07-07 銀髪の聖女?(2)


「お嬢!」


 真っ暗な時計塔の中で待っていたら、しばらくしてカルラが入ってきた。カルラが私のところまで駆け寄ってくる。私の両肩をつかんだカルラは、ほっとしたように長い息を吐き出した。


「大丈夫やった? 怪我しとらん? 置いてってごめんなあ」


「私は平気。カルラこそ大丈夫だった? 毒は? カリュディヒトスは?」


「毒は治してもろた。でもカリュディヒトスには逃げられたわ」


「そっか」


 カリュディヒトスに逃げられたのは残念だけれど、あからさまな罠に飛び込んでいったカルラが無事でよかった。カルラは言葉どおり本当に武力で押し切ったんだろうか。


 私の頭をぽんと叩いてから、カルラは通信用の魔道具を取り出した。私と合流したことをユラに伝えている。ユラはカルラを探しにいったはずなのに、どうして別行動をしているんだろう。


 質問したくて通信が終わるのを待っていたら、時計塔の扉が三回ノックされた。カルラはさっと通信を切ると、私の肩をとんと軽く押す。


「お嬢、隠れるぞ」


「え??」


 わけがわからぬまま、カルラにぐいぐい押されて階段の下に追いやられた。そこには木箱がたくさん積んであって、木箱の後ろにしゃがむと扉は見えなくなった。カルラも私の隣に腰を下ろし、膝を抱えてその上に頭を乗せた。体を小さくしようという努力は感じる。まだ大きいけど。


 身長が高いとこういうとき大変だなと思う一方で、カルラもお父様もザークシードも、体の大きな三人はみんなかくれんぼに弱そうだと楽しい想像をしてしまった。



   ◇



「ここで何をしている?」


 時計塔の前に立っていたニコルに声をかけてきたのは、同じ司祭の同僚だった。ニコルよりずっと年上の男性が二人。それぞれトロノチア王国にあるどこかの教会を任されていたはずだが、顔と名前を知っている程度で親交はない。


 一人は人間にしては大きな体をもつ男だった。いかつい体つきに反して気弱そうな表情を浮かべている。もう一人は目つきの悪い小柄な男だ。どちらもあまり司祭らしくない風貌をしていた。


 ニコルはその二人――ディノスとロルグに一礼してから「少し休憩していただけです」としれっと答えた。


「休憩だと? お前、持ち場はどうした」


「持ち場とは何のことでしょうか? 僕は先ほど聖都に着いたばかりで、まだ教皇様にもお会いしていませんが」


「聖都に潜伏している魔族が残っていないか、手分けして捜索せよとの命だ。お前も着いたのなら早く教皇様にお会いして何らかの手伝いをせい」


 呆れたような声でそう言ったディノスの腕を、ロルグがつかむ。ロルグは睨むような目つきでニコルを見た。


「お前は不参加ではなかったのか? なぜ聖都にいる」


「不参加と返答した覚えはありません。招集がかからなかっただけです。それならそれで、一観客としてパレードでも見ようかと。まあ、間に合いませんでしたが」


「……ふん、慈愛の聖者などともてはやされていい気になっているから敬遠されるのだ。勝手が過ぎるとも聞いているぞ」


「ご忠告痛み入ります」


 嘲りのような調子で言われたが、ニコルは表情を変えることなく頭を下げた。うっぜえ、と心の中で毒を吐くことは忘れなかったが。ロルグはじっとニコルを見つめていたが、不意に時計塔に目を移した。


「管理人が時折メンテナンスに入るだけの時計塔か。身を隠すにはうってつけだな」


「……そうですか?」


「そこをどけ」


 強く睨まれ、ニコルは黙ってロルグに場所を譲った。一歩進み出たロルグが時計塔の扉に手をかけたが、ガタガタと音を立てて揺れただけだった。鍵がかかっているのだ。もちろんカルラが中に入ってすぐに鍵をかけたのはニコルだ。


「管理人に鍵をもらってくるか?」


 ディノスはのんびりした口調でそう言ったが、ロルグはなおも乱暴に扉を揺する。古びた木製の扉がミシミシと音を立てた。


「時計塔に入りたいんですか?」


 不意にすぐ近くの通りから声がかかる。声をかけてきたのはラースだった。ラースはにこやかにロルグに近づくと、「俺、管理人と知り合いなんで、鍵を貰いに行くなら案内しますよ」とウインクをする。ディノスは「それは助かる」とラースのほうを向いたが、ロルグはニコルとラースを訝しげに見比べた。


「お前たち、一緒に魔族討伐に出ていたな」


「そうですけど、何か?」


「……扉を壊して入る。ディノス、手伝え」


 ディノスは「しかしロルグ、壊して何もなかったらどうする」とうろたえていたが、ロルグにギロッと睨まれてその巨体を小さくした。


 ロルグがくいとあごで示すと、ディノスは諦めたように息を吐き出した。扉の前をどいたロルグの代わりに扉の取手に手をかけたディノスが、扉を強く揺する。


 何度かガタガタと扉を鳴らしてから、ディノスは一歩だけ下がった。息を吸い込むと、だん、と扉に体当たりをする。ディノスが体当たりをするたび、ミシッ、と扉が音を立てる。三度ほどの体当たりで、扉は真っ二つに折れてしまった。


「よし、中を調べるぞ」


 ロルグが折れた扉に手をかける。


 時計塔の中は狭い。ディノスとロルグの姿が見えた時点で〝隠れろ〟と合図は出した。しかしディノスはまだしもロルグなら、すぐにカルラとディアドラを見つけるだろうと思えた。そしてディノスとロルグがカルラたちを見つければ、すぐに攻撃するだろうとも。少なくともニコルが彼らならそうする。


 聖女に助けられたというディアドラはともかく、ずっと具合が悪そうにしていたカルラは、白い炎をこれ以上受けて耐えられるのだろうか。


 ――魔族を助ける必要はない。カルラやディアドラが見つかろうと、知らないふりでもしておけばいい。


 己の内から声が響く。今までただ黙殺してきたその声に、ニコルは初めて――毎度毎度うるせえんだよ黙ってろ、と強い否定を返した。


 チッと舌打ちをしたニコルは、時計塔の中に向かって叫ぶ。


「ディアドラ! カルラを連れて飛びなさい!」


「!?」


 ロルグとディノスがそれぞれ驚きを顔に貼り付けながらニコルを振り返る。時計塔の内側からガタンと音がしたかと思うと、時計塔の暗がりの中、赤と橙の仄かな光がさっと動いた。カルラの「あほッ!」という声が響いて、それは自分に向けた発言だろうかとニコルは苦笑する。


 慌ててロルグとディノスが中に入っていき、後からラースが続いた。白い炎がちらちら見える。ラースは「うわー、飛べるっていいなあ」というのんびりした声を上げている。


「感心している場合か! お前も手伝え!」


「それ、手当ては出ます?」


「は?」


「俺、給金以上の仕事はしないっていうのが信条なんで、予定外の仕事に参加するのは信条に反するっていうか。そもそも今の時間って勤務時間外ですよね」


「貴様この状況でそれ言うか!?」


 普段のニコルならロルグに同意するが、初めて面白い時間稼ぎだと感心した。予定外の仕事には参加しないなんて、時計塔の管理人のもとに案内しようかというさっきの発言と矛盾する。


 時計塔の上を見上げると、赤と橙の光が勢いよく飛び去っていくところだった。ぐんぐん遠ざかっていく光を眺めながら、あの速度なら追いつかれることもないだろう、とニコルは胸をなでおろした。


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