06-02 二人だけのお茶会(4)
酷い目にあった。
しばらくカルラからは逃げよう。絶対逃げよう。そんなことを考えながら魔王城の廊下をとぼとぼと歩いていた。
カルラの攻撃を避けることだけに集中したけれど、それでも何回か蹴り飛ばされた。〝激痛〟なんて言葉ではとても表現しきれないほど痛かったし、死んだかと思った。ディアドラの体で目覚めてから、攻撃を当てられたのは初めてだ。
カルラには「攻撃してきいや」とか「お嬢が攻撃してこんほうが当てやすいで」とか言われたけれど、カルラを攻撃するなんて私にはできない。だって当たったら痛いじゃないか。
いつの間にかやってきたザムドが、顔を輝かせて「俺も
部屋に残されたクッキーは全部私が食べてやる。それくらいの権利はあるはずだ。そんなことを考えながら歩いていたら、今度はザークシードに声をかけられた。
「ディアドラ様、少しよろしいですか?」
「うん?」
ザークシードが応接室の戸を開けて私を手招きする。中に入ると、ザークシードは静かに扉を閉めた。窓の外からは破壊音が頻繁に聞こえているけれど、まあ、いつものことだ。気にしないことにしよう。
ザークシードが私のそばまで歩いてきて、私を見下ろした。
「グリード様から話は聞かれました?」
「う、うん」
このタイミングで話と言われたら、たぶん五天魔将にならないかというアレだろう。
「であれば単刀直入に申し上げます。ディアドラ様、どうかカルラを手伝ってやっては頂けませんでしょうか」
え、そっち? 私はきょとんとしたけれど、ザークシードの表情は真剣だった。
「うちのリーナとレナが、前にカルラとフィオデルフィアに行っとったでしょう。その間、何度かリドーと戦闘になったそうなのです」
「一回じゃなくて?」
キルナス王国に行く前に、カルラはリーナとレナを連れて帰ってきていた。私が知っているのはその一回だけだ。
「ええ。あの子らも口止めされていたらしいのですが、ジュリアスと一緒に話を聞いたら教えてくれました。カルラはリドーとの戦闘のたび、結構な怪我をしているらしいのです」
「え――」
ふと、アルカディア王国に連れて行ってもらった時のことを思い出した。あの時もカルラはひどい怪我を負っていた。キルナス王国でだって、いやあれは半分くらい私のせいかもしれないけれど、やっぱり怪我をしていた。
「カルラが弱いわけではないんですよ? ただ、リーナやレナが攻撃を受けそうになると、必ずと言っていいほど庇ってくれたと聞きました」
カルラはさっき言っていた。奪わせないためなら何でもできる、と。その〝何でも〟には、自分が傷つくことも入っているんだろうか。
それにカルラとフィオデルフィアに行ったときだって、カルラは言っていた。『いざとなったらうちが死んでも守ったる』と。そういう冗談はやめてほしいとその時は思ったけれど、まさかあのセリフは本気だったの?
ザークシードがため息をついた。
「しかもですよ。カルラはたとえ自分が一番の重症でも、他の者の治療が終わるまで自分は薬草類を使わんのだそうです」
「え、で、でも」
そんな戦い方をしていたら、一番多く傷を負うのはカルラのはずだ。味方を庇い続け、治療まで後回しなんて、そんなの無茶だ。カルラがいくら強くたって、仮に馬車に薬草類をたくさん積んでいたって、そんなことを続けていたらいつか命取りになりかねない。
第一そこまで味方の様子を気にしていたら、自分の戦闘に集中することもできないはずだ。だいたい、紙装甲だって、避けるのは下手だって、自分でも言っていたじゃないか。
「もちろんうちの子たちもカルラの部下たちも、それは駄目だと言ったらしいのですが、カルラは〝従えないなら帰れ〟の一点張りで聞かんのだそうですよ」
ザークシードはもう一度ため息をつき、肩を落とした。
「カルラの言う〝大丈夫〟をそのまま信じとった私たちもいかんのですがね。グリード様からカルラに話をして頂こうとは思いますが、正直、カルラが言うことを聞くとも思えんのです」
「……うん、私もそんな気がする」
カルラに何を言ったところで、たぶんカルラは変わらない。もしかしたら治療の順番くらいは折れてくれるかもしれないけれど、きっとそれくらいだ。
だってカルラは言っていた。置いていかれることが一番怖い、と。味方を守ろうとするその理由が、義務感でも責任感でもなく恐怖からくるものであるのなら、そう簡単には変われないだろう。怖いという感情がどれだけやっかいかは、私もよく知っている。
「私では力不足なのは情けないところではありますが……カルラに一方的に守られるのではなく肩を並べて戦えるとしたら、現状ディアドラ様しかおらんと思うのです。どうか、お願いいたします」
ザークシードがすっと頭を下げる。私は「……うん」と頷きを返した。
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