幕間 エピローグにしてプロローグ
事件報告
イディオ・アリストクラット子爵が起こした事件を、ゲーベン達が冒険者ギルドに報告してから一週間が過ぎた。
冒険者ギルドから呼び出しを受けたゲーベンとAランク冒険者パーティ『勇気の剣』の面々は、ギルドの応接室にて、今回の件について受付嬢のリサから報告を受けているところであった。
「アリストクラット子爵が魔族と繋がっていたとは思いませんでした」
集まったゲーベン達に一言そう告げると、リサはテーブルの上に用意した資料を確認しながら今後の対応についての説明を行う。
「今回の件に関しては、冒険者ギルドが対応する範囲を逸脱しておりますので、以降の調査は国が引き継ぐことになりました」
「妥当だな」
冒険者ギルドはあくまで冒険者に依頼を斡旋し、支援を行う組織だ。
発覚した発端が冒険者であれ、事件の犯人は国に属する貴族である。アリストクラット家への処罰や、『幻想の森』の調査を主導するのは当然の流れといえた。
資料をローテーブルに置き、リサは顔を上げる。
「伝え聞いた話では、裏でも色々と悪さをしていたようですよ。魔族に人族を売り渡していたり、人族の品を横流ししていたり。調査すればするほど出るわ出るわ悪行の数々。酷い物ですねぇ」
「……なんでそんなこと知ってるんだよ」
国に調査を一任したのであれば、冒険者ギルドに情報が降りてくるのは少なくとも調査が終わってからになるはずだ。なにより、犯罪者とはいえ貴族の汚点を簡単に晒すわけもない。
そんな内部事情を平然と口にしたリサは、きょとんと瞬きを繰り返す。
「いやですね~。噂ですよ噂」
ニッコリ笑顔で、招くように手を振る。
「一介の受付嬢が調査内容なんて知るわけないじゃないですか~」
「そんな噂聞いたことねぇよ」
「細かいこと気にしてるとハゲますよ?」
「ハゲてねぇし!」
露骨な話題変換にまんまと乗せられたゲーベン。
うんうんと頷くリサは何事もなかったかのように報告を続ける。
「罰を受けるべき者は既にご臨終ですし、罪科を受けるのは残された家族になりますけどね。家は当然取り潰し。アリストクラットは子爵領ですが、一時的に位の高い貴族様に引き継がれるそうですよ」
「一時的? なんでだ?」
ゲーベンは疑問を呈する。
一時的な就任では次の領主に引き継ぎを行わなければならず、手間が増えるのは目に見えている。臨時とは言わず、初めから新しい領主を就任させてしまえば良いに決まっている。
「アリストクラット領は魔族が関わっていた土地ですからね。もしかすると、領内に魔族が侵入しているかもしれません。問題がないか調査が終わるまでは領地は国預かりとして、信頼のおける貴族様にお任せするんだそうです」
「ほーん」
一先ず納得の出来る理由に頷いたゲーベンだったが、問い返してみたものの返ってきた内容に興味が湧かなかったようだ。どうでもよさそうな声に、リサが面白そうに目を細める。
対象的に、驚いたようにクラージュが腰を浮かせる。
何事かとユキとシュティルが顔を向けたが、彼はなんでもないと言って深く椅子に座り直した。
「興味なさそうですね」
「魔族は気になるが、俺に火の粉が飛んでこねぇならどうでもいいな」
「え~? そんなこと言って本当にいいんですかぁ~?」
「あん? どういう意味だ?」
「別にぃ? なんでもないですよぉ?」
「お前、人をイラつかせる天才だな」
何やら含みのある嫌らしい笑みに、ゲーベンの頬が引き攣る。
ソワソワと落ち着かない様子のクラージュは、申し訳なさそうな、不安そうな表情をしながらリサに声を掛けた。
「話に割って入って申し訳ない。その、魔族が領内にいるというのは本当なのだろうか」
「かもしれない、というお話です」
真面目な空気を感じ取ったか、ゲーベンをからかって緩んでいた表情筋を引き締めてリサは背筋を伸ばす。
「領主が魔族と繋がっていた以上、いないと断言するわけにはいきませんから」
「それは……そう、だな」
「気になるのか?」
「あぁ、いや……そういうわけでは、ないんだが」
言い辛そうに視線を泳がせるクラージュを、ゲーベンは不思議そうに見つめる。
「ゲーベン、察しなさい」
「うん、察して」
「……空気読めてたら、強化魔法使いなんてなってない」
火の魔法や、雷の魔法など、もっと一般的な魔法を選んでいたと言えば、この場にいる誰もが納得だと大きく頷いてみせた。
自身で言った手前ゲーベンは反論する気はなかったが、釈然としないと不貞腐れたようにムッと唇を結ぶ。
「ゲーベンさんが女の子にモテないというお話は置いておいて」
「置いておくな大事な話……いや、モテないうんねんの話ではなかっただろう」
しれっと失礼な事を言うリサを睨むも、彼女は笑顔で彼のツッコミをスルー。受付嬢の最大の武器は笑顔です。
「元領主の調査については国の調査団が行いますが、『幻想の森』の調査については国から依頼が来ています。『幻想の森』の異常の原因はアリストクラット元子爵が原因だったようですが、その影響がいつまで残るのかは不透明ですから」
モンスターの魔石を砕き、魔力濃度を上げることによって『幻想の森』のモンスター達を狂暴化させた今回の事件。
それを行っていたアリストクラットは死に、新たに『幻想の森』の魔力濃度が上がることはない。けれども、既に上がった魔力濃度がどれだけ影響を残すのか。今後も『幻想の森』を活動拠点の一つとする冒険者ギルドとしては、知っておきたい事案だろう。
「依頼、受けます?」
「俺は嫌だ」
「私も嫌」
「私も、かな」
罠だったとはいえ、Sランクモンスターであるバジリスクに襲われたばかりだ。命の危険もあった。
そんなことがあったばかりで、率先して引き受けたいかと言えばそんなわけはなく、クラージュを抜いた三人は揃って首を横に振った。
冒険者ギルドとしては当然、上級冒険者であるゲーベン達には調査に参加してほしい。
嫌そうな反応は想定通りだったのか、リサは良い笑顔を『勇気の剣』のリーダーであるクラージュに向けた。
「クラージュさんはどうしますか?」
「あ! リサそれは卑怯よ!」
ユキが叫ぶけれど、既に問いは投げられた。
ニコニコとした笑顔を向けられたクラージュ。困っている人を見捨てられない彼であれば断らないという邪な考えが透けて見えるリサに対して、彼はこの場にいる誰もが予想しなかった返答をする。
「そう、だね。皆が嫌というのであれば、依頼は受けないかな」
「あら」
意外そうな声がリサから零れる。
ゲーベン達もまさかという思いでクラージュを見つめ、彼は居心地悪そうに俯く。
リサは冒険者ギルドの顔である受付嬢だ。
断られるのは意外であったが、切替は誰よりも早かった。
「残念ですが、それならば仕方がありませんね。とはいえ、国家主導で調査は進めておりますので、皆様は気兼ねすることなく、お体を休めてください」
気を遣わせないよう一言添えながら丁寧に頭を下げる姿は、冒険者達がこぞって熱を上げ、町の女性達が憧れる美しい受付嬢そのものだ。
「あ、ゲーベンさんは働いてくださいね」
「俺にも優しい言葉をかけてくれよ……」
遠慮のないリサに、ゲーベンは長い長いため息をつくのであった。
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