07-03 ルシアとお出かけ(2)
ルシアが案内してくれたのは、女性向けの小さなカフェだった。人が多いせいで席はほぼ埋まっていたし、店の外に並んでいる人もいたけれど、するっと入れた。昼のうちにルシアが席の予約をしてくれていたらしい。
「準備いいね、ルシア……」
席に座りながら目を瞬くと、ルシアは得意げにえへんと胸を張った。
「でしょう? お母さんがね、短い時間しか遊べないならちゃんと準備しときなさいって言ってたの。屋内で会うならカフェがいいんじゃないかって、このお店も一緒に探してくれたんだよ。予約時間が終わる頃に迎えに来てくれるって言ってた」
カフェでおしゃべりなんて大人っぽい提案だと思っていたら、正真正銘、大人からの提案だった。ゆっくり話す時間を確保するだけでなく、ルシアの居所を把握しておくという意図もあるんだろう。
「できるお母さんだ」
「そうなの」
二人で顔を見合わせてふふっと笑ってから、お互いメニューに視線を落とした。コーヒーや紅茶、ジュースの他に、ケーキやクッキーなども並んでいる。値段も子供にはちょっと高く感じるけれど、少し背伸びをすれば手が届くラインだ。
カルラにお小遣いももらったし、私はアイスティーとクッキーを注文することにした。クッキーなら二人で分けられるから。
「ねえルシア、今住んでる家はここから近いの?」
「うん、割と近いよ。乗り合いの馬車で四日だった」
「ふうん……ルシアの家はアルカディア王国の北のほうってこと?」
「そう」
聖女伝説では、ルシアはトロノチア王国とアルカディア王国の国境近くの孤児院に引き取られていた。私がルシアの住んでいた町を守ったことでルシアが孤児になることはなかったけれど、住む町は変わっていないのかもしれない。
ってことは、トロノチア王国の王子であるアルバートがアルカディア王国の首都に向かう途中でルシアの町の近くの森を通る、というゲーム序盤のイベントも発生するんだろうか。
ちょっと気になったけれど、ゲームが始まるのはルシアが十六歳になってからだ。まだまだ早い。
「魔族は出てない?」
「うん、わたしの町は平和だよ」
「そっか、よかった」
ほっと胸をなでおろしていたら、ルシアが「ディアはどうしてたの?」と聞き返してきたことで、私は言葉に詰まってしまった。アルカディア王国でリドーや魔族と戦ったり、キルナス王国で変な化け物と戦ったり、五天魔将になったり、いろいろあった。でもとても話せない。
話せることがあるとしたら、ええと……。
ちょうど注文した飲み物とクッキーが来たので、受け取る間に何か話せることはないかと考えた。
「あ、そうだ。アルカディア王国の首都の本屋さんに行ったよ。すごく大きかった」
「そうなの? どれくらい?」
少しだけ体を前に倒してきたルシアにつられるように、私もちょっと前に出る。さすが首都一番の書店というだけあってとても広かったこと、品揃えもよかったこと、物語の中のダンスホールみたいな階段があったことなど思いつくまま喋った。ルシアはまた「へえー、それで?」とか「いいなあ」とかいい反応をしながら聞いてくれたので、私は気分よく語りきった。
調子に乗った私は、他の聖職者に見つからないようニコルが助けてくれた話までしてしまい、ルシアの「なんで見つかっちゃいけないの?」という質問を受けた。
「あっ、それはその……ほら……あの人たち魔力が見えるから……」
どうして私はいつも口が滑ってしまうんだろう。沈黙は金なり、って何度考えたかわからない。魔族や聖職者という単語を避けて小声で説明すると、ルシアは、
「そっかあ。ディアの魔力って変わってるもんねえ」
と頷いた。そうそう、よくは知らないけど魔族と人は違うらしいんだよね、とまた口が滑りかけたのをギリギリのところで耐える。
……ん?
当然のような口調だったから流しかけたけれど、ルシアは今なんて言った?
「えっ、えっ、ルシアには魔力が見えてるの?」
「うん。ディアには見えないの?」
「見えないよ!?」
つい声が大きくなってしまい、慌てて周りを見回した。周囲はざわついていて、誰も私たちのことを見てはいない。ほっと息をついてから、ルシアに視線を戻す。ルシアは「ディアにも見えないんだー」と驚くでもなく自分のジュースを飲んだ。
「どんなふうに見えてるの?」
「何ていうか、赤と黒がモワモワーってしてる感じ?」
モワモワって何だと思ったけれど、聞いても「モワモワはモワモワだよ」というふわっとした笑顔しか返ってこなかった。うん、何もわからない。
でもニコルも私の魔力は深紅と黒だと言っていたし、それとは一致している。ルシアが聖女なら魔力が見えることも聖女補正かと納得できる。でも聖女は別にいるのに、どうしてルシアに魔力が見えるんだろう?
「あっ、魔力で思い出した。わたし、レベルが十一に上がったよ」
「え!?」
目を見開いた私に、ルシアがにこにこしながらステータス画面を見せてくれた。確かにレベルが十一に上がっている。以前ルシアに会ったとき、私が兎を倒したせいでルシアのレベルが上がったけれど、その時は八だったはずだ。
ゲーム開始時点では一だったはずのレベルがもう十一。ニコルもルシアも少しずつゲームからずれていってる気がする。
「今住んでる町の周りでね、スライムやウサギを倒してたら上がったんだよ」
「へえー……」
ゲームでは、レベル一のルシアはトゥーリやアルバートと一緒じゃないと周囲の敵なんて倒せなかった。でもレベルが八に上がったことで、一人でも倒せるようになっちゃったのかな。
「ディアのアドバイスどおり、魔力も上げてるよ」
「ん? もしかして、ずっとボーナスポイントを魔力に振ってる?」
「うん」
「えっ!?」
あらためてルシアのステータスを見直してみると、確かにまだ全体的に低いパラメーターの中で、魔力だけが頭一つ抜けている。前にルシアのレベルが上がったとき、魔力にボーナスポイントを振るのがオススメだとは言った。けれどそれは最初は魔力のほうがいいというだけであって、ずっと魔力に振ればいいという意味ではなかった。
「そ、そろそろ別のステータスにも振ったほうがいいんじゃないかな」
「そうなの? うーん、たとえば?」
「私がルシアなら、防御力か精神力に振るかなー」
腕を組みながら、うーんと首をひねった。私はルシアをほぼサブ魔法使いとして使っていた。ニコル一人では回復が間に合わない時だけサブヒーラーにもしていた。なので魔法攻撃力にも回復力にも影響する精神力は上げておきたい。
ただ、防御もある程度は上げておかないと、ルシアが敵からのダメージを食らいすぎて、ニコルの回復が追いつかなくなる。もちろんボーナスポイントが無限にあれば全パラメータに振りたいけど、そういうわけにもいかないし……。
そんなことを考えながらうなっていたら、ルシアが「そっか」と言ってふわっと笑った。
「じゃあ、次は精神力か防御力に振るね」
「待って私のこと信じすぎじゃない? 私がルシアを弱く育てたい悪い人だったらどうするの!?」
もちろんルシアをどうこうする気はないけれど、私は魔族だし、ゲームなら私たちはヒロインとラスボスという天敵だった。そんな私の言葉をあっさり信じられると不安になる。けれど私の気持ちなど一切伝わっていないのか、ルシアは「ディアは悪い人じゃないでしょ?」とにこにこしている。
「わたしね、自分に何が向いてるのかも、何をしたいのかもまだわからないけど、ディアがわたしのことを一生懸命考えて言ってくれてるのはわかるよ。だから信じるよ」
「いや……いや、あのね、一生懸命考えてたって、間違うこともルシアの希望に沿わないこともあるんだからね」
「そうだねえ」
違ったらその時考えるよ、というルシアの言葉を聞いていると、やっぱり不安になった。なぜだろう、向けられている信頼が大きすぎる。
気にはなったけれど、
「そういえば、アルカディア王国の本屋さんで何かいい本あった? 面白い本があったら教えてよ」
急にそんな話題を振られ、私の気は完全にそれた。そういえばルシアとは本について語り合いたいと思っていたんだった。
「ルシアはどんな話が好き?」
「わたしは面白ければ何でも好きだよ」
「いやほら、恋愛モノが好きとか、冒険モノが好きとか、王子様の出てくる物語がいいとか、ジャンルの好みはない? ……あっ、幼なじみ同士の恋愛モノとかどう!?」
「全部読むよー。どれも面白いよねえ」
いくらなんでもジャンルの好みくらいはあるだろうよ。そう思ってこれまで読んだ好きな本を聞いてみたけれど、ルシアは本当に雑食だった。大人向けの難しいミステリーは手に取らないけれど、恋愛モノも冒険モノもホラーも何でも読むらしい。登場人物の属性も重視はしないようだ。
守備範囲が広すぎないかと思う一方で、この〝何でも好き〟があるからこそ個性のバラバラな攻略対象たちと恋愛できるのかもしれないとも思った。
「何でもって言われると逆に何をおすすめするか迷うなあ。最近気に入った本だと、〝アリストリアの獅子〟って本は知ってる? 騎士の出てくるお話」
「知らない。どんな話?」
「ええとね――」
フィオネがすすめてくれた本のことを話しながら、フィオネとルシアも仲良くなれそうな気がした。
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