7章 聖女覚醒!?
07-01 その聖女は誰?
聖女が力を覚醒させたらしいという話をカルラから聞いて、最初に思ったことは、
「えっ早くない!?」
ということだった。
私の記憶が間違っていなければ、聖女伝説のゲームが始まった時、ルシアは十六歳だった。序盤のモノローグで本人がそう言っていたはずだ。以前ルシアに会った時、私とルシアはそう歳は違わないように見えた。ルシアは同い年か、せいぜい一歳上くらいだと思った。
今の私の年齢はまだ十二歳。だからルシアも十二歳か十三歳のはずだ。まだ早い。早すぎる。
「聖女に早いとか遅いとかある?」
不思議そうな顔をしたカルラに、「私にとってはある!」と返しかけてギリギリ耐えた。
「それは確かな話なのか?」
腕を組んだザークシードがそう言ってカルラを見る。カルラは片手を腰に当てながら答えた。
「ニコルに確認したけど、聖都で来月、お披露目の祭をやるらしいで」
ううん、そうか。単なる噂ならまだしも、聖職者であるニコルが肯定したというなら本当なんだろう。
そうニコルが――
……ん? 今ニコルって言った?
ばっとカルラを見上げると、カルラは私に視線を返してきた。
「待ってカルラ、ニコルを名前で呼んでるの!? 〝少年〟じゃなかったの!?」
「え? いや、もうすぐ成人やから少年はやめてくれって言われて、もう大人なら名前で呼んだろうかと……」
カルラの表情が戸惑うようなものに変わる。それに反応したのはジュリアスだった。
「待ってください、その理屈が通るなら私もいい加減〝坊ん〟を卒業したいです」
「ごめんジュリアスあとにして。そもそもニコルに確認したってどういうこと!? 連絡取り合ってるの!?」
ニコルとはアルカディア王国に行ったときに挨拶もできずに別れてそれっきりだと思っていた。それがどういうこと? 知らないところで二人は仲良くなっていたの? フラグは? フラグは立ってるの!?
聖女よりそっちが気になったけれど、カルラは「お嬢もあとや! まず聖女の話をさして!」と言って私の質問を打ち切った。
でもお父様も目を丸くしてカルラを見る。
「彼は成人なのか?」
「…………。みんなもうちょっと聖女に興味持てや……大事件やぞ……」
疲れたような顔をしたカルラが長いため息を吐き出した。ずっと苦笑していたザークシードが「いいから話せ」とカルラを促し、カルラが何度も頷いた。
「で、ええと……こっからはフィオデルフィアに出てるうちの子たちから聞いた話や。もうずっと女神のお告げもなかったし、魔族はまだまだ暴れとったしで、人間はお祝いモードみたいや。他にええニュースもないし、美人さんやとか何やとか、もうその話題で持ちきりらしいわ」
「美人って、美少女の間違いじゃ?」
ルシアは確かに可愛かったけれど、さすがに十代前半の女の子を美人と表現するのはちょっと変だ。私のツッコミに、カルラは首を傾げた。
「いや、うちも見てないから知らんけど。聞いた話では銀髪で」
「ピンクじゃなくて?」
「女神に似た儚げな雰囲気の子やって」
「元気な子じゃなくて!?」
目を見開いた私に、カルラは怪訝な表情を向けてきた。
「お嬢は誰の話をしてんの?」
聖女の話だよ!
と返しかけたけれど、さすがに何かおかしい、と思ってやめた。髪の色なら見間違いという可能性もある。美人というのもまあ、人から人へ伝わるうちに誰かが聞き間違えたということもなくはない。
でも〝儚げな雰囲気〟だけは違う。ルシアじゃない。絶対ルシアじゃない。誰だよその聖女!?
口をぱくぱくさせた私を不思議そうに眺めてから、カルラはお父様の方を向いた。
「で……どうする?」
私もつられてお父様を見上げる。ジュリアスもザークシードもお父様に顔を向け、その場にいた全員からの視線を受けたお父様が「どうもせん」と目を伏せた。
「攻め込まれれば対応せざるを得んだろうが、こちらから手を出す必要はなかろう」
「それはそうやけど……」
カルラは頭を掻いてから、今度はジュリアスを見る。ジュリアスは難しい表情でカルラの視線を受け止めてから、一つため息を吐いた。
「まずは結界の再起動を急いだ方がいいでしょうね。聖女や人間の祭りは放置しましょうと言いたいところですが、カリュディヒトスとリドーが何かしでかして、それをグリード様のせいにされる、というのが一番困ります」
「それはそうだが、カルラやディアに聖都に行ってくれとは言えんだろう」
お父様が顔を曇らせ、私に視線を向けてくる。聖都でも行くよという気持ちを込めて、両手を握りながら視線を返した。聖女が気になるから行きたい。
ジュリアスがしばらく考えてから、またカルラを見た。
「ニコルというのは、以前カルラ様の代わりに通信に出られた方ですよね。その方に聖都内で手引きしていただくようお願いするのは難しいのでしょうか?」
ん? 通信って何だ? どうしてジュリアスがニコルのことを知っているのだろう? ジュリアスとカルラを見比べたけれど、二人とも私に注意を向けてはこなかった。
「うーん、ニコルは祭には不参加やって。聖都には行かんって言うてたわ。まあ聖都に入るアテが全くないってことはないし、入るだけなら何とかなると思う」
「そうですか……。聖女のお披露目の祭の間、聖都内の聖職者に見つからぬよう潜伏していただいて、何もなければそのまま帰還。もしリドーやカリュディヒトスが何か事を起こそうとした場合はそれを止める、ということができれば一番いいのですが」
ジュリアスはさらっとそう言ったけれど、聖都と言うからには、聖職者はきっと何人もいる。人間と魔族を見分ける目を持った人たちが。知らない町の中で聖職者に見つからないよう潜伏するというだけでも難しそうだ。
「待てジュリアス、さすがにそれは危険ではないか」
お父様が少しだけ眉を寄せる。カルラがちらっとお父様を見て、「せやな。お嬢を借りる言うたのはなしにして、うち一人で行くわ」と言った。
「えっ、待ってよ。私も行くよ」
私は慌てて身を乗り出した。次にカルラがフィオデルフィアに出るときは一緒に行くと決めたばかりだし、何より聖女が気になる。
「ほら、私なら飛べるよ。私がいれば、いざとなったら飛んで逃げられるよ」
「せやけどさ……」
困ったような顔で頭をかいたカルラが私をちらっと見てから、またジュリアスに視線を戻した。ジュリアスは腕を組んだまましばらく視線を脇にやっていたが、一度目を伏せてからお父様に顔を向ける。
「キルナス王国ではリドーとカリュディヒトスが行動を共にしていた可能性が高いので、最悪二人同時に相手をしなければならないということも考えたほうがよいと思います。であればカルラ様とディアドラ様には組んでいただくべきかと。飛んで逃げるという脱出方法も、目立つので推奨したくはありませんが、最終手段としてはアリです」
お父様は黙ったまま私を見下ろしてくる。迷っているように見えたので、私は笑顔でその目を見返した。
「大丈夫だよ、お父様。リドーもカリュディヒトスも出なければただ行って帰ってくるだけだし、私とカルラの二人なら、人間が何人いたって負けるわけないでしょ?」
まあその行って帰ってくるだけが難しいかもしれないわけだけど。でも聖女が気になるし、私は行きたい。じっとお父様を見つめていると、
「それを言われてしまうと、やりすぎを心配したほうがよさそうに思えるな」
お父様は少しだけ苦笑して、他の三人を順に見る。全員が頷いたので、お父様は「反対は私だけか」とため息をついた。しばらくお父様は目を伏せて黙っていたが、ややあって、カルラと私を順に見た。
「……わかった。ただし、少しでも危険を感じたら逃げ帰ってくれ」
私はカルラと顔を見合わせて、それぞれ笑みを浮かべてから、
「了解」
「うん、わかったよ」
と頷きを返した。
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