07-06 再潜入(1)

 カルラが目を開けると、ユラとニコルがカルラを見下ろしていた。みるみるうちにユラの目に涙がたまっていくのを眺めながら、


(……なんやっけ?)


 まだぼんやりする頭で考える。ここはカルラの馬車の中だ。カルラは荷台の床に寝かされていた。馬車はガタガタと揺れている。少しずつ意識が覚醒してきて、何があったかを思い出し、カルラはばっと上体を起こした。馬車の中に目を走らせてもディアドラの姿はない。


「お嬢は!?」


 ユラがぱっと目をそらしたので、カルラは彼女の胸ぐらを乱暴につかんだ。


「あんたはお嬢と合流せぇって言うたやん!」


 眉を寄せたユラはカルラから目をそらしていたが、「……できません」と震える声で小さくこぼしてからカルラを見返してきた。


「私、長の命令なら何でもやります。同族殺しでも人殺しでも、何だって。でも倒れた長を置いて逃げろなんて、それだけは……それだけは私にはできません!」


「ユラ!」


 カルラはユラをつかむ手の力を強める。


「うちに何かあったらうちのこと見捨てて逃げる、っていうんが里を出るときの約束やったやん! 何を今更――」


「落ち着きなさい、まだ治療の途中です! 彼女は僕を呼びに来たんです。あなたも危なかったんですよ!?」


 ニコルに肩をつかまれたカルラは、反射的にニコルに向かって怒鳴った。


「うるさい! うちはそう簡単に死なれへんわ!!」


 ニコルが驚いたように目を丸くする。しんと静まり返った中で、ユラも、御者席で馬の手綱を引いていたはずのヤマトすらも、同じように表情を固まらせてカルラを見た。


 自分の失言に気がつき、カルラは「ごめん、言葉を間違えた」と慌てて三人を見回す。しかしユラはカルラの手首をつかんで身を乗り出してきた。


「長、どういう意味ですか。その言い方は、まるで死にたいのに死ねないと言ってはるみたいに聞こえます」


「言い間違いや。うちはタフやから簡単には死なへんって言いたかっただけや」


「でも」


「言、い、ま、ち、が、い! うちの命令なら何でもするって言うなら納得せえ。ヤマトは馬車止めてくれ。お嬢を迎えに行く。ちなみに今どこ?」


 ヤマトはカルラを見つめたまましばらく黙っていたが、ややあって、馬を止めた。


 カルラが意識を失ったあと、ユラはカルラを抱えて聖都を出てヤマトと合流し、追手を嫌ってすぐに聖都から離れたのだと、ユラが説明してくれた。馬を走らせていたのがまだ小一時間程度だと聞いて、自分の足ならすぐ戻れる距離だとカルラは判断した。


 顔色の悪いカルラを見てユラが毒消し草と薬草を使ってくれたが、体の怪我が癒えても顔色は悪化する一方だったので、ニコルに連絡をして連れてきたらしい。戦闘後に見た自分のステータスに毒のマークが二つ並んでいたことを思い出し、そのせいだろうかと考えたが、よくわからなかった。自分よりディアドラを連れてその対応をしてくれたなら百点満点だったのに、とは思ったが、口にするのはやめる。


 ユラが話している間にニコルがカルラの治療をしてくれた。「魔法でできることは終わりです」と言われたが、体の重さだけは残っている。


「わざわざ来てもろてありがとうな。兄ちゃんは置いてきたん? ユラとヤマトに送らせるわ」


 カルラが笑顔でニコルに礼を言うと、ニコルは眉を寄せた。


「一人で戻る気ですか?」


「せやな」


 途端にユラが「私も行きます」とカルラに寄ってきたが、カルラは「あんたは留守番。危なっかしくて連れて行けん」とユラの額を指で弾いた。ヤマトが何か言いかけたので、「ヤマトはユラが勝手せんよう見張っとれ」と先んじて指示を出す。


「待ちなさい、騒ぎを起こしたのでしょう? そうそう入れませんよ」


「それなー。うーん……コレでどうやろ?」


 カルラは自分の顔を指差して己に魔法をかけた。途端に視線が低くなり、ニコルと目線の高さが揃った。彼の姿を借りたのだ。ニコルが表情をなくして唖然とする。それを面白いと思ったけれど、カルラは笑顔を作れなかった。


 魔力がうまくコントロールできなくてすぐに魔法が解けてしまったのだ。強いめまいを感じてふらつき、倒れそうになったカルラをユラが支えてくれる。


「長! 大丈夫ですか!?」


「なん、や……これ……」


 ユラの腕につかまりながら、カルラは肩で息をした。額に汗がにじむ。見た目を完全に変える魔法は魔力消費が大きい。特に大きさを変えるのがきついので、カルラは身長の近いグリードやザークシード以外に化けたのは久しぶりだった。しかしそれでも、一瞬で解かねばならないほどの魔法ではない。いつもとは魔法を使うときの感覚が違う。


「一度ゆっくり休みなさい。それしかありません」


 気遣わしげなニコルの声は静かだった。


「白い炎を受けたのでしょう?」


「……?」


 どうしてそれがわかるのだろう。ユラが話したのかと思ってユラを見たが、ユラは首を横に振った。

 カルラがニコルに視線を戻すと、ニコルは目を伏せて息をついた。


「僕ら聖職者の扱う白い炎は〝魔を焼く〟のだと言われています。人の魔力は一色ですが、あなたがた魔族や魔獣の魔力には、必ず闇を連想するような黒色が混じっています」


「白い炎は魔力の中の黒い部分を焼くってことか?」


「はい。なので人間や物体に当たっても大したダメージはありません。あなたがた魔族にはよく効きますが」


「へえ……」


 カルラに当たった瞬間に炎の勢いが増したのも、体の内側から燃やされるような感覚も、今のニコルの説明どおりなら納得できる。ニコルやラースがよくまあ魔族を相手に戦い続けていられるものだと不思議だったが、白い炎が魔族に与えるダメージが桁違いだということなのだろう。


 魔力の回復は魔法ではできない、だから休めと――先のニコルの言葉の意味をようやく理解した。


 呼吸が落ち着いてきたのでカルラはユラから手を離す。不安そうに見上げてきたユラの頭を、カルラはぽんと叩いてやった。


「お嬢から連絡は?」


「いえ、何も」


「連絡できへんのかな……こっちから下手に連絡せんほうがええか」


 頭を掻いてから自分の体を見下ろしたカルラは「とりあえず着替えるから、ニコルとヤマトは出とってくれる?」と男性二人に声をかける。さてどこにしまったかな、と木箱の山を見上げていたら、ユラが奥の箱を取り出して開けてくれた。


 振り返ってみるともうヤマトとニコルの姿はない。ユラが御者席側の屋根から布のブラインドを下ろしてくれたので、カルラは手早く着替えた。肩掛けの小さなカバンの中身を確認し、肩にかける。


「お待たせ、もうええで」


 馬車の側面で待っていたヤマトとニコルに声をかけ、カルラは馬車を降りた。後ろからユラも降りてくる。ぎょっとしたニコルが早足でカルラに歩み寄った。


「あなた、まさか今から聖都に戻る気じゃないでしょうね?」


「戻るけど?」


「休みなさいと言ったでしょう」


「お嬢の状況がわからん以上、そうもいかんわ」


 長めに借りていた宿の宿泊期間は残っているが、宿の部屋がまだ使えるかはわからない。あの騒ぎで宿泊者が魔族だとバレていなければ、聖都に入ってディアドラの状況を確認してから、休めそうなら休めばいい。


「僕が聖都に行きますよ。もともとそのつもりでしたし。あなたはここで休んでいなさい」


 怒ったような視線を向けてきたニコルを見返して、カルラは腰に手を当てた。


「この状況であんたに丸投げはできへん。助けてくれたのにはありがとうやけど、そもそもなんで助けた? 今でもうちらのことは敵やと思ってるって、そう言うたのはあんたやで?」


「……っ、それは……」


 ニコルが視線を斜め下に落とす。また余計なこと言うてしもたかな、とカルラは頭をかいた。


「ま、そんなわけで今回は別行動しよか。ニコルは兄ちゃんと合流せえや」


 肯定も否定もせずに黙っていたニコルだったが、カルラが立ち去ろうとすると「待ってください」と顔を上げた。


「僕を信用できないのはわかりました。ですが、入るアテもないのでしょう。僕の条件をクリアできるなら、聖都に入れてさしあげないこともないですよ」


「……へえ」


 腕を組んだカルラはにいと口元をつり上げた。


「条件を聞こか」


「長、こいつのこと信用するんですか?」


 途端にヤマトが眉をひそめたが、「入れてくれるんなら罠でも何でもええわ」とカルラは笑顔のまま言った。


「で、何?」


 ニコルから提示された条件を聞いて、カルラは「ええやろ」と頷いた。


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