07-02 聖都ユリアンナート(2)


 近づいてみると、やっぱり窓から見えたのはルシアとトゥーリで間違いなかった。二人は道に並んだ屋台や露天をゆっくり見回っている。トゥーリがそろっとルシアの手を握ろうとして、ルシアが全く気づかずに行ってしまう、ということを何度か繰り返していた。


 ――手はしれっと、ぱぱっと握るんだよ。もう! 頑張ってトゥーリ!!


 人と人の隙間からちらちら見ながら少しだけ待ってみたけれど、全然手を握ってくれなかったので諦めた。まあ手をしれっと握るだけの積極性がトゥーリにあれば、ゲームが始まる前に二人はくっついていただろう。


「ルシア!」


 建物の間の細い道に身を隠し、ルシアを呼んでみる。人が多くてざわついているし、ルシアには聞こえていないようだ。聖職者に会いませんように、と祈りながら通りに出て、もう一度ルシアの名前を呼びながら彼女の手首をつかんだ。


「ルシアだよね!?」


「ディア!?」


 目を丸くしたルシアは、すぐにぱあっと笑顔になると「わー! 久しぶりだねえ!」と言いながら抱きついてくる。横にいたトゥーリが面白くなさそうに私を軽く睨んできたけれど、だから私に嫉妬されても困るんだってば、と心の中で返した。


 周りを見回して誰も私に注目していないことを確認してから、手招きしてルシアと狭い路地に入る。もちろんトゥーリもついてきた。


「どうしたの?」


 ルシアはきょとんと首を傾げながらも、素直についてきてくれた。少し不安そうな顔をしているのはトゥーリだけだ。私が魔族だってことをルシアは知っているのだし、もう少し警戒してほしい――あ、いや、本当に警戒されると困るけど。


「ねえルシア、どうして聖都にいるの?」


 あなた聖女じゃなかったの!? ――とは言えなかったので、そう聞くしかなかった。


「家族で旅行に来たんだよ。トゥーリの家族も一緒なの。ディアは?」


「えっ。う、うん、私も観光だよ」


 一瞬目をそらしてしまってから、どうにか笑顔で取りつくろう。家族旅行ということは、やっぱり覚醒したという聖女とルシアは関係ないようだ。


 聖女は儚げな雰囲気の美人らしいし、ルシアとはイメージが合わないとは思っていた。でも本当に違うんだと知ると、なんだか肩透かしを食った気分になった。


 聖女って変わるんだ……?


 私がこの世界に来たことやお父様が死なずに魔王を続けていることで、変化が生じているんだろうか。お父様はまだ生きているし、キルナス王国も滅んでいないし、ゲームよりは今のほうがいいとは思う。でも私にとってはいいことだってだけで、実は他の人にとってはよくないという可能性もあるのかな。


 気にはなったけれど、考えてもわからないことで悩むのはやめにした。


「ねえディア。お祭り、一緒に回ろうよ。今からでもいいよ!」


「えっ」


 ルシアに手を握られた私は、思わずちらっとトゥーリを見た。トゥーリはとても不安げな表情を浮かべている。


 ――だよね! トゥーリにとってはデート中だもんね!


 まあルシアにとっては〝友達と遊んでいる〟以上でも以下でもないんだろうけれど。でなければ私を誘うわけない。私はそっとルシアの手を外した。


「ごめん、私もう帰らなきゃ」


「えーっ! じゃあ、いつならいい? 三日後の本祭はどう? 他の日でもいいよ。わたし、いつでもディアの都合に合わせるよ。二人で遊ぼうよ」


 せっかく外した手をルシアがまた握ってきた。じっと見つめられ、つい身を引いてしまう。前に会ったときもそうだったけれど、ルシアはどうしてこんなにグイグイくるんだろう。この積極性をどうしてゲームではトゥーリや他の攻略対象に発揮してくれなかったんだろう。


 お祭でデートなんて、乙女ゲームならベタすぎるくらいお約束のイベントなのに、なぜそこで私を誘うんだ? 私を誘ってもディアドラルートなんかないからな? ……、全クリはしてないから、たぶんない、としか言えないけど。


 っていうか、どうして私は自分がルシアに攻略される側にいる想像をしてしまったんだろう。おかしい。絶対何かおかしい。


「ねえディア、いつならいい?」


「いやその、私も一緒に来てる人に聞かないと……」


 しどろもどろになりながらそう答えると、ルシアはきょろきょろと周りを見回した。


「お父さん?」


「ううん、違う」


 カルラとユラをどう表現すればいいか迷って、結局何も言えなかった。そうだ早く帰らないと。カルラたちが起きたら心配するかもしれない。


「とにかくね、私はもう帰らないとだから……そうだ。ルシアの宿ってどこ? あとで連絡するよ」


 私は心の中で「たぶん」と付け足したけれど、ルシアはにっこり笑って手を離してくれた。丁寧に宿の場所を説明してくれた上、


「じゃあ待ってるね。絶対だよ」


 と、にこにこしている。さっき心の中で〝たぶん〟なんて考えてしまったことに罪悪感を覚えた。まるで疑う素振りもなく信じられてしまうと、ちゃんと連絡しないといけないような気持ちになってくる。

 

「部屋番号も教えてよ……」


 私は苦笑しながら問いを重ねた。ルシアのこれは天然なのか? わざとなのか? いっそわざとやってるんじゃないかと言いたくなるけれど、ルシア視点で書かれていたゲームのモノローグから想像するに、ルシアのこれは天然だ。


 ルシアの泊まっている部屋の番号を聞き、ディアの宿はどこと尋ねられたり送るよと言われたりしたのをどうにか振り切って、私は宿の部屋の前まで戻った。


 そおっと扉を開けたつもりだったけれど、がん、と扉が何かにぶつかった。カルラの靴が目に入り、恐る恐る顔を上げてみると、カルラが額を押さえながら眉を吊り上げていた。


「どこ行っとった、お嬢」


 声が低い。いつもの数段低い。


 できるだけ急いで帰ってきたつもりだったけれど、そうでもなかったみたいだ。カルラの後ろにはユラも立っていた。とりあえず入れと扉を開かれ、観念して私は黙って自分のベッドに座った。部屋の扉を閉めてから、カルラが私の前に仁王立ちをする。


「さてお嬢。言い訳があるなら先に聞いたろか?」


「いやっ、その、ええと……ない……」


 私は小さくなって肩を落とした。ルシアを見つけて居ても立ってもいられなくなったわけだけれど、とても言い訳にならなさそうだと思ったから。そうかとカルラはやっぱり低い声で頷いてから、


「一人で行動すんなって前も言うたやろ! ここがどこかわかっとる!?」


 と声を張り上げた。



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