07-03 ルシアとお出かけ(1)


 駄目と言われるつもりで、友達に祭に誘われたとカルラに話したところ、なんと許可が降りた。


 もちろん祭の当日ではなく明日の夕方、空が赤く染まるごく短い時間だけ。教会に近い中央通りは通らない、できれば屋内の店に入る、などの細かい条件はついた。それでも許可自体は出た。


「えっ、本当にいいの?」


 戸惑いながらそう尋ねるとカルラは、


「だってお嬢、あんたザムドの坊主しか友達おらんかったやん。友達できたなら大事にせえや。人間の友達になんかそうそう会われへんぞ」


 と言って私の頭をぽんと叩く。確かにディアドラの友達なんてザムド一人だったけれど、私はルシアともフィオネとも友達になった。リーナやレナと本の話をすることだってある。サーシャとだって仲良しだ。まあそれでも少ないかもしれないけど……。


 待ち合わせの時間と場所を書いた手紙を、ルシアの泊まっている宿にユラが届けてくれた。こちらの宿は書かなかったので返事は受け取れないけれど、ルシアなら来てくれるだろう。いつでも私の都合に合わせてくれると言っていたし。


 翌日の夕方までは宿の部屋で過ごした。太陽が傾き始めたのを窓から確認し、そろそろ出るかと帽子をかぶって鞄を手に持った私をカルラが呼び止める。


「お嬢、そういえばアイテム持ってる? 薬草は? 毒消し草は?」


「えっ……ない」


 荷物なんて財布とハンカチくらいでいいと思っていたから、何も持っていない。でもカルラは「じゃあこれ持っとけ」と言って自分の鞄から薬草や毒消し草を取り出し、私の鞄に詰めてくる。ついでにお小遣いまでくれた。


 なんか、お母さんみたいだな、カルラ……。カルラは自分の里では、子供たちに対してこんな感じなんだろうか。


「私、里の子じゃないよ」


 そう指摘すると、カルラは「あっ、せやったな」とはっとしたように頭を掻いた。


「すまん、つい癖で。でもまあええやん、あんたも姪っ子みたいなもんやし。似たようなもんやろ」


 いやだいぶ違うと思う。カルラの親戚になった覚えはない。でもまあ、ザークシードの家族やジュリアスといると、みんな親戚みたいな感覚になるのはわかる。小さい頃から知っているせいかもしれない。


「じゃあもらっとくけど、カルラのアイテムは足りる?」


「うちは街に出るついでに買い足すわ。気にすんな」


 ちょっと気になったけれど、私のお小遣いは限られているし、これだけ大きな街で薬草や毒消し草が売っていないわけがない。カルラが買い足すというならそれに甘えよう。


 宿の外に出ると、街はもう黄色く染まっていた。


 私が待ち合わせに指定したのは、昨日ルシアと話をした細い路地だ。あのときは適当に入っただけだったけれど、屋台と屋台の合間にあるし、外からは見えづらい。ただ、ルシアが先に来ちゃうと危ないなと言ったら、カルラがユラに先に出て見張っといてと指示を出してくれた。


 そこまでしてルシアとの時間を確保してくれなくてもいいんだけどなあ。でも、やっぱりどうして聖女じゃないのかと気にはなるので、私はルシアともう一度会うことにした。


「あっディア!」


 ちょっと早めに来たつもりだったけれど、ルシアは先に待っていてくれた。高く上げた手を振ってくるルシアを見ているとザムドを思い出した。無邪気に寄ってくるところが似ている。


「ごめん、お待たせ」


「へへ、待ちきれなくて早く来ちゃった。暗くなるまでだよね? ディアは行きたいところはある?」


「特にはないけど、手紙にも書いたとおり、中央通りは行けないし、屋内の店に入れると助かるかな」


「うん、じゃあね、カフェでおしゃべりしない? あっちに可愛いお店があったんだ」


 カフェでおしゃべりなんて、まだ十代前半のルシアにしては大人っぽい提案が出てきた。驚きを感じつつ、「いいよ」と返しておく。カフェならたぶん屋内だし、私もルシアに聞きたいことはたくさんある。


 ルシアが大通りに目を移したので視線を追うと、少し離れたところにルシアのお母さんが見えた。そちらに手を振ったルシアの横で、私もぺこりと頭を下げる。


「よし、じゃあ行こう!」


 ルシアは私の手をぱっと握ると、軽くそれを引いてきた。ルシアが当然のように手を繋いできたことにびっくりする一方で、


 ――なぜそれをトゥーリとやらない!?


 と、釈然としない気持ちになった。昨日ルシアとトゥーリを見かけたときは、あんなにトゥーリが手を繋ごうとして失敗していたのに。そういえばナターシア近くの町でルシアに会ったときも、ルシアは私の手を引いていた。


「ねえ、手を繋ぐ必要ある?」


 おずおずと聞いてみると、


「あるよ。人が多いからはぐれちゃうよ」


 そう返ってきて、じゃあどうしてトゥーリとは繋がなかったんだ、とやっぱり納得いかない気持ちになった。


 しかもルシアが、


「わたしのほうがお姉さんだからね。ちゃんとついて来るんだよ」


 と笑顔で続けてきたことで、さらに釈然としない気持ちが増した。もしかしたらディアドラの体はルシアより年下かもしれないけれど、たぶんそんなに違わない。何より私は日本では二十歳だった。


「ルシアは何歳なの?」


「わたしは十三歳だよ。ディアは?」


「……十二」


「やっぱり私のほうがお姉さんでしょ?」


「もっ、もうすぐ十三歳だもん」


「わたしももうすぐ十四だよ」


「……ぐ」


 な、なんか悔しい! 年齢差なんて縮められるものではないけれど、ないけれど……どうして私のほうが年下なんだろう。


 待ち合わせに使った路地を、中央通りとは逆の方向に抜ける。中央通りからは二本逸れたのに、まだ屋台や露天がたくさん並んでいた。人通りも多い。聖職者らしき人が歩いていないことを確認しつつ、ルシアの後ろをついて歩く。少し歩いたところで、ルシアが露天の前で立ち止まった。


「うわーっ、可愛いねえ」


 ルシアが目を留めたのはアクセサリーの露天だった。石畳に敷かれた布の上に、ペンダントや指輪、髪飾りがたくさん並んでいる。目を輝かせながらその場にしゃがんだルシアの横で、私も同じように身をかがめた。


 色とりどりのアクセサリーを眺めていると、久しぶりに日本のことを思い出した。こういう露天で買い物することはあまりなかったけれど、ショッピングモールの雑貨屋でアクセサリーを眺めるのは好きだった。推しに似合いそうだな、という妄想がはかどるから。


 ――お父様にお土産でも買おうかな?


 お父様がアクセサリーをつけているところなんて見たことはないけれど、そもそもナターシアにアクセサリーショップなんてあるのかな?


 店があったらお父様は一つくらい何かつけるかな、と想像してみたけれど、たぶんつけないな、と思い直した。お父様は余分なものは持たない人だ。うーん、でも、シルバーのネックレスとか似合いそうだな……。並んでいるアクセサリーの値段はそれほど高くない。私のお小遣いでも一つくらいなら買えそうだ。


 私は店主に聞いてみることにした。


「ねえ、このアクセサリーには特別な効果はついてるの?」


「いやー、特にないね」


「そっか……」


 せっかくゲームの世界にいるのだし、どうせプレゼントするなら何か効果のついたもののほうがいいかなあ。でも私のお小遣いは少ないし、何の効果もないアクセサリーくらいしか買えないかもしれない。


 うーんとうなっていた私の横で、ルシアが「これください」と何かを店員に渡した。ルシアの手から細いチェーンが垂れ下がっているのが見えたから、きっとネックレスだろう。さて私はどうしよう。迷ってみたけれど結局決められず、諦めて立ち上がった。


「何も買わなくていいの?」


「うん。決められないから、もうちょっと考える」


「そっか」


 ルシアも同じように立ち上がると、私のほうに片手を差し出してきた。開かれた手の平には、二つのペンダントがあった。二つとも同じもの。赤とピンクの石で作られた花がチェーンの先端についている。


 きょとんとした私に、ルシアが片方を渡してきた。


「はい、プレゼント。お揃いでつけようよ」


「えっいいの?」


「うん。つけていい? 後ろ向いて」


 言われるがままくるりと背を向けた私の首に、ルシアがペンダントをつけてくれた。お返しに私も彼女につけてあげた。ルシアはペンダントと私を見比べてから、満足げな笑顔になる。


「うん、やっぱり可愛いねえ。似合うよ」


「ありがと……」


 ちらっと自分の首元で光るペンダントを見てからルシアに目を移すと、同じものがそこにはあって、なんだか心がむずむずした。こんなふうに女友達と遊ぶのなんていつぶりだろう。昔、友達とお揃いのストラップを通学カバンにつけていたことならある。もうずっと前、まだ中学生だった頃の話だ。


 ――赤とピンクなんて、お互いの髪の色かな。


 互いの髪の色のアクセサリーを揃いで持つなんていう乙女ゲームっぽいことは、できればトゥーリとやってほしかった。これじゃあ私がルシアに攻略されているみたいじゃないか。


 そう思う一方で、つい私の顔はゆるんでしまった。


「ルシアも可愛いよ」


「ほんと? やったね。さ、カフェに行こ!」


「うん」


 ルシアがまた私の手を引いたので、今度は大人しく従った。



   ◇

 


『長、中央の教会を観察できそうな物陰を見つけました。細い路地の上方の窓に、小さな屋根がついています。一人なら乗れます』


「ありがと。あとはパレードをこっそり見られそうなポイントを二箇所くらい探してくれるか」


『はい』


 カルラは通信用の魔道具から聞こえてくるユラの声を聞きながら、ディアドラとピンク髪の少女が小さな店に入っていくのを物陰から眺めた。店の中はわからないが、少なくとも周囲に聖職者らしき人間は見つけられない。ディアドラたちが入っていった店の入り口をしばらく見張っていればよさそうに思えた。


『長、そっちの警戒は手伝わなくていいですか?』


「かまへん。ユラは予定どおり自分の仕事してくれたらええわ。付き合わせて悪かったな」


『別にそれはええですけど……気をつけてくださいね。長、かくれんぼは下手なんですから』


 真面目な声で〝かくれんぼ〟なんて言われたせいで、ついカルラは笑ってしまった。里にいた頃は子供たちの鬼ごっこやかくれんぼの相手をしてやることも多かったカルラだが、かくれんぼではすぐ見つかることが多かった。理由はわかっている。背が高い上、オレンジ色の髪はどうしたって目立つのだ。


 一方ユラは、かくれんぼの得意な子供だった。なぜかだいたい最後まで見つけられず、カルラがギブアップを宣言したことも一度や二度ではない。


「ユラからしたら、自分以外全員下手に見えるやろ。ちゃんと隠れとくって」


 苦笑気味にそう返すと、無言で通信が切れた。カルラは魔道具を鞄に戻すと、また周囲の様子を伺う。


 ディアドラが偶然会った友達に誘われたと聞いた時、さすがに聖都ではやめておけと却下してもよかった。それでも行かせてやりたいと考えてしまったのは、自分の感傷のせいなのだろうとカルラは思っている。


 ナターシアにカルラが戻るのはせいぜい月に一度だ。ナターシアに戻ったからといって毎回友人に会いにいくようなこともしていない。


 フィオデルフィアでやるべきことは多いし、ナターシアに戻ってやりたいことが具体的にあるかというとそうでもない。ただ、サフィリアやシリクスが死んだと聞かされたとき、少しだけ思ってしまったのだ――もっと会いに行っておけばよかったかな、と。


 だからディアドラの話を聞いて、めったに会えない友人に会う機会があるなら時間を取ってやりたいと思った。どうせいつかは、何らかの形で別れが来るのだから。それに友達と手を繋いで楽しそうな笑顔を浮かべるディアドラを見たら、まあこんな時間があってもいいかという気がした。



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