06-05 ナターシア一の職人(2)


 フルービアさんが使う予定の部屋に魔石を運ぶのを手伝っていたら、来客があった。


「やあジュリー、魔石がたくさん手に入ったんだって?」


 客間に入ってきたのは一人の女性だった。女性としては普通の身長なんだろうけれど、背の高いお父様やジュリアスを見慣れているせいで小柄な印象を受けた。


 少しくすんだ赤茶色の髪を後ろで一つに結っている。女性の目も髪と同じ色をしていて、それはジュリアスの目と同じ色でもあった。大きな黒いショルダーバックを肩にかけている。


「母さん」


 ジュリアスがそう言って女性を呼んだので、やっぱり彼女がフルービアさんかと考える。


 なんとなく〝さん〟付けで呼んでいたけれど、ザークシードやミュリアナを呼び捨てているのに彼女だけさん付けにするのもおかしな気がする。


「フルービア?」


 そう言って首を傾げると、その女性は「やあディアドラ様、久しぶりだねえ」と言って腰に手を当てた。職人だと聞いたけれど、雰囲気は技術者だ。バイクや車でもいじっていそうな感じ。


「さあさ、積もる話はさておき、早速仕事の話を聞かせてくれよ。これは全部加工してもいいのかい? いやーこの大きさは久しぶりだねえ。腕がなるよ」


 口元に笑みを浮かべるフルービアの目は、一番大きな魔石に向けられている。フルービアが肩に下げていたショルダーバッグを置くと、どん、と重そうな音がした。


 何が入っているんだろう。置かれたショルダーバッグに目を向けると、バッグには硬いものがたくさん入っているらしく、凸凹している。工具みたいなものでも入っているのかな?


「うん、ここにあるものは全部加工してほしい」


「カルラがトロノチアの加工技術を調べてくると言ってたけど、いくつか取っとかなくていいかい?」


「いい。あるかもわからない技術に期待するより、確実に起動する方を優先したい。それに魔石ならまた集めればいいから」


 ――ん?


 バッグの中身が気になってジュリアスとフルービアの会話を聞き流していた。けれど何か違和感がある。


 ジュリアスに視線を向けてみて、ようやく違和感の正体に気がついた。いつも誰にでも、年下のザムド相手ですら丁寧語を崩さないジュリアスが、フルービアにはタメ口で話している。家族なんだからタメ口で当然なんだけど、ジュリアスのタメ口なんて初めて聞いた。めちゃくちゃレアだ。


「オーケイ、今受けてる仕事は全部弟子たちに任せてきたから早速始めるよ。あ、でもその前に」


 フルービアが持ってきたショルダーバッグを漁り、小さな白い小箱を二つ取り出した。「はいこれ、頼まれもの」と言ってジュリアスに渡している。


「ああ、ありがとう」


「一応中を確認しておくれ。そしたら片方はラッピングするから」


 小箱を受け取ったジュリアスが、「ラッピングはしなくていい」と首を横に振る。フルービアが不可解そうな顔で首を傾げた。


「なんでだよ。女の子へのプレゼントなんだろ?」


「プレゼントじゃない」


「ええ!?」


 女の子へのプレゼントって何!?


 キルナス王国を出る前に、フィオネに通信機を送るとジュリアスが言っていたから、それか? 白い小箱を注視してみても、当然だけど私に透視なんてできない。何だ。何なんだ。片方の小箱を開けたジュリアスが目を丸くした。


「……母さん、僕が頼んだのは普通の通信機なんだけど」


 ――ジュリアスが〝僕〟って言った!?


 という驚きもさることながら、小箱の中身が気になって仕方がない。


「ねえ、見ていい!?」


 ジュリアスに近寄って彼を見上げると、ジュリアスは無言で開いた小箱を渡してくれた。


 急いで中を見ると、入っていたのは半透明の花だった。真ん中の丸い球体の周囲に、半透明の花弁がたくさん連なっている。職人の作品というだけあって、繊細で美しい。見たことのある花のような気がして日本での記憶を頑張って探ってみると、蓮の花を思い出した。うろ覚えだけれど、たぶん蓮だ。


 フルービアが両手を空中にさまよわせている。


「でもジュリー、女の子にあげるって言ったじゃないか」


「確かに性別を聞かれたから女性だと答えたけど、特別な相手だともプレゼントだとも言ってない」


「そうなのかい!? 同年代の友達一人いなかったジュリーが、友人をすっ飛ばしていきなり彼女を作ってきたと思ったのに!」


「違う!!」


 ジュリアスは眉を寄せて長いため息をつくと、「僕は二組頼んだはずだけど」とフルービアを見た。フルービアは「あれ? そうだっけ?」と頬をかいている。何か言いかけたジュリアスが、諦めたようにまた息を吐き出す。それから私にもう一つの小箱も渡してきた。


「こちらの通信機は、ディアドラ様とフィオネ様でお使いください」


「え、やだ」


 私は真顔で即答した。


 こんな素敵な花、ぜひともジュリアスからフィオネに贈ってほしい。ジュリアスからプレゼントしたほうがフィオネは喜んでくれるに決まっている。フィオネが受け取るところを見られないのは残念だけれど、後で絶対感想を聞きたい。ついでにレオンの反応も知りたい。


 目を瞬いたジュリアスの隣で、フルービアはにいと笑った。


「ディアドラ様もこう言ってることだし、これはあんたから送りな。ラッピングもしておくからさ」


 フルービアが楽しそうにジュリアスの肩を叩いている。ジュリアスは彼女を軽く睨んだけれど、それ以上は諦めたようだった。


「魔石の加工はよろしく。夕食は持ってくるから」


「オーケイ。じゃあ、早速始めるよ」


 フルービアがいそいそとショルダーバッグの中から工具らしきものとペンを取り出し始める。顔の半分を覆えそうな大きなゴーグルや、大きな布も出てきた。


 ジュリアスが布を広げ始めたので私も手伝うことにし。白く分厚い布はところどころ汚れている。床に広げてみると想像したより大きくて、ちょっと余った布の端は壁やベッドに当たって曲がった。一番大きな魔石と工具を布の上に移動したフルービアが、鼻歌交じりに魔石を別の布で拭き始める。


「何か手伝えることある?」


 声をかけてみたけれど、フルービアには聞こえていないのか全く反応がない。困ってジュリアスを見上げると、ジュリアスは無言で首を横に振った。


「フルービア、残りの魔石も持ってくるね」


 たぶん聞こえてないなと思いつつ、一応もう一度声をかけてから部屋を出た。



   ◇



 カルラが帰ってきたのは、フルービアが城にやってきてから四日後のことだった。


 私はまたザムドたちとピクニック――ではなく魔獣退治に行ってきて、その報告を応接室でしていた。ちなみに成果はいまいちだった。


「ちょ、ちょ、ちょ、聞いて! 出た!!」


 カルラが応接室に飛び込んできたとき、部屋にいたのは四人。私と、お父様と、ジュリアスと、ザークシード。全員がきょとんと目を丸くしてカルラを見る。息を切らせて走ってきたらしいカルラは汗だくだった。なんか幽霊でも出たみたいな慌てようだ。


「何が出たの?」


 私が首を傾げると、カルラはドンとローテーブルに両手をついて身を乗り出してきた。


「聖女が出た!!」


 一瞬何を言われたのか分からずにきょとんとしてから、私も思わず立ち上がってしまった。


「ええ!?」


 ゲームの時間までまだ一年か二年はある。だから私は完全に想定していなかった。


 ルシアが聖女として覚醒する、その想定を。



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