《番外》ホワイトデー(2)
今日は私が待ちに待っていたホワイトデー。
長かった。一ヶ月待った。今日だけは、ザムドが来るまで絶対にディアドラから離れてなるものか。気合を入れた私は、「ディアドラの部屋にある本を貸してほしい」と適当なことを言って、朝食後にディアドラの部屋に向かった。
「そこから勝手に持っていけ」
ディアドラが棚の一つを指差してから、ソファーに寝そべって本を読み始める。示された棚に目を移すと、棚の中段に本が乱雑に並んでいた。同じシリーズなのに離れた位置に置かれてあったり、並んでいても順番がバラバラだったり、なんていうか……すごくおさまりが悪い。
「ねえディアドラ、これ並び替えていい?」
一応聞いてみたけれど、答えはない。ディアドラは嫌なときだけはちゃんと返事をしてくるから、好きにしろってことだろう。勝手にしよう。まずは同じシリーズのものや同じ作者のも本を近くに置いて、それからシリーズものを巻数順に並べ直していく。ザムドが来るまでどうやって時間を潰そうかと思っていたけれど、逆に終わらなさそうだ。
「ディア、遊ぼうぜ!」
よし、早速きた。ぱっと窓に目を移すと、ザムドが私に気づいて手を振ってくる。ディアドラが動かなかったので、私は窓を開けてザムドを招き入れた。
「なあなあ、アカリも今日は一緒に遊べるのか?」
「私はディアドラに本を借りに来ただけだよ」
「えーっ、一緒に遊ぼうぜ」
「今日はだめ」
ちらっとザムドの手元に目を移し、小さな包みがあることに満足した私は、ザムドの背中をずいと押す。もちろんディアドラのいるソファーのほうに。ザムドはちょっと不思議そうな顔で私を見たけれど、私は気にせず押し続けた。
「ディア、遊ぼ――あ、その前にこれやる。えっと、ほわ……なんだっけ?」
「ホワイトデーだよ」
「そう、それ」
ザムドが白い包みをディアドラに差し出すと、ディアドラは包みとザムドを見比べた。
「ああ、この間の菓子の礼か」
ディアドラが起き上がって包みを受け取る。
早く! 早く開けて!!
そわそわしながら見守っていると、ディアドラが眉を寄せて私に目を向けてきた。
「なぜおまえが楽しそうなんだ」
それは私が準備を頑張ったからだよ!――とは、言わずに「いいから開けたら?」とだけ笑顔で返した。
先月のバレンタインでは、ディアドラからザムドに既製品の飴を渡させることには成功したものの、二人とも意味を理解してくれず、ただお菓子をプレゼントして食べて終わってしまった。
ホワイトデーこそは何か起きるといいな! ということで、フルービアとミュリアナに協力を頼み、ザムドとディアドラにはホワイトデーとはお菓子のお礼を渡す日だと説明し、今日を心待ちにしていたのだ。というわけで早く! 早く包みを開けよう!!
「……これは何だ?」
ようやく包みを開けたディアドラが取り出したのはヘアクリップだ。正確にはバンスクリップって言うんだっけかな。ディアドラが難しいヘアアレンジなんかするわけないと思ったから、パカッと開けて髪を挟むだけのヘアアクセサリーをフルービアに作ってもらった。さすがフルービア、クリップにつけられた黒い薔薇の飾りがすごくキレイだ。私も今度、違うデザインのクリップを頼もうかな。
「えっと、あれ? 何だっけ?」
ディアドラの問いに、ザムドが首を傾げている。ちょっと待て私は一度説明したぞ。一回じゃだめだった?
「ヘアクリップだよ。貸して、つけてあげる」
ため息をつき、私はディアドラからヘアクリップを受け取る。ディアドラの後ろに回ると、両サイドの髪を後ろに持ってきてヘアクリップで挟んだ。
「ふうん、髪が邪魔にならないのは悪くない」
「でしょ? ディアドラの髪も伸びてきたし、ちょうどいいかなって」
「つまり選んだのはおまえだな」
ディアドラが私を振り返る。くそうバレた。いや、ザムドが〝何だっけ〟って言った時点で、ザムドが準備したことにするのは諦めたけど。私が珍しくディアドラの部屋の本を読みたいと言った理由も一緒にバレたんだろう。このヘアクリップはどう使うものかをザムドにもっとレクチャーしておくべきだった。詰めが甘かった。来年はもっと綿密な計画を練らなければ。
そんなことを考えていたら、ディアドラを物珍しそうに眺めていたザムドが笑って言った。
「それつけてると、いつもより可愛いな!」
「!?」
ディアドラが弾かれたようにザムドに視線を戻す。ザムドはいつもどおりというか、深く考えていなさそうな笑顔だったけれど――考えてないからこそイイことだってある! グッジョブ! よく言ったザムド!!
「それは普段から可愛いってことだよね!?」
「え? うん」
「具体的にはどんなところが!? どういうときに可愛い!?!?」
「うるさいッ!」
「ひゃっ」
つい前に身を乗り出したら、ディアドラに顔面をはたかれた。まだ私とディアドラのレベルには差があるから痛くないけど、暴力はやめようよ。
「照れた?」
「照れてない」
ディアドラに強く睨まれても、にやにやしちゃうのを抑えられない。こころなしかディアドラの頬が赤い気がするけど、これ以上からかったら本気で怒られそうだからやめておこう。ふふふふふ、やった。満足だ。
ディアドラの照れは言われ慣れてないからなのか、ザムドに言われたから照れたのかどっちだろう。それにザムドの〝可愛い〟は〝猫が可愛い〟のと同じニュアンスなのか、それとも特別なやつなのかが気になる。ディアドラに聞いても答えてくれないだろうけど、ザムドにはあとでこっそり聞いてみようかな。わかんないって言われそうだけど。
にこにこ笑っていたら、ディアドラはふいっと私から顔を背けて立ち上がった。
「おいザムド、行くぞ」
「うん。あ、これアカリの」
「はーいありがと。行ってらっしゃい」
ザムドが別の包みを私に渡してくれる。窓から出ていった二人を見送ったあとで包みを開けてみると、綺麗な栞と飴が入っていた。ミュリアナとフルービアが用意してくれたんだろう。
来年のバレンタインは、一緒にお菓子を作ろうよってディアドラを誘ってみるのはどうかなあ。卵とバターが手に入ればクッキーでも焼けないかな。バレンタイン前日に持ってきてってカルラに頼んで、カルラも一緒に作ってもいいかも? カルラがバレンタインにどうしたのかは何度聞いても教えてもらえなかった。でも教えてくれないってことは、何か楽しいことがあったんだと思う。
ってことは今日はニコルが何らかの形でお返しをしたはずだし、今度カルラがナターシアに帰ってきたら絶対捕まえて聞いてみよう。
いやーバレンタインとホワイトデーって最高のイベントだよね。私はふふっと笑ってから、ディアドラたちが出ていった窓を閉めた。
あっそうだ。ディアドラがヘアクリップをつけたまま帰ってきたら可愛いって褒めてあげてねって、あとホワイトデーのプレゼントも絶っっっ対に渡してねって、お父様に念押ししておかなくちゃ。
***
①その後の妄想
翌日、バンスクリップのつけ方がわからなかったディアちゃんが、仕方なく主人公に「これのつけ方を教えろ」って聞いて、主人公が上機嫌で世話を焼いていればいいと思います。主人公はヘアアレンジをして遊ぶのでしょう。
そんで自分の体に傷をつけられても気にしないディアちゃんが、クリップに攻撃を当てられると超怒るんじゃないかな、と妄想しました。
でもディアちゃんが怒る理由をザムドはよくわかんないんだろうなとも思います。
ザムドから初めて貰ったプレゼントで、しかも可愛いって褒めてもらえたから特別なんだって、ディアちゃんは早く気づけばいい。
②おまけ漫画
作者の絵を見てやらんこともないぜ、という方は下記の近況ノートへどうぞ。
https://kakuyomu.jp/users/matsuri59/news/16816927861526212639
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