07-09 新たな仲間(1)


 私たちが聖都を出た翌日、昼すぎにニコルから連絡があった。


 思っていたより早い連絡だったし彼の声は元気そうだ。ほっとしてカルラがニコルと通信する様子を見守る。


『カルラの体調はどうですか?』


「めっちゃ寝たら治ったで。心配すんな」


 カルラは平然と治ったと言っているけれど、本当は朝から微熱がある。隣で聞いていたユラが思いっきりカルラを睨んだけれど、ユラをちらっと見たカルラは苦笑しただけだった。


 遠くにいるニコルに不調を話したところで仕方はないのはまあ、そうなんだけど。心配をかけたくないのもわかるんだけど。


 きっとお父様やジュリアスにも、カルラはこうやって調子が悪くても「大丈夫」と言い続けてきたんだろう。カルラをずっと近くで見てきたユラが、心配しすぎて怒ってしまう気持ちもちょっとわかる。


「ニコルはあのあとどうしたん? 大丈夫やった?」


『ああ、まあ……その件以外にもいろいろ話したいことがあるのですが、会えませんか?』


「ええけど、今どこ?」


 ニコルが居場所を話し始めた途端、ユラが腰を浮かせてカルラに寄っていった。御者席に座っていたヤマトも、さっと馬車を降りて馬を外し始める。まだカルラは何も言っていないのに、たぶん二人とも馬を連れてニコルを迎えに行く気で準備を始めたんだろう。阿吽の呼吸ってやつなんだろうか。なんかちょっといいな。


 ニコルから居場所を聞いたユラが「今から迎えに行きますんで、そこにいてください」と通信機に向かって言って、すぐに馬車を降りて行った。


「別にそんな急がんでもええんちゃうの……?」


 なぜかカルラがきょとんと馬車の外を見つめている。あれ、阿吽の呼吸じゃなかったの?


 ユラがニコルを連れて戻ってきたのは、夕方と呼ぶには少し早い時間だった。ニコルはいつもの司祭服ではなく私服だったので、私とカルラは顔を見合わせてから馬車を降りた。


「その格好、どうした?」


 おそるおそる聞いたカルラに対し、ニコルは平然と答える。


「ああ、実は破門になりまして」


「えっ」


「えええええええっ!?!?」


 私はつい森中に響くような大声を上げてしまい、近くにいた鳥が羽音を立てて飛んでいった。


 ニコルは「そこまで驚かなくても」と目を丸くしているけれど、ゲームでニコルが司祭を続けていたことを知っている私にとっては大きすぎる衝撃だった。ルシアがもうすぐ十四歳だと言っていたから、まだゲームまで二年くらいある。


 やっぱり私がこの世界で目覚めてから起きた諸々の変化のしわ寄せがニコルにいっているの? そんなことってある??


 カルラが申し訳なさそうに頭をかいた。


「ごめん、うちらのせいよな」


「いえ別に。自分の選択の結果ですので、あなた方に気にしていただく必要はありません」


「でも……」


「僕は自分の心に従って行動したまでです。その結果なら受け入れますよ。あなたがたに、自分たちのせいだと思われても迷惑です」


 そうきっぱり言い切ったニコルをぽかんと見つめていたカルラが、おかしそうに笑う。


「あんた、可愛らしい見た目に反してオトコマエなこと言うなあ」


「……見た目に反しては余計です」


 ニコルが一度眉を寄せてカルラを睨んでから、ため息をついて眉間のしわを消した。


「司祭でなくなっても僕のやることは変わりません。とはいえ一人で戦い続けるのはきついので、合流させてもらえないかと思いまして。カルラ、あなたの馬車に僕も乗せてくれませんか?」


「うちはええけど」


 カルラが私を見たので、私は何度も頷くことでそれに返した。カルラは怪我も無理もしがちだし、回復が得意なニコルが一緒にいてくれたら安心だ。ユラもヤマトも頷いたので、カルラは「よし、決まり」と言ってニコルに手を差し出した。


「歓迎するわ。そもそも組もうって先に誘ったのはうちやしな」


「では、よろしくお願いします」


 ニコルがカルラの手を取る。ニコルが破門されたという話は気にかかるけれど、ニコルが仲間になってくれるのは素直に嬉しい。


「話がまとまったところで、カルラ。寝たら治ったなんて大嘘ですね? 魔力は戻りきってないでしょう」


 そう言ってニコルがカルラを睨む。「お、おう……?」と身を引いたカルラは、ちらっとユラとヤマトを見た。ユラもヤマトも涼しい顔をしているけれど、カルラは「なんや急いで迎えに行くなと思ったらこれかい」と苦い顔をする。


 そうか、魔力の見えるニコルにはカルラが治ったかどうか一目瞭然なんだ。


「まだ話はありますが、とりあえず横になりなさい。はい馬車に戻って」


「でもうち、もう微熱も引いたしさあ」


「さっさと乗る」


「ええー……」


 困惑気味に頭を掻いたカルラを見て、ニコルは真顔で数秒黙ってから、ふわりと穏やかな笑みを浮かべた。


「一人で馬車に乗れないなら、また抱いて運びましょうか?」


「!?」


 ぎょっと目を見開いたカルラが勢いよく後ずさったかと思うと、慌てて馬車に戻っていく。心なしかカルラの顔は赤かった。


 ――今の反応、なに? え、どういうこと!?


 ニコルとカルラを見比べながら目を瞬いた。また、ってなんだ? 前回があるってこと??


 ふはっとふきだしたニコルが、「確かに押したらどうなるのか気になりますね」とよくわからないことを呟いてからカルラのあとを追っていく。ニコルの笑みはゲームでずっと浮かべていた穏やかな笑顔とは全然違って、気の強いいたずらっ子みたいな表情だった。


 ぽかんとニコルの背を見送りながら、私は思い出していた。ゲームの公式サイトにあった、ニコルのキャラクター紹介を。


 公式サイトには――〝ギャップの男〟と、そう書いてあった。


 私はてっきり、少年のようなビジュアルに反して一番大人、という見た目と年齢のギャップを指しているのだと思っていた。もしかしてあの説明は、年齢だけを指しているわけではなかったんだろうか。内面も、可愛げのある少年のような見た目とはだいぶ違うんだろうか。


「……どういうことなん、ヤマト」


「俺も知らん」


 ユラもヤマトも呆然とカルラたちが馬車に乗り込むのを見守っていたけれど、ユラがはっとして、


「長! 私、やっぱりこんなやつを乗せるのは反対です!」


 と言いながら急いで馬車に戻っていった。ヤマトをちらっと見上げると、ヤマトは面倒くさそうに長いため息を吐いてから、ゆっくりと馬車に戻っていった。


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