06-02 二人だけのお茶会(3)


 時間が経つにつれて誰も私の行動に不思議そうな顔をしなくなったから、私も最近はもうディアドラらしく振る舞おうなんてしていない。でもいつか聞かれるんじゃないかとは薄々思っていた。そしてそれを聞いてくるとしたら、カルラなんじゃないかとも。


「あのね、夢を見たの」


 聞かれたらどうするか、考えてはあった。さすがに異世界の話をする勇気はなかったから、全部夢だったことにしてしまうつもりだ。


「私がお父様を殺して魔王になって、カルラもいなくなって、フィオデルフィアで暴れまわる夢。そしたら聖女たちがやってきて、ジュリアス以外みんな死んじゃった。……すごく悲しい夢だった」


 そう、聖女視点で遊んでいたときは勧善懲悪型の冒険活劇だったのに、今の私の視点から見ると、聖女伝説は悲しい話だった。


 お父様が死んでしまうことはもちろんだけれど、ルシアの家族もトゥーリの家族も、フィオネのことも全員殺してしまう。ザークシードやザムドは聖女たちに倒されて死ぬし、私自身も灰になる。これといって何が残るわけでもない。ゲームでディアドラは楽しかったと最期に笑っていたけれど、何が楽しかったのか私にはわからない。


 カルラは不可解そうな顔で私を見つめていたけれど、何も言わなかった。


「それとね、お父様が大怪我をする少し前に、初めて〝一緒に遊んで〟って言ってみたの」


「ん? 初めて?」


「うん。そしたらお父様はすぐ遊んでくれた。私、それまで知らなかったんだよ。お父様が私のことを大事に想ってくれてるなんてこと」


「えっ、えっ、待って? 全然? ほんまに?」


 カルラが目を見開いて言う。私はそれに頷きを返した。カルラは口をぽかんと開けて軽く身を引いたあと、大きなため息を吐きながら片手で自分の顔を押さえた。


「嘘やろ……なんなんそれ」


 そんなことを言われても、ディアドラは本当に知らなかったのだ。


「いや、だって、お父様とは食事の時しか会わなかったし、会っても基本喋らないし、せいぜい何か注意されるくらいだし、いつも無表情だし……。お父様をよく見てこなかった私にも問題はあるんだけど」


「それはそう……かもしれんけど。まあ、サフィリアとシリクスが死んでから、グリードはんは鉄仮面に拍車かかっとったし、あいつ自分からはあんま喋らんしなあ。そうか……」


 しばらく黙って顔を押さえていたカルラが、を離してもう一度ため息を吐いた。


「うちもフィオデルフィアの仕事にかまけてんと、もうちょっとあんたに構ったったら良かったんかなあ。でもあんた、うちが話しかけても大体無視するしさあ」


「う、ごめん」


「いや謝らんでええし、うちもごめんやけど、うーん、そうか……わかった。話してくれてありがとうな」


 カルラが私の頭をまたくしゃっとなでる。そういうことをされるとくせっ毛が絡まるんだけどなあと思う一方で、嫌でもなかった。しばらくカルラになでられていたけれど、カルラが手を離したので、私はカルラを見上げる。


 カルラはにっこり笑って、自分の拳をぱしんと叩いた。


「よっしゃお嬢、話が終わったところで、たまにはうちとろか」


「……、は?」


 唐突すぎて、何を言われたのか理解するのに数秒かかった。ん? 今、戦おうかって言われた?


「なんで!?」


「戦うの怖いんやろ? いっぱい戦って慣れればええやん。うちもそういえば大昔は怖かった気ぃするけど、戦いまくってたら慣れたわ」


 なにそれ!?

 出たよ魔族の脳筋発想!

 カルラはまともなほうだと思ってたのに!!


「この部屋、お嬢が暴れてもええようにシリクスが強い結界を張ってくれたらしいから、うちらが戦ってもたぶん大丈夫や」


「そういう問題!?」


「よっしゃいくでー」


「ひぃっ!」


 カルラがさっと立ち上がって片足を上げたので、私は慌てて飛び退いた。カルラが振り回した足がソファーに当たって、ソファーがすごい勢いで回転しながら壁際のタンスにぶつかった。


 確かに家具同士が強くぶつかった割に全く壊れていない。でも壊れなかったからって何なんだ? 後で私が片付けるんだよね!?


 カルラの蹴りをしゃがむことで避ける。それは壁に当たり、ドゴォッッッととても大きな音がした。魔王城全体も強く揺れた。


「待ってカルラ、紅茶! 紅茶とクッキーが残ってる!!」


 私は這ってローテーブルまで戻ると、テーブルの上を指で示した。紅茶はさっきの揺れでこぼれた跡がある。カルラはそれをちらっと見てからにっこり笑った。


「せやな。やっぱ外行くか」


 そうじゃない! 戦闘をやめよう!!


 カルラは窓のところまで歩いていって、それを開け放つ。一人で出てってくれないかなと思っていたけれど、カルラは私を振り返った。


 だよね!


 逃げようとしたけれど、カルラの腕が想定より長くて手首をつかまれてしまう。そして開いた窓から外に投げ出されてしまった。慌てて羽を広げて屋上に逃げたけれど、カルラも跳んで上がってきた。


 カルラの蹴りを何度か避けたところで、こんなの無理だと思った私は、上空に一気に飛び上がる。魔王城の倍近い高さまで上がってしまえば、流石に何の足場もない。羽を出すために私の服は背中が空いているので、少し寒いけれど、あのままカルラの蹴りを避け続けるよりはマシだった。


「こらお嬢! さすがに届かんわ! 降りてこい!!」


 下の方でカルラが叫んでいるけれど、嫌だ。降りたくない。しばらくカルラが両腕を突き上げて動かしながらいろいろ言っていたが、私は全部聞き流した。


 ようやくカルラが私から視線を外したので、少しだけ高度を下げる。カルラがステータス画面を開いたので、気になった私はできるだけ静かに降りてみた。カルラの背後まで恐る恐る高度を下げて、カルラの肩の後ろからステータス画面を覗いてみる。


「こらお嬢、人のステータスを勝手に見るのはマナー違反やで」


 カルラはそう言って振り返ったけれど、ステータス画面を消すことなく少し横にずれて見せてくれた。


「ごめん、つい」


 口では謝りつつも、私の目はカルラのステータスのある部分に釘付けになっていた。


 カルラ、レベル九十七。そこは別にいい。あれ? 私のほうが高くない? と気にはなるけどとりあえずいい。


 それよりも――次のレベルまでに必要な経験値、三億七千四百五十万二千六百七十九、の数字が気になって仕方がない。億? 億ってなんだ? いくらなんでも多くない? バグか??


 私は思わず自分のステータスを表示させて見比べてみた。ディアドラ、レベル百。どうやら今のでレベルアップしたようだ。逃げただけなのに不思議だ。次のレベルまでに必要な経験値は百六十三万八千五百十だ。カルラとは桁が二つも違う。


 カルラが私のステータス画面をちらっと見た。


「お嬢、もうじきレベル上がりそうやん」


「え、うっ、うん」


 レベルなら今上がったところだ、とは言えなかった。けれど顔をこわばらせて目をそらしてしまったせいか、カルラがジト目で私を見る。


「……その顔は違いそうやな。ええなあ、成長の早い奴は。ちなみにうちはもう三十年近くレベルアップしとらんし、必要経験値も最初はもう一桁多かった」


「ええっ!?」


 もう一桁多かったってことは、何十億ってこと!? そんな途方もない経験値、手に入る気がしない。一体どれだけ戦えばレベルが上がるんだろう。むしろ桁が一つ下がっているということが奇跡のようにさえ感じる。


「なんか、ええと、ごめん」


 何に対する謝罪かもわからないまま、私はつい謝ってしまった。カルラは息をついてから己の頭を掻く。


「気にすんな。うちより成長の遅いやつは見たことないわ。レベル低い頃からなっかなかレベルアップせんかったから、ここまで上げるの大変やったで」


 もはや大変っていうレベルじゃない。


 さっきカルラは戦いまくってるうちに慣れたと言っていたが、そりゃ慣れるわという気がした。一つレベルを上げるだけで途方もない量の経験値が必要なのに、レベルを九十七まで上げるなんて、一体どれだけ戦闘を繰り返せばここまで辿り着けるんだろう。


「すごいね、カルラ」


「おっ? せやろ? 褒めて褒めて」


 カルラがぱっと私を見たので、小さな拍手を返す。


「弱かったら、戦えへんかったら、何も守れんのや。せやから頑張った」


 得意気にそう言われ、私は頷くしかなかった。私の周りで一番の努力家はジュリアスだと思っていたけれど、カルラも負けていない。むしろ年季が違う分、カルラのほうが上かもしれない。


「ただなあ。うち、レベルだけは上げたけど、やっぱ戦いのセンスみたいなもんはないんよ。避けるのはすぐミスるし、咄嗟の判断もよう間違う。紙装甲やし、おかげで怪我も多いんよなあ」


 カルラの言葉を聞きながらカルラのステータスを眺めてみたら、確かに回避も防御も私より低かった。力と速さと体力に全振りしたのか? と首を傾げたくなるほどバランスが悪い。


 回避も防御も低いなら防御力の高そうな装備でも身に着ければいいのに、カルラはいつも寒くないのかと思うほど軽装だ。それを指摘したら、「重い装備は邪魔やもん。やられる前に倒せばええやん」と返ってきた。やっぱり発想が脳筋だ。


「ま、とにかくお嬢も慣れようや。もう一戦いこか。一緒にレベル上げしよ」


 からっとした笑顔でそう言われ、慌てて逃げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る