06-03 生きる意味(1)
夕食の時間になって、私は決心が揺らぐ前にお父様に返事をすることにした。
「お父様。昼の話、両方受けようと思う」
お父様は私をじっと見つめたあと、静かに「そうか」と視線を落とした。
「ザークシードの話を聞いたよ。私もカルラのことが心配だから」
「そうだな……」
お父様が目を伏せてため息をつく。「明日カルラとは話してみるが、あまり期待はしないでくれ」と言った。確かにカルラは頑固そうだし、お父様も説得が得意には見えない。とはいえカルラが言うことを聞くとしたら相手はお父様しかいないだろうし、私にできることは結果を待つだけだ。
「五天魔将になるなら、何かやることある?」
「今すぐには何もないな。魔獣退治を手伝ってもらうかもしれないが、明日ジュリアスと話してから決める」
「わかった」
話はそれで終わってしまい、私もお父様も無言で食事を進める。そろそろ互いに食べ終わろうかというタイミングになってから、お父様がまた私に視線を向けてきた。
「五天魔将になると言うなら、ディアにはもう一つ話しておくことがある。ジュリアスが研究室の魔法陣を見てくれているのは知っていると思うが、必要な量の魔石さえ揃えば、ナターシアの結界を再起動できそうだ」
「ほんとっ!?」
ついテーブルに手をついて立ち上がってしまい、お父様に座りなさいとため息混じりに言われた。さっき食堂に入る前にジュリアスにばったり会ったとき、ジュリアスは今日も研究室に行くと言っていた。だからまだ時間がかかると思っていたのだ。
椅子に腰を下ろし、そわそわしながら続きを待つ。
「ただ、結界を起動後に結界を維持する仕組みと、私のステータス異常を維持している仕組みは、同じものであるらしい」
「……え?」
言われたことの意味がすぐには理解できなくて、私は目を瞬いた。
同じ仕組みで維持している、ということは、つまり、ええと……? ナターシアの結界を維持しようとする限り、お父様のステータス異常も魔法が使えない問題も維持される、と、そういうこと?
「待って、じゃあ、お父様のステータス異常を解くのは諦める、ってこと?」
「そうなるな」
「や、やだ! そんなのやだ!!」
また立ち上がってしまったけれど、今度は何も言われなかった。お父様は私の目を真っ直ぐ見つめ返してくる。
「結界を再起動してしまえば、フィオデルフィア側にいる者は基本的に入っては来られん。それでよかろう」
「よくないよ!」
確かに人間は入ってこないかもしれない。けれどカリュディヒトスは転移魔法を使える。転移魔法で移動可能な距離がどの程度なのかはわからないけれど、もしかしたらカリュディヒトスなら結界の内と外を出入りできるかもしれない。それにカリュディヒトス側の魔族が全員フィオデルフィアにいるかどうかだってわからない。だから結界を再起動してしまえばそれでいい、とは私には思えなかった。
「ディア。五天魔将を受けたからにはお前は私の部下だ。従いなさい」
「そんなのずるいよ。受けるって答えてから話すなんて」
「ディアが将を受けなければ、話す気もなかった」
「なんで? 私はお父様の娘なのに」
「これは魔王としての決定だからだ」
お父様は私から視線を外さない。何を言われようと覆す気はない、とその目が言っている。自分よりナターシア全体のことを優先する、お父様はそういう人だってわかっている。頭ではわかっていても、わかったなんて言えなかった。
「私は、絶対、いや!」
叫ぶようにそう言って、私は食堂を飛び出した。食事がまだ少し残っている、ということが一瞬頭を掠めたけれど、戻ろうとは思わなかった。
外はもう真っ暗だったけれど、魔王城を出るなり飛んで、シリクスさんの研究室に向かった。地下に続く扉は開かれたままだったので、足音を立てながら階段を駆け下りる。地下室の床には明るいランプが一つだけ置かれていて、狭い地下室を照らしていた。
「ジュリアス!」
地下に降りると、ジュリアスが立ち上がって持っていた本を閉じる。ジュリアスは目を丸くして私を見つめてくる。
「ナターシアの結界と、お父様のステータス異常と、同じ仕組みで維持してるってどういうこと!?」
「グリード様からお聞きになられたのですね」
眼鏡の位置を直してから、ジュリアスが説明してくれた。結界の魔法陣を起動したあとは、魔法陣に魔力を供給し続けなければいけないこと。勝手に周囲にいる者の魔力を吸って魔法陣に魔力を供給していたアイテムが魔王城にあったこと。カリュディヒトスがお父様の手首に刻んだであろう文様にも、結界の魔法陣と同じ記述があったこと。そして同じ記述というのは、魔王城にあったアイテムから魔力を取り出す部分であるということ。
魔王城にあるというアイテムを壊せば、魔力の供給が止まってお父様のステータスはきっと元に戻る。けれどその代わり、ナタ―シアの結界は、起動できたとしても維持はできない。
どちらかを選ばなければいけないと聞いて、お父様は迷わず結界を取ったらしい。お父様らしい判断だけれど、私はやっぱり悲しかった。手を握りしめながら俯いた。
「私はやだよ、お父様のステータス半減も、魔法が使えないのも、ずっとこのままなんて。諦めるなんて、やだ……」
「私は諦めるなんて言った覚えはありませんが?」
顔を上げると、ジュリアスが私をまっすぐ見下ろしていた。笑みを浮かべるでもなく、眉を寄せるでもなく、ただ真面目な表情で。
「できるかわからないことを口にするのは好みませんので、グリード様にも申し上げてはおりません。が、同じものを使っているのが問題なのであれば、別のものに分けてしまえばよいのです」
「で、でも、そんな簡単に……」
「ええ、簡単にできるならもうやっています。ひとまずグリード様のご希望どおり、ナターシアの結界の再起動を優先します。ですが、魔法陣に魔力を供給する仕組みを別に用意できれば、結界の方を置き換えますよ」
確かにそれならナターシアの結界だけを維持して、お父様のステータス異常を維持している仕組みは壊してしまえばいい。
ジュリアスが最初に言ったように、できるかわからないことではあるんだろう。でも、諦めなくていいということに、私はすごくほっとした。
「そっか、うん、ありがとうジュリアス。私に手伝えることがあったら言ってね」
「ディアドラ様に、ですか?」
きょとんとしたジュリアスに、また戦力外通告を受けたような気持ちになった。言ってはみたものの、確かに私に手伝えることなどたぶんない。
ぐっと言葉に詰まった私は、「必要な本を書庫から運ぶくらいは……できる。あとは、ほら、飲み物とか、ご飯とか、運ぶとか……」としどろもどろに答える。だめだ、運ぶことばっかりだ。
私を見ていたジュリアスが、喉を震わせて、少しだけ笑った。笑われたことに「なによう」と不満を感じたけれど、ジュリアスが時々笑ってくれる程度には仲良くなれたのかなと思うとちょっとだけ嬉しい。
「あっ、あと、お父様が見せてくれたお母様の日記にね、ジュリアスは記憶力がいいって書いてあったよ。シリクスさんは忘れっぽかったから、またタイプが違うって」
「はあ……そうですか」
「だからほら、結界ができた当時にシリクスさんが言ってたこととか、覚えてない!?」
いい思い付きのような気がして食い気味に言ってみたが、ジュリアスは「私はその当時四歳だったので、さすがに……」と困ったように首を傾げた。
四歳か。四歳じゃちょっとな……と、私も肩を落とした。私も自分が四歳だった時のことは覚えていないし、ディアドラの記憶を見てみても、四歳の時のことなど何も残っていない。
「まあ、思い出せるものがないか考えてはみましょう」
ジュリアスはそう言ってくれたけれど、さすがに期待はできなさそうだ。お母様の日記にもこれといって何も書いていなかったはずだし、他に何かないのかなあ、と首を捻りながら自分の部屋に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます