06-04 初仕事? ピクニック?(3)
また大きな蜘蛛や他の虫が出てきたらどうしようと思ったけれど、幸い蜘蛛に出くわすことはなかった。代わりに大きなコウモリがいて、それはそれで怖かったけれど。
分かれ道をザークシードの案内に沿って進んでいくと、洞窟は唐突に終わった。出口だ。
洞窟の出口は、険しい崖の中にぽっかり空いた穴のようだった。出口の外に足場はなく、先頭にいたザークシードから順に羽を広げて飛んで出る。洞窟の外に浮かんで周りを見回すと、そこは大きなすり鉢状の谷だった。周りを切り立った崖に囲まれ、谷の底は深すぎてよく見えない。
向かい側の崖の方で、何かが飛び回っているのが見える。何だろうと目を凝らしていたら、一体がこちらに猛スピードで飛んできた。ザークシードが私たちを背にかばうように前に出る。
私たちの前に姿を見せたのは、ゲームの敵としてよく出てくるドラゴンだった。胴と首だけで私の倍くらいはある。ドラゴンは大きな翼をばっさばっさとはためかせながら私たちを睨みつけていた。
すごくファンタジーっぽい!
と感動した一方で、大きなドラゴンに睨まれるのは怖かった。硬直した私の前では、ザムドもリーナもレナも、「おー!」だの「へー」だの「すごーい!」だの、それぞれ感嘆の声を上げている。
「むん!」
ザークシードが斧を振るうと、かまいたちのような風の刃がドラゴンの胴に当たり、ぱっと赤い血が散った。ドラゴンが首を持ち上げて叫ぶ。その絶叫が終わる前に、ザークシードがドラゴンの首を斧で切り落とした。
慌てて目をそらしたけれど、視界の端に血を吹き上げながら落ちていくドラゴンが見えてしまった。なんとか悲鳴を心の中だけに押し留めた私の前方で、ザムドたちは歓声を上げながら拍手をしていた。
「小物ですなあ」
ザークシードが斧をビュンと振って、斧についた血を飛ばす。
「結構大きかったけど……」
「この谷の魔獣はですね、ナターシアの結界が解けて以来、一度も討伐しとらんのですよ。近くに集落もありませんし、ジュリアスがしばらく放っておいたほうがいいと申したもので。ですから、もう少し大きいのがいると思っとるんです」
今の奴も私の二倍はあったのに、もっと大きいのを相手にしないといけないのか。ドラゴンは見る分にはファンタジー感があってよかったけれど、戦うとなると話は別だ。ザムドたちは目をキラキラさせて、落ち着かない様子でくるくる飛び回っているけれど、私は戦いたいとは思えない。
結界が解けてから討伐をやめていたということは、ジュリアスは結界用の魔石をここで調達するつもりでいたんだろう。養殖というとちょっと違うんだろうけれど、まあだいたいそんな感じだ。
「となると、向こう側に行かないといけないのかな」
「向こう側か底か……どちらかでしょうね。どうします?」
「うーん」
向かいの崖のあたりにドラゴンらしき魔獣が飛び回っているのは見えているけれど、数も多いし特別大きな個体がいるようには見えない。今回は数より大きさだろうから、崖の向こうより別のところを探した方がいいのかな。
――と、いうことを答えようと口を開いたけれど、私が声を発するより、ザムドたちが待ちきれなくなる方が早かった。
「あっちにいっぱいいるんだから、あっちと戦ろうぜ!」
「あっ一人だけずるい!」
「待ってよー!」
ずっとそわそわと旋回していた三人が、勢いよく飛び出していってしまう。ザークシードも「待たんかお前ら!」と怒鳴りながら追いかけていき、私一人がぽつんと残された。
「もう、姉弟そろって自由か!」
私の部下になるって言うなら、私の指示を仰ぐ素振りくらいしてよ! 部下にするって言ったのは今からでも撤回できるんだろうか。げんなりしつつ、四人を追いかける。
ザムドが思ったよりも速くて、私が追いつく頃には戦闘を始めていた。右腕に炎を螺旋のようにまとわせ、一体のドラゴンを殴りつけている。
ザムドは放っておいても大丈夫かな? 目をそらそうとしたら、ザムドが下からドラゴンの腹を突き上げるのが見えた。真上に弾き飛ばされたドラゴンは、重力に引かれて落ちてくる。
ザムドは落ちてくるドラゴンを見上げながらきょとんとしていた。
「……お?」
「お、じゃない!」
慌ててザムドのところまで飛んで、その腕を引きながら逃げる。私とザムドがドラゴンの影の中から抜けたのと、ドラゴンが私たちの横を通り過ぎて落ちていったのはほぼ同時だった。
「危ないじゃない! よけなさいよ!」
私はザムドに向かって怒鳴ったけれど、ザムドは「ドラゴンって飛べるんじゃないのか?」と首を傾げた。
「ドラゴンだって何だって、気絶したら飛べないでしょ」
「あっそっか」
「そっかじゃない!」
ザムドはジュリアスにも勝ったと言うし、さっきの大蜘蛛相手でも怪我一つ負っていなかったから、一人でも大丈夫だと思ったのに。やっぱり一人で戦わせるのは不安だ。
周りに目を向けてみると、他の三人も戦闘を始めていた。ザークシードがドラゴンに斬りかかり、少し離れたところからリーナとレナが魔法で援護する、というフォーメーションで戦っている。リーナとレナはザークシードに任せておけば大丈夫そうだ。
「じゃあ、ザムドは私と一緒に戦おうか」
「ほんとかっ! 俺、どうしたらいい!?」
ザムドがぱあっと顔を輝かせながら寄ってくる。私は勢いに押されてちょっとだけ身を引いた。そういえば最近は一緒に森に出ても、私は本を読むか魔法の練習をするかでザムドは一人で戦っていたし、実はつまらなかったのかもしれない。少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「じゃあ魔法で援護するから好きなのと戦っていいよ」
「わかった!」
ザムドは満面の笑みを浮かべると、無駄にくるくる旋回しながら一体のドラゴンに向かっていく。私は右腕を上げて火球をいくつも作り出すと、ザムドの周囲にいた別のドラゴンにそれを当てた。火球の当たったドラゴンが私のことを睨んできたので、びくっと肩をはね上げる。
「あっ、そりゃあ当たったら怒るよね。はは、いや、その、ごめんってばー!!」
私のほうに突進してきたドラゴンから慌てて逃げる。図体の大きさの割に速くて追いつかれそうだ。
飛びながら振り返ると、ドラゴンがばくっと大口を開けたところだった。
次の瞬間、突然ドラゴンが下向きに落ちていく。代わりに空中に残っていたのは、こぶしを下に突き出したザムドだった。
「ディア、大丈夫か?」
「うん。援護するとか上からなこと言ってごめん、助かった!」
ザムドの傍まで急いで戻ると、ザムドはまたぱあっと顔を輝かせた。
「俺、役に立ったっ?」
「役に立ったけど敵見て敵!」
ザムドの後ろからまた別のドラゴンが三体向かってくるのが見えて、慌てて火球を放つ。一発では倒れないということはよくわかったので、続けて何発も当ててやった。
私の火球の間を縫うようにザムドが飛んでいき、ドラゴンの頭を上から殴りつけている。
三体のドラゴンが落ちていったのを確認し、改めて周囲を見回してみた。ザークシードたちが二体のドラゴンと戦っているのが見えるけれど、それ以外にはもう見当たらない。たぶん他のドラゴンは逃げたんだろう。
特別大きな個体はいなかったな。複数のドラゴンが落ちていった谷の底に目を向けると、一体が上がってくるのが見えた。
倒しそこなったのが戻ってきたかな? と思ったけれど、違うということはすぐに気がついた。近づいてきたそのドラゴンは、さっきまで戦っていたドラゴンたちの倍近い大きさだったからだ。
「すっげー! すげー強そう!!」
ザムドが目をキラキラさせている。喜ぶと思った。強そうだから逃げる、なんて選択肢はザムドの頭にはないんだろう。楽しそうなのはいいけれど、いつか勝ち目のない相手にも挑んでいきそうで不安だ。
ドラゴンが私たちの下で大口を開ける。その口の中に炎が生成され始めるのを目にした瞬間、私はザムドの腕をひっつかんだ。火炎放射器みたいに吐き出された炎から必死で逃げる。すぐ近くを炎が掠めただけで熱かった。
「ひぃっ」
やっぱり逃げたいけど、帰りたいけど、ナターシアの結界とお父様からもらった初仕事! と、どうにか気持ちを奮い立たせる。炎を避けるだけじゃなくて、どうにか攻撃に回らなくちゃ。
どうしようかと考えていたら、風と水の刃が私たちの横を通り過ぎてドラゴンに向かっていく。ぱっと振り返ったら、ザークシードたちがすぐ近くにいた。もう他のドラゴンは片付いたらしい。
「この大きさなら期待できそうですな」
ザークシードがにいと笑ってから私に顔を向けてきた。
「私とザムドであやつを引き付けますので、ディアドラ様とリーナとレナの魔法で落としていただく、というのでいかがです? 羽と頭と首あたりを狙って頂くのがよろしいかと」
「それで!」
ザークシードが頼もしい。さすが長年部隊を率いて魔獣退治にでているだけのことはある。ザムドの腕を離すと、彼はすぐさまドラゴンに向かっていった。それをザークシードが追っていく。
「ねえディアドラ様、誰がとどめを刺せるか競争しようよ」
「しようしよう!」
リーナとレナがわくわく顔で寄ってきた。
「いや、私は倒せればそれで――」
と断ろうとしたけれど、
「負けたら飴オゴリね!」
「負けないもん!」
二人は私の話など全く聞いていなかった。
勝手に魔法を放ち始めた二人を眺めながら、ほんと緊張感ないな、とため息をつく。
結局ドラゴンにとどめを刺したのはザークシードで、娘二人から猛抗議を浴びていた。落ちたドラゴンたちの魔石を回収してから帰路についたけれど、やっぱり最初から最後までピクニックみたいだった。
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