08-10 父と娘(1)
「ディア!」
ディアドラの体に赤黒い剣が突き刺さったのを目にした瞬間、グリードはディアドラの元に戻るべく風の向きを変えた。グリードがディアドラのそばにたどり着く前に、赤黒い剣はディアドラに吸い込まれるようにして消える。
ディアドラの体から血は流れていない。俯いて自分の両手を眺めていたディアドラの前まで戻ったグリードは、そっとディアドラの顔を覗き込むようにする。
「ディア、大丈夫か……?」
次の瞬間、グリードは胸に鋭い激痛を感じた。ディアドラの指先から、長い刃物のように伸ばされた爪が、グリードの胸に突き刺さっている。
「愛称で呼ぶな。盗人と同じに呼ばれているのかと思うと虫酸が走る」
顔を上げたディアドラは、睨むような表情と赤い瞳をグリードに向けている。彼女がここ数年よく浮かべていた明るい笑みとは印象が大きく違う。娘の変化に戸惑いを感じる一方で、同時に懐かしさも覚えた。
「ディア……?」
「カリュディヒトスから聞いたぞ。〝仲良し親子ごっこ〟は楽しかったか?」
なぜここでカリュディヒトスの名前が出てくるのか、とっさには理解できない。ディアドラは爪を引き抜くと同時にグリードの胸を強く蹴った。ぱっと散った血に注意を向けることも胸を押さえることもせず、グリードはディアドラを呆然と見つめたまま落ちていく。
地面にぶつかった衝撃と痛みを背中に感じたのはほんの数秒。ふっと全ての痛みが引いたことに気がついてようやく己の胸に目を落とすと、傷口はきれいに塞がっていた。
「何をしているんですか」
舌打ち混じりの声を聞いてグリードが身を起こすと、ニコルが駆け寄ってくるところだった。
「ニコル、カルラは」
「容態が安定したのでユラに任せてきました。で、どうしてこのタイミングで親子喧嘩を始めるんですか? 双剣使いは?」
「いや、親子喧嘩では……」
空を見上げると、ディアドラは自分のステータス画面を眺めているようだった。先程グリードを貫いた爪は、元の長さまで戻っている。ディアドラは顔に特段なんの感情も浮かべていない。やはりここのところの彼女とは様子が違う。しかし娘のあんな表情を、グリードは確かに知っている。
ディアドラのすぐそばまで何かが飛んでいった。ザムドだ。開いていたステータス画面を消したディアドラが、ザムドに顔を向ける。
「なあなあディア、ジュリアスが遊んできていいって言ったんだ。遊ぼうぜ!」
「は?」
ディアドラは目を細めてザムドを睨むと、子供のこぶし大ほどの小さな火球を生み出した。
「飼い主が変わっても気付きもせん駄犬が。お前なんか知らん」
火球がザムドに向かって飛んでいく。ザムドは握った右手を後ろに引き、飛んできた火球を殴りつけた。ザムドの拳とぶつかった火球が消えるのを見たディアドラは目を丸くする。
「……ほう?」
「俺、レベル上がったって言っただろ? だから
「……、興が乗った。少し遊んでやる」
ディアドラの周囲に今度は大人のこぶし大の火球がいくつも生まれる。ぱあっと顔を輝かせたザムドの隣に炎が一筋立ち上る。細い炎は螺旋を描いてザムドの右腕に巻き付いた。
ディアドラの火球が順にザムドに向かって放たれる。ザムドは一つ目を避け、二つ目を殴って消す。次々と火球に襲われながら、ザムドは目を輝かせていた。
一方のディアドラは相変わらずの無表情だ。ザムドの動きを目で追いながら、火球を放っては次の火球を作り出していく。少しずつディアドラの作る火球が大きくなり、数も増えていることに気がついた。空中で戦い続ける二人を眺めていたグリードの腕を、ニコルがつかむ。
「ほうけてないで教えてください。何があったんですか? あのディアドラに似た少女は誰です?」
何が起きたかはむしろ自分が知りたいと思った。ただ、一つわかることはある。
「あの子は……私の娘だ」
「は? どう見ても別人でしょうあんなの」
「いや、むしろ今のほうが……」
ザムドと戦闘を繰り広げている姿のほうが、いっそ娘らしいと感じる。三年くらい前まではああだった。不可解そうに眉を寄せたニコルが、空に目を移す。
ディアドラの放った火球の一つがザムドの羽に当たる。「熱っ!」と火のついた羽を縮こませたザムドが、空中でバランスを崩した。
ザムドが落下を始めたのを見て、グリードは急いで飛び上がる。グリードは落ちていくザムドに近付いたが、グリードの手が届く前に、土色の鳥がザムドを受け止めた。
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