「だいたい、元から俺にそんな選択肢ねぇんだよ」
「なんでですかぁ? 面倒だって言ってたじゃないですかぁ。今日会ったばかりの、見ず知らずのリリィなんて見捨てちゃえばいいじゃないですかぁ」
「はん。女が男達に襲われているところに遭遇した時点で、そんな選択肢はねぇよ」
最初からどう助けるかという選択があるだけで、見捨てるなんて道はそもそも存在しない。
「お兄さんは難儀な性格していますねぇ」
「うるせぇ……見捨てたら姉妹に殺されるしな」
「……?」
嫌な過去が頭を過り、ゲーベンはブルリと身震いをする。
そんな態度にリリィが不思議そうな目を瞬かせるが、彼に語る気はなかった。
「俺の不幸は、見た見ぬふりができない状況に出くわしたことだな。もう二度と俺の前で面倒な状況起こすなよ?」
「えっちなことは面倒事に入りますかぁ?」
「お前の存在が面倒になってきた」
始めから分かっていたことだが、リリィを襲う男達よりも、リリィ本人が何よりも面倒な存在なのであった。
「それに、俺は派遣冒険者だ。今回の件は雇われたってことにしといてやる」
足音で男達が直ぐ傍まで近付いてくることを察したゲーベンは、膝に手をかけ立ち上がると、柱の影から出て体を晒した。
「後でキッチリ報酬はいただくがな」
「おっぱいで挟んでこすればいいですかぁ?」
「ようしもう黙れ?」
両手でぎゅむっと柔らかな胸を押し上げ、ナニかをこすり上げる動作を見せるリリィを黙らせる。
喋るだけで疲れると、疲労の溜まった脳と体に鞭を打つと、余裕のない男の荒げた声が建物内に響き渡った。
「やっと見つけたぞぉ!」
男達も走っていたのだろう。全員息が上がっており、全身から汗が噴き出している。
軽いとはいえ少女一人を抱えて走っていたゲーベンよりも疲れている様子に、日頃から鍛えていない体力のなさが伺える。
それだけ疲労困憊でありながらも、男達の目は初めて遭遇した時から変わらず血走ったままギラついており、彼らがリリィを諦めていないのがゲーベンにも見て取れた。
「早くあの女を出せぇ!」
「……差し出したい気分だが」
ここまできて差し出すつもりはゲーベンにないが、リリィの卑猥な言動に疲れた心が楽な方向へ流れたがっている。
――そもそも、こいつらの正確な目的も分からないんだよなぁ。
確かにリリィは美少女であるが、あんな堂々と町中で襲えば捕まるのは時間の問題だ。己の身の破滅を賭けてまで、襲う価値があるのかと問われるとゲーベンは首を傾げざるおえない。
リリィに心底惚れているというのなら分かるが、まさか八人全員がそうだとは考えづらい。
では理由はなんだといくら想像を働かせても、ゲーベンには分からなかった。
「一応聞くが、なんであのリリィって女を狙うんだ?」
「犯すために決まってるだろうがぁあああああっ!!」
いっそ清々しい欲望の忠実さに、ゲーベンは感動すら覚える。
「あの女の服を脱がして、胸を揉んで、俺のモノを口に突っ込むんだっ! 泣いて叫んだって関係ねぇ! 何度も何度も何度も何度もぉお! 俺のこの衝動が収まるまでぇ、何回だって蹂躙してやるんだよぉおおおっ!」
「想像以上に下衆な回答ありがとうよ」
何か違う目的を隠しているわけではない。
性欲によって周りが見えなくなるほどに、男はリリィを犯したい衝動に駆られていた。
「はやくぅ、早くしろよぉおおおっ!? もうっ、もう我慢の限界なんだよ! あの女の白い肌に触りたいんだっ! 唇を貪りたいんだぁっ! じゃなきゃ、じゃなきゃ狂っちまいそうなんだよぉおおおおおおおっ!!」
「……? なんだ? お前」
狂乱したかのような男の慟哭に、ゲーベンは訝しむ。
――気でも触れているのか?
だが、ただ性欲が抑えきれないというのであれば、リリィだけを狙う意味が分からない。女を犯したいと叫びながら、リリィだけを狙う理性を残した男。
ボタンを掛け違えたような、奇妙な違和感に襲われたゲーベンが思考の海に潜ろうとしたが、
「早く早く早くぅぅううっ!! 女を寄越せぇええええええええええええええええっ!!」
男達の理性は遂に崩壊し、唯一の武器である短剣すらも放り投げて襲い掛かってきた。
「ちっ! 状況は分からんが、まぁいい」
考えるのは後だと、ゲーベンは柱に触れる。襲い来る男達を前に、嫌そうに表情を歪めながら。
「なぁ知ってるか? ここは昔商人が倉庫として使っていた建物らしいんだが、老朽化していつ倒れるか分かったもんじゃねぇから放置されてんだと」
「黙れぇえええええっ!! 犯させろぉおおおおおおおおおおおっ!!」
聞く耳を持たない男に、ゲーベンは嘆息をする。
「柱の一本でも折れれば、崩れちまうぐらいにな。《
強化魔法を複数掛けされた柱は、元々老朽化していたのも相まって、あっさりと建物を支えるという役目を終えて砕けてしまった。
そして、安全性の欠如から放棄された倉庫は、悲鳴を上げるかのように壁に亀裂を入れると、建物全体を大きく揺らしながら、瓦礫を落とす。
「犯させ――」
リリィに伸ばされた男の手は、触れる前に瓦礫に飲まれて届くことはなかった。
そして、瞬く間に支えを失った倉庫は、大気を揺らす轟音と土煙を上げながら倒壊した。
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