06-01 ジュリアスの報告(2)
カルラが魔王城に帰り着くと、ザークシードとばったり会った。
魔王城正面の大扉をくぐろうとしていた彼に、カルラが後ろから声をかける。ザークシードはカルラに気付いて振り返り、おうと片手を上げた。
「ちょうどよかった。ジュリアスから報告があると呼ばれて来たのだが、お主も行くか」
「ん? 報告って何や?」
「知らん。ところで何だその荷物は」
「土産や土産」
カルラは手に下げていた大きな袋を少しだけ持ち上げて、にいと笑った。
カルラとザークシードが連れ立って応接室に向かうと、ローテーブルの前のソファーにグリードが座っていた。そのすぐ後ろにはジュリアスが立っている。
部屋に入ったカルラとザークシードに、グリードとジュリアスが顔を向けてくる。カルラとザークシードがそれぞれソファーに腰を下ろすと、ジュリアスがカルラの向かいの、空いた席の隣に立った。
「では――」
「まあ待て、これ土産や。全員おるしちょうどええわ。食べよし」
カルラはジュリアスの声を遮って、笑顔で袋から小さな袋を三つ出した。フィオデルフィアで買ってきたもので、中には小ぶりのクッキーが四枚ずつ入っている。
ローテーブルを滑らせて三人に配ると、グリードとザークシードがそれぞれ手に取って開けた。
「紅茶でも入れるか?」
グリードはのんびりした声でそう言ったが、ジュリアスは首を横に振る。
「先に報告をさせてください」
「坊んは真面目やなあ」
カルラは苦笑しながら肩をすくめた。グリードとザークシードもそれぞれ笑みを浮かべてクッキーの入った小袋をテーブルに置く。ジュリアスはローテーブルにちらと視線を向けてから、咳払いを一つした。
「ザークシード様にもまだ言っておりませんでしたが、先々週、ディアドラ様と父の研究室に地下室があるのを発見しました。そこにはナターシアの結界のための魔法陣が残っていたのです」
「……へえ?」
カルラは目を丸くしてジュリアスを見つめる。まさかそんな報告だとは思っていなかった。ザークシードもカルラと同じような顔をジュリアスに向けている。
「全容を解明したわけではありませんが、大まかな作りは理解しました。十分な容量の魔石さえ用意できれば、再起動はできそうです。……ただ、問題が一点ありまして」
ジュリアスがグリードに視線を向けたが、グリードは首を傾げている。ジュリアスは視線を前に戻した。
「問題の前に、結界の作りについてご説明します。結界を構成するものは五つの塔に設置していた魔石の他に、魔法陣が一つ存在しました。結界を起動したあとは、魔石以外に、魔法陣にも常時魔力を供給し続ける必要があります」
「ん? 魔法陣に魔力の供給をしていた覚えはないが……」
グリードが不思議そうな顔で、ザークシードとカルラを順に見る。ザークシードもカルラも、首を横に振ってそれに返した。再び三人の視線がジュリアスに集まる。
「母に心当たりがないか聞いてみたところ、ナターシアの結界が完成する少し前に、父に頼まれて魔石の加工を手伝った覚えがあるそうです。周囲の者から僅かに魔力を吸収し続ける効果があるものだそうです」
なんやそれ、と思いながらカルラは少し眉を寄せる。それはつまり誰かの魔力を勝手に結界のために使っていたということだ。しかもシリクスが用意したとなると、ジュリアスの言った魔石はまず間違いなくこの魔王城にある。
グリードとジュリアスは顔を見合わせている。
「シリクスが持ち込んだ魔石というと……まさか執務室のアレか?」
「母に聞いた特徴と一致するので、間違いなくアレです」
執務室と言われてカルラもグリードの執務室の様子を脳裏に浮かべてみたが、これといって思い当たるものはない。ザークシードもきょとんとしていた。
「アレって何?」
カルラが聞くと、ジュリアスがため息混じりに答えた。
「珍妙すぎて表現が難しいのですが、何というか、一言でいうと呪いでもかかっていそうな気味の悪い面ですね。あまりに不気味なのでしまってあります」
「捨てろやそんなもん!」
思わず叫んでしまったが、グリードも同じくため息混じりに言った。
「シリクスが〝捨てると呪われるから置いといてよ〟と……」
「なお捨てろ! そんな変なもん、執務室なんかに置いとくな!!」
カルラはつい立ち上がってしまったが、重要な話の途中だったことに気が付いて、腕を組んで目を強く伏せながら、どすんとソファーに尻を落とした。ザークシードは苦笑としか表現しようのない表情を浮かべている。
「さすがはグリード様ですなあ」
「ん? そうか?」
「褒めとらんからな!?」
頭に血が上りかけたのをギリギリのところで耐え、カルラは己の額を指で押さえた。これ以上聞いていると話の腰を折って説教を始めてしまいそうだったので、カルラは話を戻すべくジュリアスを見上げた。
「グリードはんも出かけることはあったやん? それはええの?」
「魔法陣の方はさほど多くの魔力を必要とするわけではないようです。使用人もいますし、魔王城を無人にすることはまずありえませんので、結果的に問題なかったようですね」
「大事なとこが雑な作りやな……」
カルラは組んだ足の上で頬杖をつく。確かに結界を構築した当時は、必ず誰かは城にいた。サフィリアはほぼ確実に城にいたし、グリードかシリクスかザークシードの誰かはサフィリアについていたと聞いている。サフィリアが死んでからもしばらくは幼いディアドラが常に城にいたから、魔力の供給に支障はなかった、ということのように思えた。
「それで、問題とは何だ?」
グリードの問いにジュリアスはすぐには答えず、グリードの傍に歩み寄る。それから「失礼」と短く断ると、グリードの片手を取って袖をまくった。あらわになった手首には、カリュディヒトスに刻まれた謎の文様がある。
「この文様には、一部だけ結界の魔法陣と同じ記述がありました。先程申し上げた魔石は、これにも魔力を供給しているようなのです」
「それは……え? カリュディヒトスは魔法陣を知ってたってことか?」
カルラは目を丸くしたが、ジュリアスは首を傾げた。
「地下室に人が入った形跡はなかったので、どうでしょう。魔法陣の存在と場所を知っていれば、魔法陣を壊してからナターシアを去るのではないかと。カリュディヒトスが知っていたのは、別の結界の方だと思います」
「別の結界って何?」
「ディアドラ様の部屋には、ディアドラ様が中で魔法を使っても家具などが壊れないように、強力な結界が張られています。その結界維持にも同じ仕組みが使われていました。以前、カリュディヒトスがディアドラ様を捕らえるのに使ったという牢も同じでした。……まあ、仮面が便利なので使い回されていたということでしょう」
「シリクスの奴、雑な仕事しよったな……」
はあ、とカルラはため息をついた。
ともかく、グリードにかけられたステータスダウンと魔法を使うと魔力が抜ける現象は、ジュリアスの語った不気味な仮面によって維持されているということだ。執務室にあるということは主にグリードの魔力を吸っていたはずで、自分にかけられたステータス異常を自分の魔力で維持していたとは、なかなかおかしな話だ。
――ん?
ようやくジュリアスが何を問題としているかに思い当って、カルラはグリードをばっと見る。グリードは表情を変えずにジュリアスを見上げた。
「つまり、あの不気味な面を壊せば私のステータス異常は効力を維持できなくなるはずだが、そうするとナターシアの結界を再起動できなくなる、ということだな?」
「はい」
「迷うまでもない。結界を再起動してくれ」
「……そう言われるとは思っておりました」
ジュリアスが顔を曇らせながら息をつく。
「坊んなら考え終わった上で言うてると思うけど、結界用に別の装置を作り直すっていうのは難しいんやな? 魔法陣に誰か配置して魔力供給をやらせるとかは?」
カルラがそう問うと、ジュリアスは頷いた。
「母曰く、肝心の魔力を吸う部分の加工は父が一人でやってしまったからわからない、とのことです。人を配置するにしても、常時となると交代制にするしかありませんし、あまり担当者を増やして魔法陣を壊されても困ります。そもそも魔力の供給元を別のものに変えるとなると、魔法陣にも手を入れる必要があります。完全に理解したわけではない魔法陣に手を加えると壊すリスクもあります。もちろん考えてみるつもりではありますが」
「……、わかった。坊んが無理やて言うなら無理や」
カルラは眉を寄せながら頷いた。ザークシードに視線をやると、彼も「グリード様に従いましょう」と腕を組みながらため息をついた。
「皆でそう心配そうな顔をするな。先日ふと思ったのだが、ステータスの半減だけならば、レベルを上げて前と同じステータスまで持っていけば解決するのではないか?」
グリードがのんびりした声でそう言ったので、カルラはがくっと肩を落とした。ザークシードが「それはいいですな」と大口を開けて笑う。
「手合わせでしたらぜひお相手頂きたい」
「うむ、たまにはいいか」
なんでや、とカルラは己の額を押さえた。今日はグリードがいつもの三割増しでボケっとしている気がする。
いや、カルラがグリードに出会った頃、彼はたまに頼りなささえ感じるほど、ぼやっとしたところのある少年だった。成長して随分しっかりしたと思っていたのに、今日のグリードを見ているとなぜか昔の彼を思い出す。
ジュリアスがグリードとザークシードを白い目で見ていることに気がついて、疲れてきたカルラはツッコミ役を放棄した。
「じゃあ、うちもレベル上げたいし相手してもらおかなあ」
カルラがへらっと笑いながらそう言うと、途端にジュリアスに睨まれた。
「カルラ様までノらないでください」
「なんでうちだけ怒られんの!?」
カルラが目を見開いてジュリアスに抗議すると、ジュリアスは「すみません、急に裏切られた気がしてつい」と目をそらした。グリードとザークシードが笑ったので、カルラは頭を掻きながら息をついた。
「グリードはんは魔法主体で戦うタイプやから、魔法を使えるようにせんと意味ないやろ。そもそもそこまでレベル上がってたら、もう簡単には上がらんはずや」
放棄したはずのツッコミを結局口にする。ジュリアスに睨まれただけ損した気分だ。グリードが「そうだな」とどこまで本気なのかわからない声で言った。やっぱり何かおかしい。
「それはそうと、あとは魔石か。……あんな大きいものがまた見つかるといいが」
グリードが窓の外に目を向ける。「探してみるしかありませんな」とザークシードが答えた。
魔獣を倒して得られる魔石の大きさは、魔獣のサイズや強さに比例する。かつて結界を構築した当時は魔獣が増え放題だった分、強い魔獣も多くいた。けれどグリードが魔王になってからは、魔族の被害を減らすためにザークシードたちが魔獣をちょくちょく討伐している。
結界に使っていたような、人の背丈より大きな魔石を得られるほど強く育った魔獣がいるかはカルラにもわからなかった。
「最悪、数で補うしかないですね。結界が解けてからこれまでに得られた魔石のうち、比較的大きなものは売らずに貯めてあります。まだまだ足りませんが」
「さすが坊ん、準備ええやん」
しかし足りないということであれば、もう少し考えた方がよいのだろう。カルラはうーんと唸りながら天井に目を向けた。
「魔石の加工技術はトロノチア王国が進んでるって聞くなー。うち、そっちを調べてみるわ。ちっちゃくても容量の問題をどうにかできればええんやろ? そんな技術があるのかもわからんけど、それっぽい専門書でも見つかれば買ってくるし、坊んに読んでもらってええか?」
「もちろんです。魔石の加工に関する本であれば、母にも見てもらいましょう」
「せやな」
ジュリアスの母のフルービアは魔石や素材の加工が得意で、シリクスの考えたものをフルービアが形にする、という分担をしていることも多かった。グリードたちが使っている通信用の魔道具も、人間が使っていたものを元にシリクスが小型化し、フルービアが量産してくれている。
フルービアであれば魔石や素材の加工に関する技術を理解するのは早いだろうし、片っ端から本を買ってきてジュリアスとフルービアで読み解いてもらう、という手もある。
トロノチア王国はアルカディア王国の北に位置する国だ。気候と土壌に恵まれない分、技術の発展に力を入れている。食料の価格が他国に比べてやや高いらしいので、カルラはトロノチア王国を仕入れに使うことはなかった。だからまだ行ったことはない。
本を運ぶなら馬車はあった方が便利だし、まずヤマトとユラと合流して、それから北に向かうのがいいか。旅程を検討していたら、グリードがカルラを見つめていることに気がついた。
「行ってくれるのは助かるが、少し休んでからにしてくれ」
「わかっとるって。でもうち、もう治っとるんやけどなあ……」
カルラが困って頭を掻くと、ザークシードがカルラに視線を向ける。
「どうしたカルラ、怪我でもしたか?」
「いや、生まれて初めて風邪ってもんになった。怪我以外で寝込んだんは初めてや」
「それは一大事だ。お主が倒れた話なんて初めて聞いたが、大丈夫か?」
「どーってことあらへん」
そうかとザークシードは頷いたが、グリードが一瞬考えてからカルラに視線を向けた。
「怪我で寝込んだことは……あるのか?」
「……お?」
――あっ、やっば。
カルラはぱっと目をそらし、「いや? えーと、あんたらに会う前の話やったかなー。最近はないなー」と言いながら頭を掻いた。ジュリアスの目が急に鋭くなったことに気がついて、カルラはしまった油断した、と後悔する。
これまでずっとリドーとの戦闘については〝戦闘があった〟としか報告してこなかったのに、今ので絶対バレた。ジュリアスから何か言われる前にと、カルラは慌てて話題を変える。
「それはそうと! ついでやから、うちも二つ話したい。坊んも座ってくれるか。なっ」
「……」
ジュリアスがカルラを睨むように見たが、黙って空いていた席についた。カルラは足を組み、他三人を見回してから口を開く。
「まず一つ目。前にザークシードが、お嬢を五天魔将に推しとったやん。あれ、うちも推したい」
「おっ、どうしたカルラ。やっと賛同してくれる気になったか」
笑みを広げて身を乗り出してきたのはザークシードで、カルラは頷くことでそれに返した。
「お嬢が昔と違いすぎるんは今でも不思議に思っとるけど、まあ疑問はさておき、お嬢はええ子に育った。ちょっと危なっかしいとこはあるけど、今のお嬢ならアリやと思う。いつまでも三人ってわけにもいかんしな」
グリードは少しだけ困ったような顔でジュリアスを見る。ジュリアスは「私も今のディアドラ様でしたら異存ありません」と頷いた。グリードがなかなか返事をしてくれないので、カルラは少し身を乗り出す。
「グリードはんは十五にこだわっとったけど、グリードはんが先代を倒した歳だからってだけとちゃうの? 自分が十四の時に先代を倒そうと考えとったら、十五まで待ったか? 確実に待ったと言えへんのなら、年齢の条件は譲ってくれてもええんちゃう? 本来うちら魔族に年齢とか関係あらへんやん?」
「……」
グリードはカルラ、ザークシード、ジュリアスを順に見る。そして全員の視線を受け止めてから目を伏せた。
「わかった。話してはみよう。……ただ、ディアの意思を尊重したい。ディアが嫌だと言ったらこの話は無しだ」
「それでええ。聞いてみてくれ」
カルラは頷いて足を組み替える。グリードにはもっと難色を示されると思っていたので拍子抜けした。やはり何かあったのだろうかと気にはなったが、まずは次の話の方が先だ。
カルラは腕も組んでから、「二つ目」と眉を寄せながら口を開いた。
「リドーの話や。報告しとらん戦闘も合わせると、うち、もう十回以上あいつと戦り合っとるんやけど……あいつ、たぶんちょっとずつレベルを上げてきとる」
「……抜かれそうなのか?」
グリードが少しだけ眉を寄せる。ザークシードとジュリアスも息を呑んだ。カルラは視線を脇にやると、一つため息をついた。
「万全の状態で、
カルラがグリードをじっと見つめると、グリードは息を吐きながら視線を落とした。
「それもディアに話してみよう。だが、一つだけ条件がある」
「何や?」
「ディアだけと言わず、全員無事で帰ってくると約束してくれ。お前も、お前の部下たちも、だ」
グリードが顔を上げて真剣な目をカルラに向ける。カルラは一瞬きょとんとしてから、「了解」と苦笑した。
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