第3章 オープンえっちな美痴女と疑いようのない変態達

第1話 引き籠りクラージュと 露出度の高い少女と 初対面のへんたいさんと


「なんか、変なのよ」

「……? 唐突な自己紹介ありがとうございます?」


 『幻想の森』の事件による騒ぎも落ち着きを取り戻し始めた頃。

 ゲーベンは冒険者パーティ『勇者の剣』に所属する女軽戦士のユキと、女魔法使いであるシュティルに紅茶と甘い菓子を提供する女性に人気の飲食店に呼び出されていた。


 オープンテラスで円卓を囲む三人。

 女給を始め、周囲は女性ばかりで落ち着かないゲーベンは、赤く紅葉の跡が付いた頬を押さえながら、座る位置を調整するように何度もお尻を動かしていた。


「なんか、変なのよ」

「……何が?」


 同じ流れを繰り返しながらも正しい選択肢を選んだゲーベン。

 二度目の平手が飛んでこなかったことに安堵しつつも、釈然としない気持ちでユキを睨む。

 けれども、ユキは何事もなかったかのように、いけしゃあしゃあと話を切り出してきた。


「クラージュが変なのよ」

「最初からそう言え……」


 疲れたように肩を落とす。


「で、クラージュが変って?」


 ゲーベンが質問すると、ユキはどう言ったものかと、悩まし気に言葉を選ぶ。


「その、ね? 挙動、不審というか、依頼も受けたがらないし、町にも出たくならなく、って」

「あの年齢で引き籠りになったのか?」


 ゲーベンはクラージュの年齢を知らないけれど、なんとなしに二十歳は越えているだろうと予想している。

 若い時分ならともかく、成人を超えた良い歳の大人が自宅に引き籠るのは情けなくないかと思ってしまう。

 けれど、ゲーベンの一般的な考えを、いつも以上に力強い声でシュティルが否定する。


「引き籠りに、年齢は、関係ないよ?」

「そ、そうなのか。どんな年齢でも引き籠る奴は引き籠るのか」


 なにやらとても実感の籠ったシュティルの言葉に、ゲーベンは思わず納得させられてしまう。

 引き籠りの知人でもいるのだろうか。


「なんか怯えてるみたいなのよ」

「怯えてるねぇ」


 ゲーベンはクラージュを思い浮かべるが、どうにもしっくりこなかった。

 クラージュと知り合ってからおよそ二か月の月日が経過していた。

 クラージュの人となりもそれなりに理解したつもりであるゲーベンだが、彼が何かに怯える姿というのを想像するのは難しかった。

 ――どちらかと言えば、優しく勇ましい好青年って感じだからな。

 どのような危機に陥っても、歯を食いしばりながら先頭に立って仲間を導く存在。ゲーベンから見て、英雄の片鱗を感じさせるクラージュが怯えるというのは、想像するのも難しかった。


「私達が聞いても大丈夫しか言わないのよ。その、いくら体力なくて軟弱って言っても、ゲーベンも一応男でしょ? 異性相手だと相談できないこともあるだろうし、話聞いてあげてくれない?」

「お願いする態度ではないよな?」


 言い淀みながらも相当失礼な事を口にするユキのせいで、ゲーベンの額に怒りマークが浮き上がる。

 真実その通りなのでゲーベンは否定できないが、お願いする時にわざわざあげつらう事でもあるまい。


「お願い、できない、かな?」

「むっ……」


 ユキとは対照的に、魔法使い特有の黒いとんがり帽子を目深まぶかに被っていたシュティルが、下から見上げるように真摯な気持ちが乗った翡翠の瞳を逸らすことなくゲーベンに向けた。

 ユキのようにからかい交じりなら断りやすいが、こうも真っ直ぐに懇願されてはゲーベンもないがしろにするのは気が引けた。

 じっと向けられる真剣な眼差しに耐え兼ねたのか、ゲーベンは彼女の視線から逃げるよう顔を逸らす。


「お前らには俺も世話になってるからな。話聞くぐらいはしてやる」

「ありが、とう」

「気にすんな」


 パァと表情が明るくなり、シュティルは嬉しそうに微笑んだ。

 人見知りで、ゲーベンとは話す機会の少ない彼女の珍しい表情に、知らずゲーベンの頬も緩む。

 そんな二人の微笑ましいやり取りを、ユキは面白くなさそうに眺めていた。


「ねぇ……私とえらく態度が違くない?」

「人格の差」

「せめて人徳って言いなさいよ!」

「……自覚あるじゃねぇか」


 少しは直せと言うと、先程のゲーベンと同じように気まずくなったのか、ユキは顔を逸らした。


 ■■


 ユキとシュティルのお願いを了承した翌日。

 ゲーベンは本日も冒険者ギルドに姿を見せなかったクラージュに会うため、彼の自宅を目指して人々が行き交い活気のある大通りを歩いていた。


 いつもの黒いローブを羽織っているゲーベンは、引き籠っているというクラージュについて考えていた。


「クラージュが変ね。……女でも出来たか?」


 そうであれば、同じパーティとはいえ女性メンバーに相談するのははばかれるだろう。

 家から出てこないのも、自宅でお楽しみ中と考えれば不思議ではあるまい。

 ――顔が良くて性格も良くて女に縁はありそうなのに、そういった経験は少なそうだったからな。

 初めての恋愛事に浮かれてしまっている可能性は否めない。


「流石にそんなわけない……か?」

「わぁ、ごめんなさい」


 横合いから突然誰かがぶつかってくる。

 視線を下げれば、やたら露出が激しく、フワフワしたフリルの付いた白と桃色のドレスを着た少女であった。

 胸元から下にしか布のないドレス。意図せず大きく開いた胸元を見下ろす形になったゲーベンは、可愛らしい顔立ちとは裏腹に大きく実った二つの果実の谷間を覗き見てしまい、羞恥から頬を赤くし顎を斜め上に持ち上げた。

 恥ずかしさと気まずさからゲーベンはつっけんどんな態度を取ってしまう。


「ああ、いい。気を付けろ」

「……」

「なんだ?」


 抱き着くような態勢のまま、頭一つ分違う少女は青空を仰ぐようにゲーベンを見上げ、不思議そうにこてりと首を傾けながら、紫水晶の瞳を向けてきた。


「お兄さんも可愛いリリィに欲情するへんたいさんですかぁ?」

「初対面の人間に対する第一声がそれなのか?」


 人間、怒りが頂点を超えると逆に冷静になるものだ。

 少女の両肩に手を置いて体から引き離しながら、努めて冷静に質問する。


「なぁ? 俺のどこが変態に見えるって? 顔か? 雰囲気か? お兄さんにちょっと教えてくれないか?」


 訂正。冷静に見えるだけで内心激おこであった。

 少女もゲーベンの怒りを感じ取ったのか、間延びし、幼さのある話し方だというのに艶を感じさせる声で謝罪する。


「ごめんなさいぃ。少し慌てていたもので、リリィ、勘違いしてしまいましたぁ」

「勘違いって、どうやって初対面の相手に欲情する変態だと勘違いするんだよ」


 初対面で変態と認識するなんて、余程下心満載の顔をしているか、全裸で往来を歩くぐらいのものだろう。

 服を着て常識的に行動をしていれば、初めて会った相手に変態と罵ることは早々にあるまい。


「――その女は俺が犯すんだよぉっ! 寄越しやがれぇえ!」

「疑いようのない変態が現れやがったっ!?」


 世界には常識では計れない不思議な事で一杯なんだと、ゲーベンは驚愕と共に記憶に刻み込んだ。

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