07-09 新たな仲間(2)
全員が馬車に乗り込むと、木箱で埋まった馬車はさすがに狭くなる。
けれど話があるとニコルが言ったので、ひとまず全員で輪になった。カルラだけはニコルの厳命でごろんと横になっている。カルラが一番奥に転がって、私はその隣。ニコルが御者席を背に座って、ニコルの左右にヤマトとユラがそれぞれ腰を下ろした。
全員座ったところでニコルがカルラを見る。
「何度も話すのは面倒なので、魔王か参謀の方と繋いでいただいてもいいですか?」
「ええよ。ちょっと待ってな」
カルラがうつ伏せに寝ころんだまま丸い魔道具を出して鳴らすと、すぐにジュリアスが出た。カルラは手短に事情を説明してから、丸い通信機をニコルに投げ渡す。
「僕の話は聖女についてです。聖女が覚醒したというあの話は、真っ赤な嘘です」
「えっ」
「ええっ!?」
私たちは目を丸くしてニコルを見つめる。聖都で祭りまで開いておいて、嘘ってどういうこと!?
自分のことを薬師と言ったり聖女と言われてしばらく考えたりしていたネムの様子を思い出し、あの反応はそういうことだったんだろうか、と首をひねった。でもネムのあれはただの天然だったような気もする。
「うち、聖女が出たってほんまか、って事前に聞いたやん!?」
「あの時点で言えるわけないでしょう。そもそも僕は〝聖都でお披露目の祭りを開く〟とお話しただけでイエスともノーとも言っていません」
「えーっ」
カルラが不満げに口を尖らせたけれど、ニコルが気にする様子はない。
「魔族がフィオデルフィアで暴れまわっているにも関わらず、女神のお告げがもう二年以上ありませんでした。いくつかの国からの要請もあり、民衆の不安を鎮めるために仮の聖女を用意することにした、と聞いています」
「えっ、でも、偽物の聖女なんか用意して、そのあとはどうするつもりだったの?」
「知りませんよ。僕、中央には嫌われてたんでそこまで聞かされていません。ジュリアスといいましたね。そちらから質問は?」
『いえ、特には。ディアドラ様とカルラ様の話を聞いて、薄々そんな気はしていました』
「……どういうことですか?」
ニコルがカルラと私を順に見る。私とカルラは顔を見合わせ、それぞれ首を傾げた。
昨日の夜のうちに私とユラで話せる限りの報告はジュリアスにしたし、今日になってからカルラも彼女しか知らない話をジュリアスに伝えていた。でも私が報告したときもカルラが話したときも、ジュリアスは何もコメントしなかった。私たちの話を聞いてから考えたのかもしれない。
『ニコル殿、とお呼びしてよろしいですか? あなたはカルラ様から我々の状況をどこまで聞いていますか? 聖都で何があったかは?』
「ニコルと呼び捨てていただいて結構です。あなたがた魔族が二陣営に分かれている話は聞いています。相手の頭は双剣使いと老人の二名だとも。聖都での話は、ユラの見ていた状況しか知りません」
『わかりました。ではその前提でお話します。何が起きたか整理しつつ、いくつか確認させてください』
私とカルラの話を聞いただけなのに、ジュリアスは私たちにはわからないものが見えているらしい。さすがジュリアスだ。
『まず、今回現れた敵は老人のほうです。そしてディアドラ様とカルラ様が最初に転移させられた先はパレードの終着点である教会の中。その時点で既に教会内に設置された毒の魔法陣が起動しており、聖女および多数の聖職者が毒と眠りのステータス異常を受けて倒れていたそうです。ディアドラ様、ここまでは間違いありませんね?』
「う、うん」
ニコルが眉を寄せながら私を見る。どういうことだとその目が言っている気がしたけれど、私には頷くことくらいしかできなかった。
『次に、カルラ様一人が転移させられた先は、聖都の教会の建物と繋がる洞窟の中です。我々にはその洞窟が何なのかわかりませんが、ニコルならわかりますか?』
「ちょっと待ってください。その洞窟はまさか、大聖堂と繋がる場所ですか?」
ニコルの視線を受けたカルラは困ったような顔で首を傾げた。
「大聖堂がわからんから答えられへん。洞窟の中は全体的に壁が青白く光っとって、大きな扉の先は広い部屋やった。部屋を出たら廊下で、目の前の中庭に女神像と噴水があったな」
「洞窟の奥には入りました?」
「いや、入り口で戦っただけやから奥は知らん」
ニコルは額を押さえてため息をつき、一度舌打ちをしてから手を離す。
「詳しい説明は省きますが、その洞窟は僕らが聖地と呼んでいる場所でしょう。出入り口は大聖堂に繋がる扉ひとつしかありません」
『山の裏側とも繋がっていないのですか?』
「少なくとも僕が知る限りは繋がっていません。一つ教えてください。僕はその転移魔法というものを初めて聞いたのですが、その魔法は行ったこともない場所に転移できるのでしょうか?」
『私の知る限り、できません』
ジュリアスはきっぱりそう言った。
……ん? じゃあどうして、カリュディヒトスは教会の中や聖地なんて場所に転移できたの?
私はてっきり、転移魔法は行ったことのない場所にも移動できるのだと思っていた。でも少なくとも一度は魔法を使わずに入らなければならないなら、カリュディヒトスは自分の足で教会の中や聖地に入ったことがある、ってことだ。
「えっ、待って、カリュディヒトスはどうやって聖地なんかに入ったの?」
『可能性なら挙げられますが、断定はできませんね。ニコル、話を続けても構いませんか?』
ニコルは腕を組んで難しい顔をしていたが、「どうぞ」と先を促した。
『洞窟に転移させられたカルラ様は、おかしな化け物数体と戦闘になりました。そのうち一体は白い炎を放ったそうです。カルラ様、間違いありませんね?』
「せやな」
カルラは頷いたけれど、ニコルは信じられないものを見るような目でカルラを見た。「え、何?」とカルラは目を瞬いている。
『化け物が何かについては我々もわかりませんが、老人の魔族が何らかの方法で作り出したものだと考えています。カルラ様、今回出た化け物の放った白い炎は、他の化け物に当たっても燃え広がりはしなかった、と仰っていましたね』
「うん。うちに当たるとよう燃えるのに、化け物に当たったときはちょっと燃えただけで消えたわ」
『ニコルになら、それがどういうことかわかるのではありませんか?』
ジュリアスの問いに、ニコルはすぐには答えなかった。「確認したいことがあります」と言って通信機を床に置いたニコルは、両手を広げる。
ニコルは右手の平の上に小さな白い炎を生み出すと、自分の左手首に向けてひょいと炎を投げた。カルラは「えっ」と声を上げたけれど、白い炎はニコルの左手首に当たったかと思うと、初めから何もなかったみたいにふっと消えた。
カルラが不思議そうにニコルの左手首を見つめる。炎が当たった手首には何の跡もない。
「それだけなん?」
「人間に当たったところで、このとおりです。その化け物とやらに当たった炎は、これより燃えたということですね?」
「せやな。ちょっとだけ大きな炎になって、すぐ消えた」
そうですかとニコルは言って、床に置いた魔道具を拾った。
「であれば、化け物は魔獣とも魔族とも違うのでしょうが、少しは魔が混じっていたということですね。僕としてはその化け物とやらが白い炎を放った件が気になります。この魔法を使えるのは、聖職者だけのはずなんですよ」
「え? でも」
ゲームでルシアも使ってた、と言いかけて慌ててやめた。危ない、また変なことを言うところだった。
「……ちゅーことは、何? あの化け物のうち、白い炎を出しとった一体は、聖職者やってことになるん?」
「化け物なのに?」
そう言いながら、私は嫌な予感を覚えていた。化け物が聖職者になれるわけがない。だったら逆だ。聖職者が化け物になったんだ。人間が化け物になるわけないと否定したくなる一方で、キルナス王国でリドーが口にしたという台詞を思い出した。
――あいつ、変なもん作ったなあ。
何かを作るなら材料が必要だ。
何を元にすれば、化け物になる?
すうっと全身の温度が下がっていくのを感じる。唇が震えた。
「じゃあ……じゃあ、キルナス王国で私が倒したあの化け物たちは――」
「お嬢」
私の腕をカルラがつかんだ。痛いくらいに強く。ゆっくりとカルラのほうを向くと、カルラはじっと私を見つめていた。
「それ以上は考えんでええ。お嬢が燃やしたのは化け物や。それ以上でもそれ以下でもない」
「でも……」
「じゃあこうしよ。キルナス王国に出た化け物はもともと魔獣やった。うちの言うことが間違ってるとは断言でけへんやろ? ならあれは魔獣や。間違いない」
そう……なんだろうか。
確かにカルラが言うとおり、あの化け物のもとは魔獣だったかもしれない。そうであってほしい。聖都で倒した化け物だって、犬みたいだった。私が頷くと、カルラは視線を通信機に戻し、手を伸ばして通信機に触れた。
「坊ん……じゃなくて、ジュリアス。続けて」
カルラはジュリアスが「〝坊ん〟を卒業したい」と言ってから、ジュリアスを名前で呼ぶようになった。まあ、たまにこうして言い間違えているけれど。呼び方を変えようとする努力は感じるなあと考えたらちょっとだけ気が紛れて、私も通信機に視線を向けた。
『加えて、洞窟には針の山が出たり炎が出たりするトラップ魔法が複数設置されていたと伺いました。空を飛べるディアドラ様にはさほどの驚異でもないでしょうし、今回の件はカルラ様を狙ったものだと思われます』
「ふーん、うちがケンカ売られたん?」
カルラはさして興味もなさそうに言ったけれど、ユラとヤマトからは一瞬殺気を感じて、私はビクッと肩を跳ね上げる。
『聖女が覚醒して祭が開かれるとなれば、私たちも無視はできません。少なくともカルラ様は聖都に来ると踏んで準備していたのでしょう。カルラ様が来なければ来ないで、魔王の配下が聖女を殺したことにすればいいわけです。うまくいけば両方叶います』
「なるほど。今回の件がすべてその老人によって仕組まれたものだったとして、そう都合よく聖女が現れるわけがない。だから聖女は偽物だったのではないかと考えたわけですね」
『はい。聖女が現れたという事実を起点に作戦を組み立てた可能性もあったので、確証はありませんでしたが』
「そうですか。ただ、教団内の話を聞いていた限り、複数の国から要請があったこと自体は嘘ではないはずです。老人がどこから関わっていたのかはわかりませんが、はっきりさせる意味はなさそうなので考えるのはやめておきましょう」
ジュリアスとニコルの会話を聞いていると、ゲームを思い出す。ゲームでニコルはジュリアスに対してツンツンした態度をとってはいたけれど、この二人は私から見るといいコンビだった。ジュリアスと対等の議論が成り立つのはニコルくらいだったし、状況の分析をしたり作戦を立てたりするのはだいたいこの二人だった。
「話はわかりました。魔族をそこまで教団内に入り込ませるとは、教皇様も司教様がたも何をなさっているのか……」
腕を組んだまま苛立たしげな息を吐き出したニコルが、私のほうを向いた。この流れでジュリアスとニコルが仲良くなってくれたらいいなあ、なんて妄想の旅に出かかっていた私は急に視線を向けられて内心慌てる。
「えっと、なに?」
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