07-04 意外な魔法(1)
聖女のお披露目パレードが行われるという祭の当日、私とカルラは時計塔の上で様子を見守ることになった。
あまりパレードに近づくと聖職者たちに気付かれるリスクが上がるし、私たちは別に聖女を見に来たわけではない。聖都全体を見わたせる時計塔でええやろ、とカルラが言った。ただしユラだけはパレードのすぐ近くで待機。隠れるのが得意なユラなら大丈夫だろうというカルラの判断だ。
「何もないといいなあ」
極力顔を出さないように、膝立ちで街の様子を眺める。私の隣に座っていたカルラが「どやろなあ」と返してきた。
「祭なんて目立つことやっとるんやし、何もないってことはないんちゃうかなあ。……と、ジュリアスの坊んも言うとったやん?」
「それはそうなんだけど」
やっぱり何もないほうがいいじゃないか、と心の中で返した。
聖都に入ってからジュリアスとは毎晩連絡を取り合っている。聖都に入ってから三日間は特に何も起きなかったので、短い報告をしているだけだけれど。
昨日ジュリアスが、
『聖都が女神に守られている、というのは迷信ではないでしょうか。本当に女神に守られているのなら、カルラ様やディアドラ様が聖都に入れるとは思えません。お二人が聖都に入れたのなら、カリュディヒトスやリドーだって入り込めるはずです』
と言っていたのが気になっている。確かにそうだと思えたから。カリュディヒトスはキルナス王国にも私たちが訪れるずっと前から潜伏していたらしいし、聖都に先に来ていても不思議はない。ニコルは聖都に来ると言っていたけれど、まだもう少しかかるらしい。昨日ニコルからまたカルラに連絡がきて、「くれぐれも余計なことはしないように」と念押しされた。
考え事をしながら眺めていた聖都の一角で、歓声が上がったのがかすかに聞こえてきた。「おっ、始まったか?」とカルラも首を持ち上げて聖都の中央に目を向けた。中央通りを屋根付きの神輿みたいな何かが動いているのは見える。でも遠くて聖女は見えなかった。
――どうしてルシアじゃないんだろう。
何度目になるかわからない疑問を胸に抱きながら、パレードの様子を見つめる。ルシアもどこかでパレードを見ているんだろうか、ただの一人の観客として。
このパレードは、中央の教会から始まって、中央通りをまっすぐ進み、噴水広場をぐるっと回って教会に戻れば終わるらしい。思ったより短い気がしたけれど、聖都とはいえ警戒はしているということなのかもしれない。
パレードより周りを見なきゃ。きょろきょろと聖都を見回してみたけれど、これといって異変を見つけられない。小さな変化も見逃さないようにと頑張って目を凝らしてみたけれど、やっぱり何もない。
これといって何も起きないまま、パレードは終わってしまった。
「……あれ?」
「何もなかったな。杞憂やったかなー」
カルラと二人、顔を見合わせてそれぞれ首を傾げていると、通信用の魔道具が鳴る。ユラだ。
『長、時計塔の真下の通りです。今すぐ見てください』
「真下?」
カルラと一緒に手すりから身を乗り出して下を見て、紫色の目が私たちを見つめていることに気がついた。他に誰もいない通りに一人立っていた人物は、口元に薄い笑みを浮かべている。
それは、カリュディヒトスだった。
――え?
どうしてカリュディヒトスが、こんな場所で私たちを見ているのだろう?
「あんた、そっから動きなや!」
「まっ、待ってカルラ!」
手すりに足をかけたカルラの手を慌ててつかむ。今にも飛び降りそうだったカルラが眉を寄せながら振り返った。
「何やお嬢」
「こんなとこから飛び降りたら目立つ、じゃなくて、カリュディヒトスが一人でいるなんておかしいよ!」
「わかっとるけど、無視できるかい!」
「何か作戦でもあるの?」
「罠でも何でも武力で押し切る」
「それ作戦って言わないよ!?」
もう一度カリュディヒトスに目を落とすと、彼は逃げるでもなく変わらず私たちを見ていた。
――もしかして、私たちが降りてくるのを待ってる?
そんなの罠に決まっている。
「お嬢はここで待っとれ。うちが行く。ユラも待機!」
カルラが時計塔の内階段をすごい勢いで駆け下り始めたので、私も羽を出して追いかけた。待ってろなんて言われても待てるはずない。
おそらく時計塔の管理人のための、少しちゃちな階段だ。手すりは少しさびてもいる。カルラが何段も一気に飛ばしながら降りていくので、壊れやしないかとはらはらした。
ばん、とカルラが扉を開けて通りに出る。上から見た時と同じ場所に、相変わらずカリュディヒトスは立っていた。
「何や用でもあるのかもしれんけど、聞いたる気はないで!」
カルラが地を蹴って一気にカリュディヒトスとの距離を詰める。カリュディヒトスがにいと笑った瞬間、カリュディヒトスの足元に黄色い魔法陣が出現した。
ふっ、とカリュディヒトスの姿が消える。
「待ってカルラ!」
カルラの足が魔法陣につきかけたので、慌てて飛んでカルラの腕をつかんだけれど――遅かった。足元からの強い光に目を閉じて、次に目を開けたとき、周囲の景色は一変していた。
紫色の霧が濃くてよく見えない。ただ、木の床の上に長椅子が規則正しく並んでいたから、屋内なのはすぐわかった。私たちから少し離れたところに、またカリュディヒトスが立っていた。何を言うでもなく、ただニヤニヤと笑みを浮かべている。
「何やねん、用があるならはっきりせえや!」
「待ってっば!」
カルラがまたカリュディヒトスに向かっていく。私も追いかけようとしたけれど、何かに足を取られて転んでしまった。
むにゅっと何か生温かいものを下敷きにしてしまい、急いで体を起こそうと床に腕をつく。そして自分の下にいたものが倒れた人間であるとようやく気が付いて、私はびくっと肩を跳ね上げた。
「え? え??」
カリュディヒトスに気を取られてよく見ていなかったけれど、周囲にはたくさんの大人たちが倒れていた。その多くはニコルが着ていたのと同じ衣服を身に着けている。
よく見れば私がいるのは広い教会の中だった。規則正しく並んだ長椅子に座ったままぐったりしている人もいれば、床に伏している人もいる。カルラとカリュディヒトスの姿はもうない。またどこかに転移してしまったようだった。
倒れている大人を何人かゆすって声をかけてみたけれど、うめき声をあげる人はいても目を開けてくれる人はいない。
――この紫の霧のせい?
もう一度あたりを見回してみて、紫の霧が特に濃い一角を見つけた。人を踏まないよう気を付けながら濃い霧に近付くと、床に紫に光る魔法陣が敷いてあった。霧はそこから吹き出ている。どうすれば止められるのか考えたけれど、壊す以外の手段が思いつかなかった。私は尖った氷を三つ空中に作りだし、魔法陣に勢いよく突き刺した。とたん魔法陣の光が消えて、空中の霧も薄くなっていく。
ほっと息をついたのもつかの間、めまいを覚えてふらっとした。
――ん? んん? そういえばカリュディヒトスの得意魔法って……。
急いで自分のステータスを表示してみると、ゲームで見たことのある紫色のマークが名前の横に増えていた。毒状態を示すアイコンだ。
「げ」
考えるまでもなく紫の霧のせいだろう。倒れている人たちもたぶん毒状態になっている。
カルラに毒消し草をもらったことを思い出し、急いで鞄を開けた。けれど私が持っている毒消し草は一つだけ。足りるわけがない。でも司祭なら魔法か何かで解毒できるはずだ。私が自分に使うより、誰かを起こして皆を助けてもらう方がいい。
――ええと、誰を起こせばいい?
もう一度教会内を見回して、中央の祭壇の前に、一人だけ真っ白な衣服をまとった女性が倒れていることに気がついた。銀色の長い髪が床に広がり落ちている。女性に駆け寄ってみると、真っ青な顔で苦しげな息を吐いていた。
――この人が、聖女?
その女性は少女と大人の境界くらいの年齢に見えた。髪もまつ毛も綺麗な銀髪で、整った顔立ちに一瞬見とれそうになる。
銀髪の、女神に似た儚げな雰囲気の美人さん。
カルラから聞いた聖女の特徴そのままだ。大人の男性ばかりの聖職者より、まだ若い聖女の方がレベルも低いだろうし、先に治療したほうがいいような気がする。
それに聖職者より聖女の方がまだ話を聞いてくれる可能性はある。聖女なら解毒魔法も使えると信じよう。どのみち聖職者全員が解毒魔法を使える保証もないのだし、誰に毒消し草を使うにしても賭けだ。
「……よし」
毒消し草を彼女に使おうと心に決め、はたと気が付いた。毒消し草の使い方なんて知らない。薬みたいなものだろうし、食べさせればいいのかな? でも、意識のない人にどうやって食べさせればいいんだろう??
鞄を探って通信用の魔道具を慌てて取り出した。鳴らしてみると、すぐに返事をくれたのはユラだった。
「ユラ、毒消し草ってどう使うの?」
『食べてください。だいぶ苦いです。……あの、毒って何ですか? 長は大丈夫ですか?』
「カルラは、わかんない。カリュディヒトスとどこかに転移しちゃった」
『探しに行きます』
「あっちょっと待って!」
ユラも毒消し草を持っていたら分けてほしいと頼みたかったけれど、通信はぷつっと切れてしまった。
そういえばカルラも紫の霧を吸い込んだはずだ。大丈夫かなと不安になったけれど、この間見せてもらったステータスに書かれていたカルラの体力は私よりかなり高かったし、そう簡単にゼロにはならないはずだ。ユラが探してくれるというなら任せよう。
私はこの目の前の人たちを何とかしなきゃ。毒消し草を女性の口に押し込んでみる。女性は不快そうに眉を寄せ、べっ、と舌で毒消し草を押し出した。
「いや食べて! 気持ちはわかるけどそのままだと死ぬよ!?」
だいぶ苦いとユラが言っていたし、何より意識のない状態で口に物を突っ込まれたら吐き出して当然だ。けれど今はそれじゃ困る。無理やり女性の口をこじ開けると、毒消し草を今度は丸ごと押し込んだ。また舌で押し出される前に口を閉じさせる。
ちょっと暴れられたけれど、私の力が人間の女性に負けるわけない。しばらく口が開かないように固定していたら、女性はごくんと口の中のものを飲み込んだ。
真っ青だった女性の顔色が、少しずつ良くなっていく。薬の効果がそんなにすぐ出る? と不思議だったけれど、ここはゲームの世界だったと思い直した。ゲームではアイテムの効果は使った瞬間に出る。だからこの世界ではこれが普通なんだろう。違和感はあるけれど。
女性の息が正常に変わったことを確認し、怪我をさせないようにそおっと揺すってみた。
「起きて。ねえ、起きてってば。司祭さまたちが大変なの!」
「………………」
何度揺すっても女性は目を開けてくれない。毒に体力を削られすぎたのかなと不安になってきたところで、女性がごろんと寝返りを打った。
「……ぐう」
「まさか寝てる? この状況で!?」
いったい何の冗談だと目を見開いたけれど、何度確認しても女性の呼吸は正常だし、むしろ健やかな寝息にしか聞こえなかった。むにゃむにゃとか言い始めた。
寝てる。絶対寝てる。
この状況で寝続けるなんて意味がわからない。大丈夫かこの聖女!?
「起きてってば!」
もう一度女性を揺すった瞬間、外から複数の悲鳴が聞こえてきた。
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