08-12 新たな日常(3)


「やあ、アカリ様」


 自分の部屋に戻ろうと思ったら、部屋の前でフルービアに声をかけられた。フルービアは手に持っていた小さな小箱を三つ、私に渡してくれる。試しに一つ開けてみたら、可愛いウサギの形をしたピンク色の魔石が入っていた。


「頼まれてた通信用の魔道具、これでいいかい?」


「うん、ありがとう!」


「中に説明書を入れといたけど、わからなければ聞いとくれ」


「うん!」


 いそいそと部屋に入り、残りの二つの小箱も開けた。残りもウサギだけれど、色が違う。水色と赤色だ。ピンクのウサギの耳の内側は、右耳が赤、左耳が水色だった。赤色のウサギの耳はピンクと水色、水色のウサギの耳は赤とピンクだ。


 これは、ええと……? 小箱に入っていた説明書を読むと、赤いウサギと通信したいときは赤い耳に触れながら起動すると書かれてあった。なるほど、どれと通信するかを色で判別できるようにしてあるらしい。三つを繋いで皆で話すときはウサギの顔に触れながら起動する、と。ふむふむ。


 私がフルービアにお願いしたのは、三人でも二人ずつでも話せる通信機だ。ピンクはルシアに、水色はフィオネに贈るつもり。私の分は赤だ。フィオネとルシアの了解はまだとっていないけれど、二人とも本が好きだし、きっと仲良くなれると思う。三人で好きな小説について語り合えたらきっと楽しい。二人の気が合わなかったら、三人で話す機能は使わなければいいだけだ。先に書いておいた手紙を二通、机の引き出しから取り出す。手紙は魔道具と一緒に箱に入れた。フィオネに送る箱には何も書かず、ルシアに送るほうだけ宛先を書く。


 さて、どうやって送ればいいのかな。ジュリアスが先にフィオネに通信機を贈っているはずだし、聞いてみよう。部屋を出て、少し迷ってから執務室に向かう。ノックしてから執務室の扉を開けると、お父様しかいなかった。


「アカリ」


 私に気づいたお父様がふわっと笑う。その瞬間、心臓が大きく跳ね、頬が熱を持ったのも自分でわかった。お父様の態度はディアドラが帰ってくる前と何も変わらない。でも私は元の名前で呼ばれるようになったせいか、なんだか落ち着かないでいる。呼ばれ方以上に、お父様が実は父親ではなく他人の男の人だって、知ってしまったせいかもしれない。でもまだお父様の娘でいたいって思ったのも間違いなく本当だ。娘が父親にときめいてどうするんだ! もう! 落ち着け心臓!


「アカリ、どうかしたか?」


 お父様が私のほうに歩いてくる。


「なっ、なんでもないよ! 友達に手紙と荷物を送りたくて、ジュリアスを探してるの」


「ジュリアスならそろそろ戻ってくると思うが……」


 お父様が廊下を見回したのでつられて同じようにすると、廊下の角を曲がってくるジュリアスが目に入った。ジュリアスは私たちに気がついて早足になる。


 その表情がちょっと明るく見えて、おやって思った。

 ここ数日、元気がなさそうで心配していたけれど、いいことあったのかな。


「アカリ様、どうかされましたか」


「うん。フィオネと、もう一人別の友達に手紙と通信機を送りたいの」


「次にカルラ様の部下の方が戻られたときに依頼します。フィオネ様の送り先はわかるので構いませんが、もう一方の送り先はわかりますか?」


「うん、箱に書いてきた」


「わかりました。受け取ります」


 持ってきた箱をジュリアスに渡すと、ジュリアスはそれを自分の机の上に置く。カルラの部下に持っていってもらうってことは、一ヶ月周期のやつだろう。ナターシアってほんと不便だな。日本ではいつでも手紙をポストに投函できたし、荷物はコンビニで発送できたし、そのへん本当に便利だったのに。


「カルラの様子はどうだった?」


 お父様に声をかけられ、視線をお父様に戻す。見てきたことを説明すると、お父様はそうかと言ってほっと息を吐いた。お父様とジュリアスが仕事の話を始めたので、私は廊下に下がって扉を閉める。


 リドーとカリュディヒトスがどうなったのか、私には誰も話してくれない。でも皆、あの二人はもういないものとして話を進めているので、まあそういうことなんだろう。


 久しぶりに思った。

 裁判制度もなく、処刑一択の魔族社会怖い。


 人間たちがやってきたあの日、ナターシアに渡ってきた人間たちのことは、お父様が全員まとめて風魔法でフィオデルフィアに運んだらしい。船や馬も全部一緒に。私はディアドラとザムドを連れて城に戻っていたので見てはいないけれど、全員を風魔法で運ぶなんてどれだけ大掛かりな魔法だったんだろう。相当な人数だったし船もたくさんあった。ジュリアスは人間たちをお父様に追い返してもらうと言っていたけれど、追い返したっていうより押し出したという表現のほうが近そうだ。その後、人間たちがもう一度ナターシアに渡ってくることはなく、今のところ平和に過ごせている。


「人間の侵攻は〝魔王は魔法も使えず弱体化中〟ということが前提になっていたそうなので、グリード様には〝人間たちの前で、大量の魔力を必要とする魔法をわかりやすく使ってください〟とお願いしました。前提が崩れれば、少なくとも仕切り直しにはなるでしょう」


 と、ジュリアスが言っていた。お父様はジュリアスのリクエストにちゃんと応えたわけだけれど、フィオデルフィアに無事に送り返して終わり、というところがお父様らしい。ルシアやネム、アルバートたちがあのあとどうしたのかは全くわからないのがちょっと心配だ。特に、ルシアが何かやらかしてないかとか。


 私とディアドラが入れ替わっていた事情については、「女神の手違い」ということで強引に説明を終わらせた。乙女ゲームなんて説明できる気がしないし、何よりお父様がディアドラに殺されるはずだったなんて言いたくなかったから。ニコルとジュリアスは納得していなさそうだったけれど、ニコルはカルラにつきっきりだし、ジュリアスも忙しそうだし、特に問い詰められてはいない。このまま流してくれないかなあ。


 まあ、なるようにしかならないことを心配しても仕方がない。本のことでも考えよう。私が買い集めた本は恋愛モノが多いから、ディアドラが読みそうな他ジャンルの本を買い足さないとすぐ尽きる。フィオネに借りた本を又貸ししたくはないし、早いところジュリアス経由で注文しなければ。部屋に戻って、カルラに前にもらった本の目録とにらめっこしよっと。この世界の出版社や作者の名前も少し覚えてきたから、最初に目録を眺めたときよりは当たりの見当をつけやすくなっているはずだ。


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