08-12 新たな日常(2)
カルラが無事でよかった。少し青い顔をしていたのは気になるけれど、ニコルに任せておけばきっと大丈夫だ。ユラが放心していたのも心配だけど、ヤマトに連絡すると言って歩いて行ったから平気だろう。ヤマトがどうにかしてくれるに違いない。心が軽くなったのを感じながら、私は自分の部屋に足を向けていた。
ついでにニコルとカルラの仲が進展しないかなー。カルラはいろいろ言っていたけれど、細かいことはいいからくっついちゃえばいいのに。看病なんて、ゲームでも漫画でもお約束のイベントだ。意外な一面が見えたり、弱っているといつもより誰かに寄りかかりたくなったりする。カルラが弱っている今は、押し切るチャンスじゃないのかな。
ニコルルートはクリアしていないから想像だけれど、たぶんニコルはちゃんと恋人を大事にしてくれるタイプだ。なにせ乙女ゲームの攻略対象なのだから。攻略対象に乙女を大事にできない変な男はいない――いや、待てよ。ルートに入った途端に豹変するヤンデレを別のゲームで見たことあるな。このゲームでも、アルバートは攻略対象としてはだいぶポンコツだった。
……。
……うーん。
いや、ニコルはまともな攻略対象のはず!
そんなことを考えていたら、つい元の自室の扉を開けてしまった。ディアドラに部屋を返して、私は違う部屋をもらったのに、ぼんやりしているとつい足が向いてしまう。部屋のソファーではディアドラが寝転んで本を読んでいて、その向かいに退屈そうな顔をしたザムドが座っている。
「なあディアー、遊ぼうぜー」
「……」
ディアドラは顔を上げることも返事をすることもしない。私が貸した本に夢中になっているようだ意外とハマったなあ……。想定していなかった光景に、私は苦笑した。
ディアドラに小説を渡してみたのは正直ダメ元だった。娯楽のないナターシアで退屈していたディアドラ。退屈が魔王化に繋がったのなら、娯楽を与えてみればいいのでは? という思いつきだ。それにディアドラと話してみて、もしかしてこの子は感受性が足りないというか、気持ちを言語化できないというか、そんな感じなのかなあと思った。小説の大半は主人公や周辺キャラクターに感情移入して読むものだし、気持ちを学ぶのにいいかなって。
ただ、恋愛ものは肌に合わなかったようで、「好きだと言いたいなら早く言え。意味がわからん」と途中で投げていた。試しに「じゃあザムドに好きって言える?」と聞いてみたけれど、「なぜそんなことを言わねばならん」と真顔で返された。ディアドラに恋はまだ早いらしい。ザムドとどうなのかなって思ってつついてみたのに、何もなさそうだ。でも不思議と否定はしなかったので、可能性はある……んだろうか?
ザムドはザムドで、ディアドラのことを好きかと聞いたら「うん、大好きだぞ!」とまぶしい笑顔で答えてくれたけれど、同じ笑顔で私のことも好きだと言ってくれた。嬉しいのは嬉しい。でも私の期待した回答はそうじゃない。
横でザムドと私の会話を聞いていたディアドラは、「知ってる」とやっぱり真顔で言っていた。知ってたか……うん、まあ、そういえば私も知ってた。ちなみに私たちの会話を黙って聞いていたお父様は、ちょっとほっとしているようにも見えた。
「あっ、アカリ!」
ザムドが私に気づいて笑顔を向けてくる。一昨日のうちにザムドには、だいぶ前からディアドラと私が入れ替わっていたことを説明し、騙しててごめんと謝った。でもザムドは「うんわかった!」と笑顔で答えただけだった。私とディアドラをちゃんと呼び分けてくれているけれど、態度は全く変わらない。ザムドはどこまで理解してくれたんだろう。全部わかったうえでの変わらなさなのだとしたら、意外と大物なのかもなあ。
「おいザムド、お前はあいつと遊んでこい」
ディアドラが私をちらっとだけ見て、また読書に戻る。ザムドはきょとんと目を丸くした。
「なんで?」
「お前は強いやつがいいんだろう。私はもう強くないぞ」
「うん。でも俺、ディアと遊びたい。ディアはレベル上げたらまた強くなるんだろ?」
えっ、待って、ディアドラのレベルはまだ上げないでほしい。せめてお父様との関係に改善が見られてからにして。でもザムドに遊ぶなって言うのも可哀想かな。ザムドにとってはやっと友達が帰ってきたとも言えるわけだし、可愛い弟分から楽しみを取り上げるのは心が痛む。
「なら、もう少し待ってろ」
「うん」
悩んでいるうちに、ディアドラとザムドの間で話がついてしまった。ううーん、まあレベルなんて一日二日では元の高さまで戻らないだろうし、様子を見よう。別にディアドラはお父様の命を虎視眈々と狙っているわけではないし、うん、たぶん大丈夫。っていうかディアドラはザムドに怒っていたはずなのに、いつ仲直りしたんだろう。子供の頃の喧嘩なんてそんなものだっけな。
私は部屋の戸を閉めると、今度こそ自室に戻ることにした。
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