07-09 新たな仲間(3)
「少し話を戻しますが、教会内で倒れていた聖女と聖職者たちは無事ですか?」
「あ、うん。大丈夫。私とルシアで全員解毒したよ」
「……ルシアと?」
怪訝な顔をしたニコルに、ルシアと解毒して回った話を説明した。ゲームで聖女だったからルシアを呼びに行ったんだとは言えなかったので、周囲に助けを求めて応じてくれたのがルシアだけだった、ということにしておく。まあ、嘘ではない。
ルシアが私には見えない何かを引っこ抜いた、という解毒の方法を説明したら、ニコルは「は? なんですかそれは?」と唖然とした。
「やっぱりあんなの解毒魔法じゃないよね?」
おそるおそる聞いた私に、
「そんなやり方、聞いたことありませんよ。意味がわかりません」
と、ニコルが真顔で答えた。
だよね! おかしいと思ってたよ!
毒を雑草みたいに引っこ抜くなんて、そんな解毒方法が一般的なわけがない。やっぱりおかしいのはルシアだった。
「へえ、そんなことできる人間がおるんや。人間っておもろいなあ」
そう言って笑ったカルラをニコルがちらっと見たけれど、何もコメントはしなかった。ニコルは何かを考えているように見える。もしかしてルシアのことで何か思うところがあるのかな。気になったけれど、下手なことを言うとボロを出しかねない私には「どうかした?」と首を傾げてみるのが精一杯だ。ニコルは「いえ、ルシアのことは置いておきましょう」と首を横に振った。
「それよりどうして今回、双剣使いは出てこなかったのでしょう? カルラと戦わせるなら、化け物などという間に合わせの戦力より、双剣使いのほうがいいのではないでしょうか」
『それは私も気になりました。リドーはカルラ様と戦うのが楽しくて仕方ない様子でしたので、喜んで出てきてもおかしくはないのですが』
「ええー、出て来んほうがええやんか。こないだの火傷が治っとらんだけと違う?」
心底うんざりしたような顔でカルラが頬杖をつく。『それならばいいのですがね』とジュリアスが言葉を濁した。
確かにリドーは何をしているんだろう? 私もリドーには会いたくないから出てこないほうがいいというカルラの意見には同意する。でも、いなければいないで不気味だ。カリュディヒトスが転移魔法を使えるのだから、聖都に入れなかったってことはないんだろうし。
考えてみても、ジュリアスとニコルの疑問に私が答えを出せるはずもない。しばらく皆の間に沈黙が落ちた。
『いったんこの場ではここまでにしましょう。私ももう少し考えてみます』
「よろしくお願いします」
ニコルが通信用の魔道具をカルラに返す。
『カルラ様、ディアドラ様、すみませんでした。事前にここまで読めていればよかったのですが』
「気にすんな。まさかカリュディヒトスが聖女の偽物を使ってくるとは誰も思わんわ。じゃあ切るで」
『あ、待ってください』
ジュリアスの声が少し小さくなり、少しだけ間が空いた。何だろうと思っていたらお父様がカルラを呼ぶ声がする。カルラが「おったんかい」と苦笑を広げた。
『話を聞いていると、カリュディヒトスにはジュリアスを当たらせたほうがいいように思えるのだが、ジュリアスもフィオデルフィアに向かわせるか?』
「うーん……そうするとナターシアに残るのがグリードはんとザークシードだけになるやん。それはそれで不安やなあ。戦力的な話もあるけど、ジュリアスがおらんと、あんたら過労死せん?」
『ディアとジュリアスがキルナス王国に行っていたときと変わらないぞ』
「せやけど、あんときは短期間ったやん」
頭をかきながら何度かうなっていたカルラが私を見る。そんな、判断を求められても困る。首を横に振ることで返すと、カルラは「決められん。ジュリアスに任す」とジュリアスに丸投げした。ちょっとだけ間があって、『検討します』というジュリアスの声が返ってくる。
『それからニコル。娘と部下を助けてくれたこと、礼を言う。ありがとう』
お父様にそう言われ、ニコルは黙ったまま複雑そうな表情を浮かべた。カルラが通信機をニコルに渡すと、「どういたしまして。ですが、いちいち礼はいりません。次からは返答しませんよ」とだけ言ってニコルは通信機をカルラに投げ返す。
ツンツンした態度だけれどニコルは〝次からは〟って言った。これから何度でも助ける気だと言われたようで、ついふふっと笑ってしまう。
通信を切って魔道具を片付けたカルラに、
「ねえ、ニコルの歓迎会をしようよ」
と声をかけると、「そりゃええな」と言ってカルラが笑った。
◇
ごつごつした岩肌が青白く光っていた。
本来ならば光のない閉じた空間。明かりと呼べるものは壁や床の発光だけだ。それでも周囲の様子は十分に判別できる程度の光量はある。洞窟の中に築かれた大きく美しい祭壇の後方には、人ひとり分ほどの穴が空いている。歪な形の穴の周りには片付けられていない小岩がいくつも転がっていた。
カリュディヒトスがその穴をくぐると、穴の向こうには大きな氷柱があった。人の二倍ほどの高さの氷柱の中に、一振りの赤黒い剣が埋まっている。氷柱は半分近い深さまで削られていた。氷柱の前に剣を携えて立っていたリドーが、カリュディヒトスに気付いて振り返る。カリュディヒトスは氷柱をちらと見てからリドーに目を向けた。
「まだ壊れんのか」
「文句があるなら自分でやれよな」
「レベル上げに付き合ってやっとるんじゃ。お前も手伝え」
「へいへい」
リドーが双剣を構え直し、氷柱に向かって剣を斜めに振り下ろす。二つの剣は柱の表面をわずかに削るだけに終わった。
「ほんっと硬ェなあ。カリュディヒトス、これ何なんだ?」
「知らん。人間が〝禍々しい剣〟と表現しとったからな。儂らには使い道もあろう」
「ふうん……なァ、いい剣だったら俺様にくれよ」
「ものによる」
ひんやりと冷たい透明な柱は氷であるはずなのに、硬度が通常の氷のそれとは違う。カリュディヒトスの魔法では傷一つつかなかったし、強力なリドーの攻撃でも少しずつ削り取るのがやっとだ。
女神の聖地に、強固な氷に包まれた禍々しい剣。奇妙なアンバランスがカリュディヒトスの興味を引いた。リドーに氷を削らせるために、彼のレベル上げに嫌々付き合う程度には。まあそうでなくともリドーには強くなってもらわねば困るのだが。
「はー、飽きてきた。カリュディヒトス、またあの変な生き物くれよ」
「戦闘がしたいならカルラがいたじゃろうが。お前が土壇場で『今は嫌だ』などと言うから、アレを使わざるをえなかったんじゃ。今は一体もおらんわ。お前がいれば
カルラで手持ちの駒を使い切ってしまったせいで、各地で魔族を倒していたという司祭とやらに差し向ける駒がなかった。ぶつぶつと文句を言い続けるカリュディヒトスを見たリドーは、剣を鞘に戻して肩をすくめる。
「えーだって、どうせならもっとレベルを上げてからびっくりさせたいだろ? それに俺様、
「儂じゃってお前となんぞ共闘しとうないわッ」
思わず大声を上げてしまったカリュディヒトスが咳き込むと、リドーは「おいおいじーちゃん無理すんなー」とからかうように言う。
「……せめて今の半分まで削れ。それまでには準備してやるわ」
カリュディヒトスは一つため息をつくと、リドーに背を向けた。
リドーが欲しいと言っている駒は、作るのにそれなりの準備がいる。彼に柱を削らせ終わったらしばらく与えるのはやめようと考えながら、カリュディヒトスはまたため息をついた。
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