08-10 父と娘(2)


「ザムド、大丈夫!?」


 背中で受け止めたザムドに声をかけると、「へ?」という間の抜けた声が返ってきた。私はほっと息をつき、空中で止まる。どうしてディアドラとザムドが戦っていたのかわからないけれど、ザムドが地面にぶつかる前に間に合ってよかった。


「ディアの土人形?」


 私の上に座ったザムドが不思議そうな声を上げる。そう、土人形なのだ。女神に「ではよろしくお願いしますー」と言われて瞬きしたら、私は自分の部屋にいた。魔法の練習用に部屋に置いていた、土人形の身体で。


 最後に作っていたのが鳥でよかった。飛べないとディアドラに近付くことなんてできない。体が小さすぎて部屋の窓をうまく開けられなかったので、部屋にあった他の人形の土を吸収して大きくなった。


「ザムド、怪我はないか?」


 お父様が私たちのすぐそばまで飛んでくる。お父様も私を見て、「土人形?」と首を傾げた。よかった、お父様もまだ無事だ。ほっと息をついてから、お父様の胸元に血がついていることに気がついた。血の周りにはいくつかの小さな穴も空いている。


「おっ、お父様!? 怪我したの!? 大丈夫!?」


 女神とゆっくり喋りすぎたかな!? 羽をばたつかせた私を見て、お父様が目を丸くする。


「ディア……なのか?」


「あっえっと、その。ずっと〝お父様〟って呼んできたのは私。でも、あなたの娘は、あっち」


 とっさにとはいえ〝違う〟とは言えなかった。私は娘じゃなかったんだとは。私がディアドラに視線を向けると、お父様もディアドラを見た。


 ディアドラは空中に浮かんだまま私たちを見つめている。ちょっと前までの自分と同じ姿をしているのに、ディアドラは無表情で浮いているだけなのに、どうしてだか気圧される。

 

 ディアドラが素直に触れされてくれるとは思えないけれど、ゆっくりと近づいてみる。ディアドラは私をちらっと見てから私に座るザムドに目を向ける。


「なんだ、その鳥はお前のか?」


「? これはディアの土人形だろ? あれ? この鳥がディアなんだっけ……??」


 ザムドはだいぶ混乱しているらしい。何の説明もしていないし、ザムドに察してくれというのは無理だろう。ディアドラは私に視線を戻し、すっと目を細めた。


「私の体を勝手に使っていた盗人はお前か?」


 いや、私が故意にディアドラの体を乗っ取ったわけではないんだけど。


 ディアドラの周囲に火球が八個生み出されたかと思うと、一斉に私に向かって飛んでくる。ひっ、と小さく悲鳴をあげて高度を上げたけれど、火球も向きを変えて追ってきた。なにこれ怖い! 土人形の体でディアドラの火球なんて受けたら死ぬんじゃない!?


 必死で飛んでいたら、私と火球の間に氷の壁が割り込んだ。火球が氷の壁に当たって消える。氷も大きく凹んで白い湯気を立ち上らせた。


「ディア、事情も聞かずに攻撃するのはやめなさい」


 お父様が私の前に飛んできて、ディアドラに向かい合う。助かったとほっと息をついたのもつかの間、ディアドラはさっと顔を赤くして眉を吊り上げた。


「……うるさい」


 両手をぐっと握ったディアドラの隣にまた火球が生まれたかと思うと、その形が揺らぐ。丸い形を失った炎は、小さな龍のようにディアドラの周りを飛び回り始めた。


「うるさい!」


 炎の小龍がお父様めがけて飛んでいく。お父様は氷の塊を作り出し、炎にぶつけて相殺させた。ディアドラが次々と炎を作り出してはお父様を襲わせる。お父様はそれを氷で止めていくけれど、左手の腕輪がまたバチバチと火花を散らし始めた。


「その盗人との〝親子ごっこ〟はそんなに楽しかったか!?」


「ディア、聞きなさい、私は――」


「お前の言葉なんか聞きたくない! お前なんか大嫌いだ!!」


 ディアドラの怒鳴り声を聞いていたら、心がズキリと痛んだ。お父様に対して大嫌いだと叫んだディアドラの目が、今にも泣き出しそうなほど揺らいで見えたから。事情を知らないディアドラからすれば、自分の体を乗っ取った悪者をお父様が庇ったように見えたんだろう。


 この様子なら――大丈夫だ。

 私が女神に告げた願いは、きっと間違ってなんかない。


「ザムド、お願いがあるの。手伝ってくれない?」


「ん?」


「ディアドラに触れたいの。お願い!」


「??」


 ザムドが私から降りて、私と同じ高さまで下がってくる。困り顔で「俺どうしたらいい?」と聞かれて、私も返答に詰まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る