第7話 欲をかいた悪徳貴族の末路
この場を整えたアリストクラットすら予想していなかった増援に驚きを隠せない。けれど、ゲーベン一人増えたところで意味はないと考えているのか、慌てた様子もなく落ち着き払っている。
「下民が。よくここに来れましたねぇ?」
「違うからな!? 勘違いするなよ! 別に心配だったわけじゃねぇから! たまたま『幻想の森』に来る用事があっただけだから!」
「何の話をしているんですかねぇ!?」
アリストクラットにとっては知っちゃなかろうが、ゲーベンにとっては大切な釈明であった。
後でからかわれてはたまらないと必死だ。
助けに来たわけじゃないと言い訳をしているというのに、空気を読まないクラージュが申し訳なさそうな声で謝る。
「ごめん。ゲーベン。僕のせいでこんなことに巻き込んでしまって」
「用事があっただけって言ってるでしょう!? 言葉通じてる!?」
「助けに来てくれて、ありがとう、ね?」
「止めてほんとやめてもうなんか無理死にそう」
「助けてから死になさい!」
「その反応が今はありがたい!」
いつもであればゲーベンはユキの暴言に反発するが、この時ばかりはありがたかった。
ゲーベンの登場によって絶体絶命で緊張感にあった『勇気の剣』の雰囲気が緩まる。
まるで助かったとでもいうような態度に、愚かとばかりにアリストクラットが嘲笑した。
「下民は理解力が足りず、愚かしいことですねぇ」
「あ? どういう意味だチョビ髭男爵」
「貴様もっ!」
元々許す気はなかったのであろうが、もう許さないと宝珠を一層輝かせる。
この場に来たばかりで状況を出来ていないゲーベンは、赤黒く輝く宝珠を目を細めて見つめる。
「ですが粋がったところで、貴様は強化魔法使い! 連れてきた護衛は置いてきたようですねぇ? しかも、お仲間はバジリスクの魔眼で動けません。微々たる強化をするぐらいしか脳のない下等な平民が、この状況で何が出来ると言うんですかねぇ!?」
「決まってるだろ? 強化魔法だ」
ゲーベンは腕を伸ばすと、
――《
淡く指先が光、共鳴するように
寿命だったかのように光が消え、呆気なく割れてしまった。
何が起こったのか、目にしていながら理解が及ばないのか、アリストクラットは膝を付いて宝珠の欠片を両手に集めて震える。その表情は
「へ……な、何故宝珠が壊れ…………?」
「状況は良く分かんねぇが、要はその宝石だろう? 壊せば終わりだ」
「宝珠が、壊れ……そんな馬鹿な。強化魔法で宝珠が壊れるはずありませんねぇええええ!?」
「本来欠点だからな。どうあれ、使いようだ」
狂ったように発狂するアリストクラットから目線を外したゲーベンは、彼に背を向ける。
「で、だ。一つ質問なんだが」
そして、ゲーベンは狂乱の世界に旅立っているアリストクラットを現実へと無理矢理引き戻す。
心の底から楽しそうに。
「状況を見るにそれでバジリスクを操ってたんだよな? 宝石が壊された今、解放されたバジリスクはどうなるんだろうな?」
「あが……」
状況を理解させられたアリストクラットは、土気色になった顔を忠実で強力な
牙を剥き出しにし、口から毒液を垂らすバジリスクは、眼前の男に良いよう操られていたことを理解しているのか、明確な敵意をアリストクラットに向けていた。
コインの裏表がひっくり返ったように。あれほど頼もしかった巨体に迫られたアリストクラットは腰を抜かし、恐怖で震える体で必死に後退る。
「バ、バジリスク」
『シュルルルル』
「わ、我輩が主ですよぉ。貴様の主。命令に、命令に従いなさ――」
『ギシャァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』
「ぎゃぁああああああああああああああああああっ!!」
魔物を操る『悪魔の
自身を縛った愚か者を誅するように、バジリスクは自身の怒りに触れた獲物を、蜷局を巻くようにその長い体でもって締め上げる。
「ぎぃぁっ!?」
アリストクラットから血反吐と共に吐き出される悲鳴。
締め上げる力は巨体に見合って凄まじいが、それだけではない。バジリスクの体からは猛毒が分泌されているのだ。
「ひぃいっ!? あづいっ、いだいいだいいだいいだいっ!? 溶ける! ぐるじいっ!? や、やめでぐださ……じにだくない…………げほっ………わ、わがはいっ、は、こうきな………」
圧倒的な暴力と猛毒。
聞くに堪えない音を響かせながら苦悶の声を漏らす男は、徐々にバジリスクの体に埋もれていき、ゲーベン達の視界から姿を消した。
「≪
「体が、動く?」
「治したわけじゃねぇが動くだろ? 早く逃げるぞ」
「分かってるわよ! ……って、なんであんたは逃げないのよ!?」
「強化魔法をかけてるから動けないんだよ! 誰か抱えて!」
「役立たずの石像馬鹿!」
毒や麻痺といった状態異常への耐性を上げる強化魔法をかけたゲーベンは、動けるようになったクラージュに抱えられて『勇気の剣』の面々と共に逃走する。
バジリスクが追いかけてくる可能性をゲーベンは考慮していたが、幸い逃げる彼らに意識を向けることはなかった。
「あぁ……っ…………だ……れ…………だず…げ…………………………………………」
人類を裏切った愚か者の断末魔だけが取り残された。
――
どうにか逃げ切ったゲーベン達は、円を描くように少し開けた地面に腰を下ろすと、幹に寄り掛かって安堵と共に一息付いていた。
「ここまでくればぁ、安全かぁ……はぁ、はぁ」
「あんた体力なさすぎ。体が麻痺ってた私達より遅いってどうなのよ?」
「うるせぇ……ぜぇ……動けるようにしたん、だから、礼ぐらい、言えっての」
「そうね。ありがと。助かったわ」
どうせ皮肉や罵倒が返ってくると踏んでいたゲーベンであったが、まさか素直にお礼を言われるとは思わず、驚愕し目を見開く。
「は、は、はぁあああ……。ユキ、お前何の毒くらったんだ? 素直になる毒?」
「うっさい。流石に今回はあんたが……ゲーベンが来なきゃヤバかったんだから、お礼ぐらい言うわよ」
「きもちわるっ」
「死ね!」
鳥肌もんだと肌を擦れば、細く鍛えられたユキの足がゲーベンの顔面を捕えた。
蹴られながらも素直なお礼よりはマシと、蹴られて赤くなった頬を押さえながらもほっと息を吐く。
けれども、お礼を口にする人物がまだ残っていたことをゲーベンは忘れていた。
「僕達からもお礼を言わせてくれ。ありがとう。おかげで助かったよ」
「ありが、とう」
「あぐっ……くっそ。はいはい分かった分かったもう止めろそういうの」
「あらぁ? もしかして、あんた照れてんの?」
「照れるか!」
「顔赤いわよ」
「走って熱いんだよ!」
「そ」
パーティメンバーに揃って感謝を示され、熱くなった顔を見せたくないとゲーベンは顔を背けたが、ユキ達からは朱に染まった耳や首が丸見えで、揃って声を上げて笑った。
いたたまれない空気に唇を結んでいると、ゲーベンの隣に腰を下ろしたユキが、彼の肩を借りるように寄りかかる。
「おい」
「まだ麻痺ってんのよ。肩ぐらい貸してよね」
「麻痺って……もういい」
麻痺の効果はバジリスクの魔眼によるものだ。
魔眼の効果範囲であるバジリスクの視界から離れた今、麻痺の効果は残っているはずもない。
文句を言おうとしたが、穏やかな顔で瞼を閉じるユキの顔を見て、怒る気力を失くしたゲーベンは、彼女に肩を貸したまま束の間の休息に身を任せるのであった。
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