《番外》ホワイトデー(3)



「――と、言うわけで。ディアドラが帰ってきたらまず髪をチェック。髪飾りをつけていたら可愛いと褒める! それからホワイトデーのプレゼントを渡す! お父様、いーい?」


「あ、ああ……」


 魔王城の執務室。お父様とジュリアスはいつもどおり仕事をしていたけれど、大事な用だったので割り込ませてもらった。お父様は手を止めて話を聞いてくれたけれど、ジュリアスは知らん顔で仕事を続けている。


 お父様にはザムドからディアドラへのホワイトデーのプレゼントがヘアクリップだった話と、ディアドラがそれを身に着けて出かけた話を伝えた。ずっと微妙な困り顔で聞いていたお父様は、私の話の重要性をどこまで理解してくれたんだろう。


 前にディアドラの記憶を見た限り、お父様から可愛いって言われた覚えはなかった。お父様はそういうことを口にするタイプじゃないのはわかるけど、ディアドラにお父様の表情の変化がなかなか伝わらない以上、愛情を言葉にしてもらうしかない。


 いつもと違う髪型の今日はチャンスだ。逃してなるものか。ディアドラが髪飾りを外して帰ってきても、絶対につけ直してやるんだから!


「大事なことだから何度でも言うけど、ちゃんと褒めてあげてね。特に感想がなくても言うんだよ」


「いや、ディアのことはいつも可愛いと思っているが」


「じゃあちゃんと言ってよ! 言わなきゃ何も伝わんないよ!!」


「すまない……」


 まったくもう。ディアドラに愛情が伝わらないせいで殺されていたかもしれないっていうのに――いや、これはお父様には言ってないけど。しばらく何か考えていたお父様が、突然私を見てふわりと笑った。


「アカリ。いつも気を回してくれてありがとう。私はお前のことも可愛いと思っているよ」


 お父様の笑顔が見とれてしまうくらい綺麗で、心臓と呼吸が同時に止まったかと思った。頭も真っ白になった。


 ……。

 ………………。


「――っ、違う!」


「言葉にしなければ伝わらないから言えと……」


「合ってる! 合ってるけど違う!!」


 私じゃなくてディアドラに伝えてって言ったんだよ。いや嬉しいんだけどそうじゃない。言われたとおりにすぐ対応するなんて、素直か! お父様が人一倍素直なのは知ってたけど!!


 もうやだ顔熱い。心臓うるさい。


 吹きだす声が聞こえて振り向くと、ジュリアスが口を押さえて震えていた。あいつ絶対笑ってる。


「あのね、お父様」


 お父様にはもう一度文句を言ってやるんだから。お父様に視線を戻したけれど、座ったお父様がじっと私を見上げていて何も言えなかった。どうしてお父様はこんなに私好みの顔をしているんだろう。切れ長の目も、夜空みたいな真っ直ぐの髪も、全部好みすぎていっそ悔しい。


「アカリ?」


 こてんと首を傾げたお父様がものすごく可愛く見えて、


「おっ、お父様の――イケメン!!」


 と叫んで執務室から逃げ出した。イケメンって何だよ悪口にも罵倒にもなってないよ。我ながら混乱しすぎだ。恥ずかしい。


 ああたぶん、執務室ではお父様がきょとんとしていて、ジュリアスが笑いをこらえているんだろう。いや、ジュリアスは声を上げて笑ってるかもしれない。


 お父様が好みすぎて、こんなんじゃ私、お嫁に行ける気がしない。でも結婚しなければしないで、ずっとお父様と一緒にいられるんだろうか。それも悪くないよなあ。


 そんなことを考えかけて、


「いやっ、違う! ファザコンと恋は別!!」


 と、つい廊下で叫んでしまった。



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