第2話 露出の激しい隠語だらけの美痴女との出会い
いきなり現れて往来で犯す宣言した男は、目が血走った恐ろしい形相で自身をリリィと呼ぶ少女へと手を伸ばす。
出で立ちこそ細身の冒険者のそれだが、顔を赤くし息を荒げた姿は男であるゲーベンですら一抹の恐怖を覚える程に生理的な嫌悪を感じさせる。
――こんなのに追われていたらそら怖かろう。
ゲーベンはそのように思ったのだが、リリィが怖がっている様子はない。
「マジか。こんな往来で堂々とそんなこと言う奴初めて見たぞ」
「あまりにもリリィの体が魅力的過ぎるのが原因ですねぇ。リリィの美しさは罪」
「自意識過剰の女め」
表面上は欠片も恐れていないリリィ。
男から隠れるようにゲーベンの背に隠れて服の裾をぎゅっと握るも、媚を売るような甘い猫なで声で、ゲーベンを誘惑するよう無防備に体を押し付ける様子からは、男に対する嫌悪も恐怖も感じ取れない。
――こいつ、自分で誘惑しておいて、都合が悪くなったから逃げたとかないよな?
ありえそうな展開に、ゲーベンの瞼がやる気なさそうに落ちていく。
「早くそいつを寄越せ! 早くしろ!」
「……だとよ?」
「わーん。お兄さんがリリィを差し出して、
「言い方! 風評被害甚だしい奴だな!」
えんえんと両手の甲を目元に沿えながら、明らかな泣き真似をするリリィにゲーベンは辟易する。
下品な言葉のチョイスもさることながら、己が可愛いと自覚している小悪魔的な仕草の数々。子供のような
――紅一点の逆ハーレムを築いた、パーティクラッシャーか何かか。
状況を確認し、彼女を知れば知るほどに関わり合いになりたくないという気持ちがむくむくと大きくなっていく。
「面倒くせぇな」
「か弱い可憐なリリィを見捨てるんですかぁ?」
「したたかな女に見えるが?」
「おっぱい触ります?」
「さわ……っらねぇよ!?」
「今、言葉に詰まりましたぁ?」
「詰まってねぇし!」
やーいと指をさして揶揄するリリィに、真っ赤な顔でゲーベンは怒鳴る。
傍から見れば誤魔化すために怒っているようにしか見えず、ゲーベンも自分の態度を理解してか、片手で顔を覆って下を向いた。
「そもそも、こんな街中で騒いでれば、俺がどうこうせずともそのうち衛兵でも来る――」
「何をごちゃごちゃ言ってんだ屑が! てめぇみたいな雑魚に構ってる余裕はねぇんだよ!」
「あ?」
明らかに一度触れれば身の破滅を招く女である。
見捨てる後味の悪さはあれ、本能的な危機感と面倒事の予感に置いて行っても許されるのではないかと思い始めていたのだが、興奮する男の幼稚な罵倒にゲーベンの理性の糸はプツリと儚い音を立てて、いとも容易く切れてしまった。
「誰が屑で雑魚で石像野郎だって?」
「お兄さんお兄さん。石像野郎とは言ってませんよ。ちんちん立たない不能野郎って言ってました」
「誰が不能だ! 俺の息子はぜっこうちょ――何言わせんだお前は!?」
見た目は可愛らしい少女の口からちんちんなんて言葉が飛び出し、ゲーベンは慌てた結果とんでもないことを口にしかけて顔を真っ赤にする。
「あれ? 聞き間違えですかね」
「何と聞き間違えたんだ!? そんな卑猥な耳とっかえてこい!」
「やだぁ。そんなとっかえひっかえだなんて、お兄さんのえっち」
「こいつ捨ててーー!!」
心からの絶叫であった。
「ともかく、だ! 俺は売られた喧嘩は買う主義だ! ぶっ殺してやるよ!」
「やれるものならやってみろ! お前みてぇな貧弱な奴に負けるか!」
「誰が貧弱だ!?」
「そうです。誰がふにゃちんですか」
「股間の話はしてねぇ!」
口を開けば卑猥な事ばかり宣う変態少女。
きょとんっと首を傾げる仕草は純粋そうで質が悪い。
「ねぇ? ちょいちょい話に割って入んないと気がすまんの?」
「ごめんなさい。卑猥な会話のやり取りに、リリィお耳が真っ赤で突っ込まずにはいられませんでした」
「卑猥なのはお前の頭だ」
きっと、少女の頭の中は子供にはとても見せられない、肌色と桃色に埋め尽くされた筆舌に尽くしがたい世界が広がっているのだろう。
赤らめた頬を両手で覆い、いやいやと顔を左右に振る姿は、この短い時間でその性質を把握し始めたゲーベンですら可愛いと思ってしまう愛らしさがあった。
――怖い女だ。
ゲーベンが慄いていると、我慢できなかった男が遂には短剣を抜いた。
「女を寄越せぇえええええっ!」
「うるせぇ!?」
銀色に輝く短剣で脅してくる男を、ゲーベンは一喝する。
人々が集う街中で平然と女を襲う変態男に、そんなヤバい男に追いかけられながらも卑猥な事ばかり言う変態少女。
二人の変態に絡まれてしまったゲーベンの精神状態は、大荒れの大海に取り残された小舟のように不安定だ。
じりじりと近付いてくる男を前に、ゲーベンは溜まったストレスを吐き出すように鼻を鳴らす。
「ふん。いくら俺が強化魔法使いだからってな、たかが暴漢の一人や二人、ぶっ殺せるつうんだよ。曲りなりにもSランク冒険者だからな」
「いくらでも相手になるぞってことですねぇ」
「お前、その言葉に他意はないって誓えるか?」
「リリィわかんなぁい」
「急に
余計な茶々を入れるリリィを叱りつけてから、ゲーベンは相手に手の甲を見せるように顔の高さまで片手を持ち上げる。
「おら。早く掛かってこいよ。姉さん直伝の雷魔法でぶっ殺して……」
やる、と続けようとした言葉は音にならずに消えてしまう。
ぞろぞろと男と同じように血走った目で合流する暴漢達。
一、二、三……都合八人にまでに至った男達は、ギラついた短剣を各々握り込んでいる。
顔に影が差したゲーベンと男達は無言で向かい合い、一瞬の静寂が流れた後……
『その女を寄越せぇええええええっ!』
「多勢無勢は卑怯だろうがっ!?」
迫る暴徒の群れに泣き言を叫ぶ。
「乱交パーティですかぁ?」
「捨ててくぞ淫乱娘!」
状況を理解しているのかいないのか、変わらず平静を保ったリリィ。
「おら!」
「わぁお」
走り去る間際、彼女を両腕で抱きかかえると、そのまま逃走を開始する。
「これは俗に言うお姫様プレイという奴ですねぇ。リリィドキドキしてお股が濡れちゃいます」
「しょんべんでも漏らしたか!?」
「いえ、愛液です」
しれっととんでもないことを言うリリィ。太腿をこすり合わせているが、冗談であることをゲーベンは祈るしかない。
「なんなのお前! 媚薬でも飲まされたのか!?」
「通常運転です」
「誰だこんな危ない娘を育てた親は!」
親の顔が見て見たいとゲーベンは思ったが、大人の艶やかさで男を誑かす傾国の美女のような女性を想像してしまい、恐ろしくなって言葉にするのは止めた。
こんな破廉恥なリリィを育てた親がまともなわけがない。
「仕方がありません。リリィは父親と母親の棒と穴がずっこんばっこんした結果生まれた愛欲の結晶なのですから」
「夢も希望もない爛れた性生活! せめて愛と言え!」
幼い子供がそんな話を聞かせられながら育ったならば、相当性格が捻じ曲がった子が育つことだろう。まんまリリィである。
「そもそも、なんでお前はあんな奴らに追われてるんだ?」
「さぁ? 歩いていたらセックスさせろって下半身をもっこりさせて荒い息で近付いてきたのでぇ」
「事案!」
はぁはぁしながら(見た目は)可憐な少女に近付く男共は、総じて不審者である。どこの国であれ、衛兵に捕まって牢屋送りだ。
「誘蛾灯かなんかなのか!」
「男という蛾を類稀な可愛さで魅了し惹きつけてしまうリリィ……。もっこりさせてもしょうがないですねぇ」
「女の子がもっこりとか言うんじゃありません!」
お母さんみたいなことを言うゲーベンは、少女を抱えて走る彼を驚いた目で見る人々の間を抜けながら、必死に足を動かし続ける。
「だいたい、お前。なんだその恰好は。胸元開いてるし、スカート丈は短いし」
「ぐしょ濡れパンツ見えちゃってます?」
「抱えてんだから見えるか!」
「具が見えてなきゃ大丈夫」
「生々しい発現はやめなさい!」
平気でスカートを捲って中身を見せようとするリリィに、ゲーベンは激しくなる呼吸と一緒に苦言を漏らす。
「そんな挑発的な変な服装してるから、あんな変な男共を引っ掛けちまったんじゃねぇのか!?」
「変じゃないですよぉ。可愛いですよぉ」
リリィの言う通り、フリルの付いた白と桃色のドレスは可愛らしくはある。
けれども、上半身は肩から谷間、下半身は膝上のスカートといかんせん露出度が高すぎる。胸元など、角度によってはピンク色の突起が見えそうで、先程からゲーベンは視線を下げられないでいた。
そんな少女特有の愛らしさと、性欲をかきたてる妖艶さが合わさっては、望まずとも魔が差してしまう男はいるだろう。
……流石に、背後から迫って来る男達は行き過ぎているが。
「だいたい、変だっていうなら、お兄さんの格好の方が変ですよぉ」
「どこがだ正装だろがい」
ゲーベンの格好は、魔法使いが着るようなフードの付いた黒いローブ。そして、内側には、皺一つない紳士の嗜みである燕尾服だ。
どこからどう見てもおかしなところのない、ゲーベンにとっては胸を張って自慢したい服装であった。
「普通の人は、燕尾服なんてこんな辺境の町中で来ませんよぉ。しかも、魔法使いのローブとの組み合わせは、怪しさ満点。へんたいふしんしゃさんまっしぐらですねぇ」
「俺の誇りある正装になんて言い草!」
誇りを貶され、憤慨するゲーベン。
どこからどう見ても紳士の格好だろうとブツブツと文句を言いながらも、逃げるために人通りが少なく、入り組み身を隠すには持ってこいの路地裏へと身を投じる。
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