07-05 カルラ v.s.???(1)

 カリュディヒトスに攻撃をくらわせようとしたカルラは、また別の場所に飛ばされた。


 洞窟の中なのに明るい。ごつごつした岩肌が青白く発光しているおかげで、密閉された空間でも周囲の様子を知ることができた。自然が作り出した天然の洞窟の中、明らかに人工物とわかる大きな扉だけが異質だ。


 周囲の気配を探ってみても、カリュディヒトスは見つけられない。より存在感を放つモノが四体もいたからだ。それらは急な来訪者であるカルラにそれぞれの顔や目を向けてくる。


「また化け物かい……」


 後ずさりたい気持ちに耐えながら、カルラは額を押さえた。キルナス王国で見た化け物とはまた形状が違う。だが同系統の何かだろうということは考えるまでもなかった。どれも生き物のように動いているのに、正しい生き物の形を成していない。


 一体は四つ足の獣。首の先に頭はなく、不自然なほど長い尾の先に目玉だけがついている。


 一体は白い人形二体を肩から指先まで縫い付けたような形をしていた。二つある顔にはそれぞれ口しかない。


 一体は大きな熊に近かった。頭の位置に腕が一本生えていて、代わりに腹に顔が貼りついている。


 一体は大きな蛇だ。ただ、太く長い体の両先端に頭が二つづつ付いている。


「気持ち悪い気持ち悪い何やねんあれ。戦力増やすんは勝手にしたらええけど、もうちょいマトモな生き物作らんかい! どれもこれも趣味悪すぎるやろ!!」


 己の内に生じた不快感を悪態に乗せて捨ててから、カルラは長い息を吐き出した。


「……よし、やるか」


 四体の化け物を見据え、カルラは地を蹴った。一番近くにいた四つ足の獣の胴体に回し蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされた獣は洞窟の壁に激しくぶつかって轟音を立てた。


 カルラが着地した場所めがけて、熊の化け物が首から生えた腕を振り下ろしてくる。思わず「あんたの攻撃それ!?」とツッコミを入れてしまった。肩についた腕のほうが可動域も大きいのに、わざわざ首から上に生えた腕を振り下ろしてくる意味がわからない。


 たんと後ろに飛び退いて避ける。カルラが着地する直前、足をつけようとした地面に赤く光る魔法陣が出現した。円錐状の尖った刃がいくつも現れ、魔法陣の中にぎっちり詰まった。


 ――げ。


 地に足をつける寸前だったカルラには、避けようにも片足を上げるのが限界だった。


「痛ったあ!」


 地面についた足を複数の刃に刺し貫かれ、カルラは思いきり顔をしかめる。白い炎が飛んでくるのが目に入り、舌打ちをしながら横に跳んだ。乱暴に針山から引き抜いた足が強く痛む。


 白い炎は手の指をかすめただけだったけれど、乾いた枯れ葉や木の枝に火をつけたときのように、カルラの腕をつたって肩まで勢いよく炎が立ち上った。


「あっつう! なんなんこれ!?」


 熱さに耐えきれず燃える腕を振っていると徐々に火は消えた。ディアドラがよく使う赤い炎も熱いが、あれは表面を焼くだけだ。しかし白い炎が当たった瞬間、体の内側から、血管という血管を燃やされるような感覚があった。


「中から燃やすとか凶悪すぎやろ! 何これ!?」


 できるだけさっさと倒そうと、カルラは向かってきた四足の獣をもう一度蹴り飛ばした。血を流し続ける足が痛んだが構ってなどいられない。


 間をおかずに大蛇が大きな口を開けながら突進してくる。カルラは高く跳んでかわすと、蛇の胴体めがけて踵を落とした。ちょうどその下には、さっきカルラの足を貫いた剣山がある。針の山で蛇の胴体を串刺しにする。


 後ろ側にいた大蛇の顔がすごい速度で迫ってきたので、避けるついでに下顎を蹴り上げた。ばくん、と口を閉じた蛇の頭にくっついていたもう一つの頭が、カルラの腕にかじりつく。顔をしかめたカルラは今度はその蛇の目を狙って回し蹴りを放った。蛇の頭はカルラから離れてどうと倒れたが、代わりにカルラの腕の肉をえぐっていった。


 また首から生えた腕を振り下ろしてきた熊の背中側に素早く回り込んだカルラは、後ろから熊の背に脚を叩き込んだ。熊の腹――より正確に言えば、腹の位置に貼り付いた顔を、岩に叩きつけてやった。途端に岩に赤い魔法陣が出現する。とっさに飛び退くと、魔法陣は激しく爆発し、熊を肉片に変えた。


 白い炎がまた飛んできたので慌てて避ける。それは動かなくなった熊に当たったけれど、ぼうっと一瞬燃え上がっただけですぐに消えてしまった。


 奥に陣取って魔法だけ放ってくるのは白い人形だ。先に片付けようと前に足を踏み出しかけたら、また足が地につく直前に赤い魔法陣が出現した。


 ――ちいっ。


 地面に足をつけてすぐ跳ぼうとしたけれど、また間に合わなかった。魔法陣から立ち上った赤い炎はカルラの脚を焼いた。トラップを踏んでから魔法陣が起動するなら、カルラの速さならギリギリ避けられる。けれど足がつく直前に魔法陣が起動するせいで避けきれない。


 ――ん?

 

 どうしてトラップを踏む前に魔法陣が起動するのか、という不自然さに気がついて、カルラは洞窟の天井付近を見回した。踏む前に魔法陣が起動するのはおかしい。トラップとは本来触れてから発動するものだ。


 それに四体の化け物はカルラより動いた範囲が広いはずなのに、一度もトラップを発動させていない。カリュディヒトスがどこかから遠隔で魔法陣を起動しているのでなければつじつまが合わなかった。


 突進してきた四つ足の獣を避けながら、カルラは周囲に視線を走らせた。薄暗い洞窟の中で隠れている者を見つけるのは難しい。ジュリアスなら割り出してくれるのかもしれないが、カルラにはわからなかった。


「ったく、頭いいやつは頭いいやつ同士でれや」


 わからないなら地道に可能性を潰すしかない。カルラは強く地面を蹴ると、洞窟の側面に足をかけた。すぐさま別の側面の岩に飛び移る。下からはカルラの動きを邪魔するように白い炎が飛んでくる。それらをよけながら洞窟の側面上方の岩を飛び移り続けていると、また赤い魔法陣が浮かび上がった。


 カルラの目の前に炎の帯が出現する。一瞬ひるみかけたが、勢いをつけて炎につっこんだ。炎の帯を抜けると、火の明かりが岩の影を作り出しているのが目に入った。一つの小さな影がゆらりと動く。


「そこ!」


 影の乗っていた岩を足で叩き割る。


「……ち」


 岩の割れ目の向こうに人影が見えた。小柄なシルエットには見覚えがある。カリュディヒトスだ。


 崩れた岩を足場にさらに前に出て、カリュディヒトスに回し蹴りを放つ。彼は向かいの側面まで吹き飛んだが、老人とはいえ魔王二代にわたって五天魔将を務めた男を一撃で殺れるわけがない。追撃するべくカルラはまた跳んだ。


 しかしカルラの攻撃がカリュディヒトスに届く直前、黄色く光る魔法陣が現れ、彼はその中に消えてしまった。


「あっ! ……くそ、逃げられた」

 

 舌打ちをしたカルラは、しばらく無視していた化け物たちを見下ろした。まだ二体残っている。


 四つ足の獣との距離を詰め、もう一体の人形に向けて蹴り飛ばす。人形の放った白い炎が獣に当たるが、やはり一瞬火が強くなっただけですぐ消えた。動かなくなった獣を足場に高く跳び、人形の片方の後頭部めがけて踵を振り下ろす。人形の片割れはもう片方を引っ張りながら顔面を地面に叩きつけられた。


 片割れに腕を引かれて傾いだ人形がカルラに顔を向け、口を開けた。吐き出された白い炎を跳んでよけたが、続けざまに三発放たれたせいで一発足にくらってしまった。


 放たれたときは小さな炎だったはずなのに、白い炎がカルラの足に当たった途端、足の付根まで大きく燃え広がった。化け物に当たったときと反応が違う。


「あっついわ!」


 悪態をつき、まだ燃えている脚で人形のような化け物を蹴り飛ばす。化け物は何度か起き上がってきたが、そのたび蹴り飛ばすうちに動かなくなった。


「はあ……しんど。最初に足を狙ってくるあたりが嫌よなあ。あのおじいちゃん、性格悪いわ」


 適当な岩の上に腰を下ろしたカルラは、ぶつぶつ文句を言いながら靴を脱いだ。服を細く破いて、傷だらけの足にきつく巻いておく。気休めだが、何もしないよりマシだ。靴を履きなおして、ふうと息をついた途端にめまいを覚え、カルラは首を傾げた。


「なんやろ、くらくらする……」


 カルラは己のステータスを表示させてみる。そこには毒を示すマークが二つも並んでいて、カルラは目を丸くした。

 

「二個ってなに? そんなんある? もー、あのおじいちゃんのやること、ほんま意味わからんな……」


 ため息をついてからカルラは立ち上がった。カルラが持っていた薬草と毒消し草はディアドラに渡してしまってそれっきりだ。聖都の道具屋で買い直そうとしたけれど、売り切れでどこにも置いていなかった。


 祭のために観光客も多いし、そういうこともあるかとカルラは勝手に納得していた。しかし、わざと買い占められていたと考えたほうが正しかったのではないかと思えた。


 早く誰かと合流したほうがいい。カルラが立ち上がるのとほぼ同時に、重そうな扉がゆっくりと開いた。扉の向こうに立っていた聖職者らしき人間五人が、揃って息を呑む。


「……げ」


 面倒なのに見つかった。


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