07-04 意外な魔法(3)
時間が惜しかったので、ルシアを止めようとするトゥーリを振り切り、お姫様抱っこでルシアを抱えて教会に戻った。人混みをかき分けて出てくるルシアのお母さんを見た気がしたけれど、声をかける余裕はなかった。
教会の中は私が出て行ったときと変わらない光景が広がっていた。倒れている人たちの顔色が悪くなっている気がする分、悪化しているかもしれない。教会の中を見回したルシアが少し不安げに私を見る。
「えっと……それで、わたしはどうしたらいいのかな?」
「あのね、解毒魔法を使ってほしいの! ルシアなら使えるよね?」
「え? 使えないよ?」
「ええっ!?」
目を見開いた私の前で、ルシアもきょとんと首を傾げている。もうレベル十一なのに解毒魔法を覚えていないってどういうことだろう? 年齢が足りないから? それとも聖女にならなかったから?? ルシアは困ったような顔でうーんと唸ってから、倒れている人たちに目を向けた。
「毒? 魔法……?」
一番近くにいた男性に近付いたルシアは「毒ってこれかなあ……?」と独り言のようにつぶやくと、男性より少し上の空中に両手をさまよわせた。
――ん?
魔力が見えると言ったルシアには、私には見えない何かが見えているんだろうか。
「魔法、魔法、うーん、――あっ、こう?」
ルシアは何もないはずの空中で何かを握る。それから「えいっ」という掛け声とともに、太い雑草でも引っこ抜くみたいな動作をした。続けて何かを投げ捨てる。けれど私には、ルシアが何を抜いて何を捨てたのか全く見えなかった。
「えっ、えっ、ルシア、今の何?」
「何って……何だろう? 紫色のふわふわを抜いてみたんだけど、どうかなあ?」
「どうかなあって言われてもわかんないよ!?」
私は大口を開けながら目を瞬いたけれど、ルシアの足元に倒れている男性に目を向けてみると、真っ青だったはずの顔色が健康的な肌色に戻っている。呼吸も正常だ。
――今ので毒が抜けたの? そんなことってある?
呆然とした私には目もくれず、ルシアはもう一人の聖職者の傍で、やっぱり何かを引っこ抜くような動作をした。おそるおそる確認してみると、その人の顔色も正常な色に見える。
解毒〝魔法〟と言うからには、祈るとか、手をかざして魔力を流すとか、そういうことをするのだと思っていた。でもこれは違う。なんか違う。私の思ってた〝解毒魔法〟と違う! 無茶苦茶だ!
呆然とルシアを眺めていると、半分くらいの人たちから何かを引き抜き続けたところで、ルシアが「あれ?」と声を上げた。
「どうしたの?」
「急につかめなくなっちゃった」
ルシアが困ったように言って、空中にステータスを表示させる。ルシアに駆け寄って横からステータスをのぞき込むと、魔力がゼロまで減っていた。魔力を消費したということは、信じられないけれど、やっぱり今のは魔法だったんだろう。
でも困った、まだ半分くらいの人の解毒は終わっていない。これは騒がれることを覚悟で、解毒が終わった聖職者を起こすしかないんだろう。私はしゃがんでさっき解毒が終わったばかりの人を揺する。けれど起きてくれない。何人か試したけれどやっぱり同じだった。
誰も起きないなんて、いくらなんでもおかしい。もしかして毒だけでなく、眠りのステータス異常もかけられているんだろうか?
「どうしよう……」
困り果てた私の手を、ルシアがつかんで引いた。
「ねえディア、この辺つかんでみてくれない?」
「え!?」
私には何も見えないけど!? 言われるがまま、しゃがんでルシアが示したあたりに手をさまよわせてみる。けれど何もないし、何かをつかめそうな気はしない。
困ってルシアを見ると、ルシアは私の後ろに回ってきた。後ろから私の両手を持ち、「この辺だよ」と手の位置を固定する。おそるおそる握ってみたけれど、何もつかめなかった。
「私には無理なんじゃないかな」
「うーん、魔法を使うみたいにやれる?」
魔法を使うみたいって何だろう? 手に魔力を集めればいいのかな? 回復魔法を使う時のように手に魔力を集め、もう一度両手を握ってみた。
ぬるっ、とウナギでもつかんだみたいな感覚があった。
「ひゃあああああっ!!」
びっくりして両手を上げると、ルシアが「きゃっ」と声を上げながらしりもちをついた。慌てて振り返り、ルシアの手を引いた。
「ごめん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。もう一回やってみる?」
「うん、お願い」
もう一度ルシアに導いてもらいながら空中に手を止めて、魔力を込めて握ってみる。やっぱり細いウナギでもつかんだような感覚があって、気持ち悪かったけれど、つかんだ何かを引っこ抜いた。少し抵抗があって、それからすぽん、と抜けたような気がした。ルシアが倒れている人を見て、次に私に視線を戻してにっこり笑う。
「うん、大丈夫みたいだね」
「意味がわからない……」
そんなことを呆然と呟くことしか私にはできなかった。でも疑問はさておき解毒はできた。あとは続けるだけだ。ルシアに手を引いてもらいながら順に見えない何かを抜いていく。しばらく続けたところで、ようやく全員分の解毒が終わった。
まだ誰も起きてはこないけれど、眠りのステータス異常なら放っておいても大丈夫だろう。魔獣のいる野外ならともかく、ここは教会の中だ。
「ふう……」
なんか疲れたな、と思いながら座って息を吐く。この教会に足を踏み入れてからずっと必死だったせいかもしれない。紫の霧なんて初めて見たけれど、ゲームでカリュディヒトスが使っていた毒魔法はあんな風だったんだろうか。
紫の霧なんて見るからに毒っぽいもんなあ。
「……あれ」
不意に強いめまいを覚えて頭がぐらついた。
「ディア?」
目の前が暗くなるのを感じながら、私はようやく思い出した。教会に倒れている人たちがどうして毒状態だと気が付いたのか、ということを。
それは、自分のステータス画面に毒のアイコンを見つけたからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます