06-04 初仕事? ピクニック?(1)


 カルラと他愛のないお喋りをしていたら、いつの間にかお昼になった。


 袋に残っていたクッキーを二人で全て平らげてしまったのに、食卓に並んだハンバーグを目にした瞬間、お腹が鳴りわめいた。体って不思議だ。


 お父様と食事を始めてすぐ、食堂の窓が外から強く叩かれた。窓際に座っていたお父様はぱっと振り返り、私も体を傾けて窓の方を見る。窓の向こうにいたのはザムドだった。お父様が立ち上がって窓を開けると、ザムドは一直線に私の横まで飛んできた。


「なあなあディア! 五天魔将になったんだって!?」


 さすが情報が早い。情報の出元はたぶんザークシードだろう。頷きを返すと、ザムドは目を輝かせながらずいと前に出てきた。


「じゃあ俺、ディアの部下になりたい!」


「ええっ!?」


 えっ、そ、そうなる?

 私は目を瞬きながらザムドを見つめた。


 ゲームではザムドも五天魔将をやっていたから、私の部下になるのは何かがおかしい気がする。でもゲームではディアドラが魔王だったわけで、ザムドはディアドラの部下だった、と考えればおかしくはない。


 ザムドが部下、部下かあ、うーん……。


 どうしたものかと考えていたら、お父様が席に戻って私たちの方を見た。

 

「ディアも最初は親しい者の方がいいだろうし、ディアがいいなら構わんぞ。ただ正直、小遣い程度の報酬しか出してやれな――」


「俺、やりたい!!」


 お父様が言い終える前にザムドがまたずいと前に出てきた。報酬の話は全く耳に入っていなさそうだ。お父様は苦笑を広げ、黙って食事を再開する。


 ザムドがいいというなら、最初の部下になってもらってもいいかもしれない。でも、友達から部下に変わっちゃうのもどうなんだろう?


「いやでも、待って。私の部下になるってことは、私の命令はちゃんと聞かないといけないんだよ」


「今と何か変わるのか?」


 きょとんとしたザムドを見ながら、そりゃあ違うよと言いかけて――考え直した。今でもザムドは私の言うことは素直に聞く。もちろん私も変なことは言っていないつもりだけど、ザムドから嫌だと言われたこともほほとんどない。


「変わ……らないね……」


 ならいいか。……いいのか?

 ザムドはそれでいいんだろうか?


「じゃあ、いいよ」


「やったー!!」


 ザムドが両手を上げてぴょんぴょん飛び跳ねる。お父様が「一応ザークシードの許可は取り付けるように」と添えたけれど、たぶんザムドの耳には入っていない。


 そうこうするうちに、どかどかと大きな足音が廊下から聞こえてきたかと思うと、食堂の扉が勢いよく開かれた。


「こらザムド!」


 振り返ってみたら、ザークシードが眉を釣り上げている。ザークシードはザムドの前まで大股で歩いてくると、ザムドの耳をつかんで引いた。


「いてててててて!」


「食事中に席を立つな馬鹿者ッ!」


 うわあ、痛そうだ。見ている私の耳まで痛くなってきそうで、私は引きつった笑みを浮かべながら目をそらした。お父様も苦笑している。


 ザークシードが「食事中にお騒がせをして申し訳ありません。ディアドラ様が五天魔将になられた話をしたら出ていってしまって……」と言って頭を下げた。


「なあなあ親父、ディアが部下にしてくれるって!」


 ザムドが満面の笑みでザークシードの腕にぶら下がる。ザークシードが私を困ったように見た。


「……よろしいので? よくご存知だとは思いますが、魔獣退治くらいしか役に立ちませんよ?」


「うん、まあ……魔獣退治をやるかもしれないし」


 ザムドが強くなってくれたおかげで、もうザムドと森に出ても狩りをしているのはザムドばかりだ。私はだいたいその横で本を読んだり魔法の練習をしたりしている。にもかかわらず狩りの成果は昔と変わらず城に納められているので、ザムドはこんなにタダ働きばかりでいいのかなー、とは思っていたのだ。


 私の部下になることで、わずかばかりでもザムドに報酬が入ることになるのなら、それでいいような気がしてきた。


「いいかな? ザークシード」


「いいだろ親父! なっ、なっ」


 ザムドが目をキラキラさせながらザークシードを見上げている。ザークシードは「ディアドラ様がよろしいのでしたら、倅をよろしくお願いします」と苦笑した。


「やったー!」


 ザムドがザークシードの腕で逆上がりをするようにくるんと回った。そこまで喜んでもらえるなら、いいよと言った甲斐もあるというものだ。ザークシードはしばらく笑みを浮かべてザムドを見下ろしていたけれど、私に向き直った。


「ではディアドラ様、これからは同じ将としてもよろしくお願いいたします」


「うん、よろしくね」


 五天魔将になったからといって何も変わらない気もしたけれど、私は頷いておいた。


「なあなあディア、このあと暇ならまた狩りに行こうぜ」


 ザムドがそう言ってテーブルの上に手を乗せたが、「とにかくお前は昼飯を食え!」とザークシードに抱えられていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る