07-02 聖都ユリアンナート(3)


 カルラのお説教は長かった。


 しかもその内容は、一人で出かけるなとかどうしても出る用があるなら起こせとか、そういう今回の話に限らなかった。二年前に私が一人でルシアの住んでいた町に行ったときのことや、私がこの体の中で目覚める前の話まで一緒に怒られた。え、今それ関係ある? とは思ったけれど、カルラの剣幕が激しすぎて口を挟めなかった。


 途中でユラが「長、声量だけ下げてください」と声をかけてきて、ほんの少しだけボリュームは下がったけれど、それだけだった。


 これいつ終わるんだろう。だんだん集中力を保てなくなってきたところで、りん、と鈴に似た小さな音が何度か鳴った。


 喋り続けていたカルラがようやく口を閉じて部屋を見回す。私もつられて音の出所を探すと、それはカルラの小さな鞄から鳴っていた。カルラは鞄を開けて水晶みたいな細長い何かを取り出した。


「うちやけど。どないしたん?」


 細長い水晶みたいな何かに向かってカルラが話し始めた。どうやらあれは通信用の魔道具らしい。ナターシアを出るときにお父様から渡されたのはビー玉みたいな球体だったから、また形が違う。


 ジュリアスが見せてくれた魔道具も蓮の花の形だったし、通信用の魔道具は事前にペアリングが必要だと聞いたし、誰との通信機かわかるようにいろんな形にしてあるのもしれない。


 誰か知らないけど助かった、とほっと息をつく。疲れを感じてベッドに倒れこんだけれど、


『そろそろ聖都で祭が行われる時期ですので、迂闊なことはしないでくださいねと釘を刺しておこうかと思いまして』


 通信機から聞こえてきたのがニコルの声だったので、私はがばっと起き上がった。


 カルラからニコルに通信機を渡したということは馬車の中で聞いたけれど、リドーの情報が入ったら連絡をもらうくらいだと言っていた。でも聞こえてきたのはリドーとは関係のない話だったし、やっぱり仲良くなってない!?


「別に何もせんよ。様子見のために聖都には来たけど、魔族が出んかったらそのまま帰るで」


『はあ!? あなた聖都にいるんですか!?』


「え、うん。こんなご時世やのにめっちゃ人多くてびっくりやわ」


『そんな感想はどうでもいいです。何考えてるんですか! 聖都ですよ!? 聖職者だらけですよ!?』


「知ってるけど……」


 カルラが困ったような表情を浮かべて頭をかく。通信機の向こうが急に静かになったと思ったら、今度は別の人の声が聞こえてきた。


『こんにちは、お姉さん。ニコルが興奮してるからちょっと代わるね。結構な厳戒態勢だと思うんだけど、よく入れたね』


「うーん、まあ、高うついたわ」


 ニコルと一緒にいるのは誰だろう? ゲームにそんなキャラ、いたっけ? 聞き覚えのない声の主は、まだ若そうな男の人だ。


 ゲームでルシアがニコルに最初に会ったとき、ニコルは一人だったような――いや、誰かいたか? 立ち絵はなかったけれど、ニコルは連れがいるようなことを言っていたような気もする。ただ、記憶が怪しいので自信はない。


「なあ兄ちゃん、暗くなったら外の様子見に出ようと思とるんやけど、あんたらみたいな奴らに見つからずに街全体を見回せるような場所ってない? 時計塔には入れる?」


『えー、それ俺に聞いちゃう? 俺、やる気はないけど一応司祭なんだよ』


「やる気ないならええやんか」


 カルラは当たり前のように会話を続けているけれど、私はびっくりした。どうしてカルラは別の司祭とも仲良くなっているんだろう? ユラに視線を向けてみても、ユラが驚いている様子はない。ユラは無表情でカルラを見つめている。


『ま、いっか。街を見回すなら時計塔の上はオススメだよ。景色もいいし、下からは見にくいし、俺はよくサボりたいときに使ってた。けど、夜になると何も見えないよ』


「司祭がサボんなや」


『教えてあげたんだから見逃してよ。地図ある? 教会の前や人の多いところを通らなくていいルートと、時計塔の鍵の場所を教えてあげる。俺のサボり用の情報だから、内緒だよ』


 通信機の向こうの声は穏やかで楽しげだ。司祭たちは魔族を一律敵だと考えているのかと思っていたけれど、声の主は友好的だった。こんな聖職者もいるんだな。カルラがユラに手招きをして、二人は一緒に地図を覗き込みながら〝兄ちゃん〟さんの説明を聞いていた。


『ただ、夜はねー、よく見えない割に目立つからやめたほうがいいかも』


「なんで?」


『俺たちが見てる魔力ってうっすら光ってるからさ、暗い方がよく見えるんだよね。お姉さんの色はオレンジと黒だから、夕方か朝方が一番目立たなさそう。前に会ったときに一緒にいた男の人は深い青と黒だから多少夜に動いてもいいかな。俺とニコルに林の中で声かけてきた茶髪のお姉さんは、オレンジ寄りの黄色と黒だから、やっぱり夕方か朝方がいいと思うよ』


「へえ……」


 魔力に色があるなんて初めて聞いた。カルラもユラも目を丸くしているところを見ると、私と同じく知らなかったようだ。


「なんでそんなこと教えてくれんの?」


『お姉さんたちが美人だから特別。今ので俺の好感度、爆上げしたでしょ?』


 笑みを含んだ声が聞こえてきて、私とカルラはそれぞれ苦笑を浮かべながら顔を見合わせた。〝兄ちゃん〟さんは通信機の向こうでウインクでもしていそうだ。


 カルラが通信機に視線を戻す。


「最後の発言で、せっかく上がった好感度がただ下がりしたけどな」


『えーっ、そんなあ』


 今度はあからさまにしょんぼりした声がして、つい笑ってしまった。悪い人ではなさそうだ。だいぶチャラいけど。


「ニコルさあ、お嬢の魔力の色も教えてくれへん?」


『……まさかディアドラも一緒なんですか?』


 やや間があって、声がニコルに変わった。向こうの状況はわからないけれど、魔道具を二人で順に持っているのかもしれない。


『深紅と黒ですよ。どの時間帯を選んでもだいたい目立ちます。せいぜい夕方の短い時間ですね。ディアドラは極力外に出さないように……じゃなくて! あなた方全員、建物の中で大人しくしていなさい!』


 ニコルは相変わらず怒っているようだ。赤かあ、と自分の魔力の色を想像してみる。この髪と同じかなと、くせっ毛を指にくるくる巻いてみた。当たり前だけれど髪を眺めてみたところでわかるわけがなかった。


 建物の中にいろってことは、建物の中にいれば外からは魔力は見えないということでいいんだろうか? この街に入る時も、商人の馬車に隠れていたらバレなかったし、障害物があれば大丈夫なのかもしれない。


『そもそもその祭りは――ああもう、とにかく僕らも行きますから! いいですか、それまで余計なことはしないでくださいね!!』


「……ん? ニコルも来んの?」


 カルラがぽかんとしたけれど、ニコルの声は返ってこなかった。代わりに少しの間のあとに、〝兄ちゃん〟さんの笑い声が聞こえてきた。


『行くらしいよ。ニコルって面白いでしょ。俺たちも近くにはいるけど、今から出て祭に間に合うかなあ』


「面白いけど……ようわからん。あんたら、祭りは不参加とちゃうかったん?」


『んー。ニコルは魔王に好意的だとか勝手が過ぎるとか言われて中央からは睨まれてるから、俺たちは呼ばれてないんだよ。慈愛の聖者とか呼ばれて人気が出てきてるのも、面白く思わない人はまあいるよね。本人は気にしてなさそうだけど』


 ――ん?


 何か変だぞ、と考えながらカルラの手の中の通信機を見つめた。ゲームのニコルにそんな設定はなかった。確かに慈愛の聖者とは呼ばれていたけれど、教皇との関係は良好だったはずだ。そもそもニコルがお父様に好意的? どこが? 何の誤解だ??


「えっ、何それ、どういうこと?」


 目を瞬いたけれど、カルラはちらっと私を見ただけだった。


『まあ別に、来るなとまでは言われてないからいいんじゃない? 俺もそろそろニコルに怒られそうだから準備するね。捕まられると面倒くさいから、ほんと気をつけてよね。助けてって言われても、俺は頑張らないよ。じゃあね』


 その挨拶を最後に静かになって、カルラが魔道具を片付けた。私がもう一度「今の話ってどういうこと?」と問いを重ねると、カルラも首を傾げながら自分のベッドに座った。


「うちもよう知らんけど、前にグリードはんとニコルが会うたことあったやん? ニコルは事実だけ書いた報告書を出したらしいんやけど、上からは〝魔王に好意的〟って受け取られた、みたいなことを兄ちゃんが言うてた」


「へえ……」


 ニコルが書いたという報告書は、一体どんな内容だったんだろう。でもきっとお父様は過去の魔王とは全然違うんだろうし、事実しか書いていないのだとしても、話だけ聞かされて〝そんなわけあるか!〟と考えてしまう人間がいても不思議はない。不思議はないけれど、私のお父様は本当に素敵な人なんだからね、と少しイラっとした。


「あと、キルナス王国に手紙を届けてくれたのもニコルやねんけど、それも上に睨まれてるらしいわ」


「えっあれニコルだったの!?」


「せやで」


 カルラの伝手で手紙を届けてもらったと聞いたとき、確かにニコルのことを思い浮かべはした。けれど女王陛下が〝青年〟と表現したから別人だと思っていた。それはつまり、キルナス王国の女王陛下がニコルの年齢を知っていたということになるわけで、それはそれで気になる。


 カルラは腕を組んで首をひねった。


「手紙はうちが頼んだことやし、若干責任を感じないでもないけど、かといって何もできへんしなあ」


「うーん、そっか……」


 私はベッドにごろんと転がって、天井を眺めた。この世界で私が目覚めてからいろいろあって、基本的にはいい方向に向かっているような気がしていた。けれどもしかして、そのしわ寄せがニコルに向かっているんだろうか? そんなことってある?


 かといって魔族である私たちがニコルにしてあげられることなんて思いつかない。せいぜい、できるだけ早くリドーとカリュディヒトスをどうにかするとか、ナターシアを結界で閉じるとか、それくらいだ。今やろうとしていることと何も変わらない。


 うーん、とうなりながら、私はごろんと寝返りを打った。



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