08-11 決着(1)


 落ちた位置にそのまま大の字に転がって、リドーは空を眺めていた。木々に遮られて、続いていたはずの戦闘は見え。静かになったのは決着がついたからなのだろうが、どっちが勝ったのかもわからなかった。


「あー、痛ってー。やっぱ強ェな、グリード様」


 最初にグリードに挑戦したときから比べればリドーもだいぶレベルを上げたはずなのに、また負けた。悔しさよりもそうでなくてはという気持ちのほうが勝って、リドーは口元を釣り上げる。


 頭の向いている方向からガサリと音がして、顎を持ち上げてみる。ふらつきながらゆっくりと歩いてくるカルラが目に入り、リドーは目を瞬いた。


(あれ? 俺様、ったよな??)


 間違いなく殺ったはずだと思った。どれだけ斬っても刺しても戦意を失わずに向かってくるカルラをいたぶるのも楽しかったが、右胸を踏み潰したあと、カルラの体から急速に力が抜けていく様子を眺めるのも最高にゾクゾクした。その感覚をまだ覚えている。だからリドーには、目の前の光景が現実とは思えなかった。


 リドーのすぐそばまで歩いてきたカルラの手足には乾いた血が貼り付いていて、隙間から覗く肌は青白い。なんだこれ幻覚かな、とリドーはあごを持ち上げたまま、カルラをぼんやり眺める。


 ――ふと。


 視界の端で一瞬何かが光ったかと思うと、喉に猛烈な熱を感じた。


「……言うとく、けど……」


 カルラの金色の目がすぐそばにある。彼女の苦しげな吐息が顔にかかるのを感じてようやく、目に映る光景は現実なのだと理解した。


「うちのこと、先に殺りにきたのはあんたやからな……これであいこや、で……っ」


 ふらっとカルラの体がかしいで、リドーの隣に倒れる。リドーはカルラに目を向けることはせず、ただ目を瞬いた。


 確実に殺ったと思ったのに殺れなかった。しかもすぐ殺り返しに来た。これまでたくさんの敵と戦ってきたが、そんな相手は今までいなかった。


 ――やっぱオメー、最高だわ。


 リドーはそう言ってやりたかったが、喉に突き立ったナイフのせいで、ゴボゴボと血が泡立っただけだった。



  ◇



 グリードがリドーのところに着いたとき、リドーはもう事切れていた。リドーの喉に突き立ったナイフと、少し離れたところでユラに抱きかかえられているカルラを見て、何があったかは大体察することができた。


 ユラとカルラの前でニコルが膝をついてしゃがみ、何か話している。グリードが三人に近付くと、ユラとニコルはグリードを見上げてきた。


 目を閉じたカルラはぐったりとユラに寄りかかっている。死んでいるのだと言われても疑いようのないほど青白い顔をしているが、浅くとはいえ息をしていることにほっとした。


 グリードが片膝をつくと、カルラが薄目を開けてグリードを見る。カルラの唇が微かに動いたので、「待て、あとで聞く」と制した。カルラを抱くユラの手が震えている。それに気付いたグリードが何かを言う前に、ニコルがユラの手首を握った。


「ユラ、カルラなら大丈夫です。しっかりなさい。今度こそ彼女を連れて戻れますね? さっき話したとおり、身体を拭いて温めてあげてください。水は一気に与えず、少しずつですよ。あとはとにかく安静に」


 ユラは赤くなった目でニコルを見返して頷く。今度こそという表現を聞いて、ニコルがユラに城に戻れと言うのは二回目なのだろうと思った。それはそうだ。カルラがこの状態では魔獣や人間に出くわしても戦えないだろうし、まだカリュディヒトスは姿を見せていない。


 カルラが自分の状態を理解していないわけでもないだろうに、それでも城に戻らずリドーにとどめを刺すことを、彼女自身が選んだのだろう。リドーを倒すのは自分の仕事だと考えたのか、グリードの甘さを心配してのことなのか。可能性を考えて、両方だろうなとグリードはため息をつく。失うことを人一倍恐れるカルラが、敵とはいえ命を奪うことに何の抵抗も感じないわけではないはずなのに。


「……すまない。辛い役回りをさせた」


 そうこぼすと、カルラがふっと小さく笑みを浮かべてから目を閉じる。いつもの彼女なら「何言うてんの、うちはやられた分やり返しただけや!」などと言って笑いながらグリードの肩か背中を何度も叩いてくるのだろう。あれはなかなか痛いのだが、普段どおりのやり取りができないことに、胸を締め付けられるような思いがした。


 ユラがカルラを抱いたまますっと立ち上がり、魔王城の方角に向かって駆けていく。グリードもニコルも立ち上がって二人を見送った。


「人の癒やしの力とは凄いのだな」


 傷ついて血の海に横たわるカルラを見たとき、もう助かるまいと思った。胸の怪我はどう見ても致命傷だったからだ。それがまだ命をつないでいる。グリードには奇跡のように思えた。


「あなたがた魔族が丈夫なんですよ。あんな出血、人なら蘇生魔法すら成功せずに死んでいます。カルラにだって、何度かけたか……。立つどころか腕一本動かすことすら難しいと思ったからユラに任せて離れたのに」


 ニコルの声にはどこか怒りが含まれている。返答に困り、グリードには結局「そうか」としか言えなかった。グリードはリドーに目を向け、彼の体を氷で覆う。このまま放置すれば魔獣に食われるのではないかと思ったからだ。


「どういうつもりですか?」


「君には甘いと言われるかもしれないが……弔ってはやりたいのだ」


 ニコルは呆れたような顔でグリードを見上げてから、チッと舌打ちをして視線をそらした。


「こんな奴、あなたが来る前に灰にしておけばよかった」


「君は聖職者という割に、過激なことを言うな」


「元、です。あなたが魔王という割に甘すぎるんですよ。カルラをあんな状態にされて、殺意がわかないほうがどうかしてます」


 カルラは随分彼と仲良くなったのだなと思ったが、それを口にしたら怒られそうだ。また「そうか」としか返せなかった。 


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