06-05 ナターシア一の職人(1)


 大きなドラゴンから得られた魔石は私の背丈よりも大きくて、一番の成果だった。でも単体で結界に使えそうなのはその一つくらいで、あとは小ぶりの魔石だ。それでも魔王城付近の魔獣から得られる魔石よりはずっと大きいらしい。


「大きい魔石が集まらなければ数で補うと言っていたが、あとどのくらいあればいいのだ?」


 お父様が応接室のソファに腰かけながらジュリアスを見上げる。私たちが持ってきた魔石を検分していたジュリアスが、そうですねと言いながら二番目に大きな魔石を持ち上げた。


「この大きさならあと十個欲しいですね。それより小さいものなら、大きさに応じて数は変わります」


「ええー、そんなに必要なの?」


 私が肩を落とすと、ジュリアスはうーんと唸りながら首を傾げた。


「起動するだけならあと一つか二つあればいけると思うのですが……。カルラ様とディアドラ様がフィオデルフィアに行かれてしまうと、魔力の補充を行える者が私とザークシード様の二人になってしまうので、魔力の補填方法を変えようと思っているのです」


「へえ……」


「魔力の補給は、魔力を充填済の魔石を塔に運んで交換する、という方式にしようかと思っています。なので予備がないと運用が回りません」


 私はそもそもナターシアの結界の仕組みをよく理解していない。でもそういえば以前カリュディヒトスが、年に一度魔力を捧げるとかなんとか言っていた。


 今思うと、カリュディヒトスとリドーが裏切ったあの時みたいに、お父様と五天魔将がそろって不在にするのは不用心だ。ジュリアスの言ったように予備に魔力を事前に入れておいて、減ったら入れ替えるだけの方が良さそうに聞こえる。


 でもそれはつまり、まだまだ魔獣を狩ってこないといけないということだ。またあのピクニック――じゃなくて、魔獣狩りに何度も行かないといけないのか。


「あれ? お父様も魔力の補充ならできるんじゃない?」


 ふと気がついて隣に座っていたお父様を見上げた。お父様は魔法を使おうとすると魔力が逃げる、という話だったはずだ。だったら城で一つの魔石に魔力を補充するくらいならできるんじゃないかと思った。逃げる魔力を魔石に入れられないのかなって。


 期待を込めた私の視線に、お父様は目をそらした。


「試しては頂いたんですけどね」


 とはジュリアス。


「勝手に魔力が出ていくものですから、魔石に魔力が満ちても供給をすぐに止められず、グリード様の魔力を受け続けた魔石が耐えきれずに壊れました」


「お父様……」


「すまん……」


 お父様がしゅんとしたので、私はつい苦笑してしまった。お父様が魔法を使うところなんて見たことはないけれど、なんたって魔王なのだ。きっと魔力値も高いんだろう。


 ザークシードが苦笑してからジュリアスを見た。


「しかし、小さな魔石に魔力を込めるなら他の者でも良かろう。うちの子供達にも手伝わせようか」


 ジュリアスはテーブルに魔石を戻してから腕を組む。


「カリュディヒトスがトラップ魔法を仕掛けた例もありますし、あまり結界の魔石に触れる者を増やしたくないのですが……リーナとレナになら手伝って頂いてもいいかもしれません。二人はディアドラ様の部下になったのですよね」


「うん。ザムドは?」


「ザムドは……どうなんですか? 魔法が得意そうには見えませんが」


 ジュリアスがザークシードに顔を向け、ザークシードがそれに苦笑を返した。


「まあ、得意ではないな。あやつには運ぶ方を手伝わせよう」


「ではそのように」


 ジュリアスが組んでいた腕を解き、今度はお父様を見た。


「ディアドラ様に取ってきていただいた魔石は先に母に加工を依頼しておきます。量も多いので城に来て作業してもらおうと思いますが、よろしいですよね?」


「ああ、そうしてくれ。部屋はどうする? 泊まり込むなら客間を使ってくれ」


「……そうですね、一室使わせていただけると助かります」


 加工って何だろう? 魔石は電池みたいなものかなと思っていたから、そのまま使うのかと思っていた。


 ジュリアスに質問を向けてみると、魔石はそのままではもともと宿していた魔力が尽きたら壊れてしまうのだと教えてくれた。加工することで何度も魔力を込められるようになるんだとか。使い捨ての電池と充電池の違いかな? と、わからないなりに納得しておく。


「泊まり込みで作業しなきゃいけないなんて、加工って大変なんだね」


 そう言うと、ジュリアスは困ったような顔をした。


「いえ、そうではなく……母は魔石や素材を加工する職人なのですが、父ほどではないとはいえ、集中すると寝食を忘れるところがありまして。仕事部屋でもたまに床で寝ています」


「あ、それで部屋」


「はい。まあ、似た者夫婦なんです」


 ため息をついたジュリアスの横で、ザークシードが大口を開けて笑った。


「自分を棚に上げるのはよくないぞジュリアス。お主も本を読んでいると夢中になりすぎて、子供の頃からよく書庫で夜を明かしとったろう。似た者親子と言え」


「……」


 ジュリアスはちらっとザークシードを見たけれど、反論はしなかった。お父様も微笑を浮かべているし、弁の立つジュリアスでも反論できないほどよくあることだったのかな。


「そういえばグリード様。フルービアを城に入れるのでしたら、ミュリアナの入城禁止も解いていただいてよろしいですかな?」


「ん? ああ、そうだな。もう構わんだろう」


 ザークシードとお父様を見ながら、そういえばミュリアナに会ったとき、「危ないからって入れてもらえなくなっちゃったの」と言っていたことを思い出した。


「たぶんミュリアナは、〝私に入城禁止って言ったこと忘れてたでしょう!?〟と言って乗り込んでくると思いますが、大目に見て頂けると」


「実際忘れていたからな。大人しく怒られるとしよう」


 お父様は頷いているけれど、私はおいおいと言いかけた。忘れてたのか、お父様……。


 ここにカルラがいればいろいろ言うんだろうなと思ってみたけれど、これだけ長く話していてもカルラがやってくる様子はない。


 私はお父様を見上げてみた。


「カルラは?」


「ああ、カルラなら里に土産を持っていくと言って出ていったぞ」


「ふうん……」


 それならしばらく帰ってこなさそうだ。休暇と言っていたし、里でゆっくりしてきてくれればいいな。

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