6章 五天魔将の仕事
06-01 ジュリアスの報告(1)
朝起きて、ベッドを降りる。顔を洗って着替え、時計で時間を確認してから、早足で食堂に向かった。食堂の扉を開けると、いつも通り先に食堂に来ていたお父様の姿が目に飛び込んできた。お父様は窓の側に立って外をぼんやり眺めている。
私が食堂に来たことに気がついたのか、お父様がこちらを見てふわりと笑った。
「おはよう、ディア」
「おはよう、お父様!」
私も満面の笑みを返すと、自分の席に腰を下ろした。まだ湯気の立ち上る朝食は今日も美味しそうだ。
お父様も笑顔のまま自席に座り、いただきますと言って食事を始める。それを眺めてから、私もいただきますと言ってパンに手を伸ばした。
二週間前にお父様がお母様の日記を見せてくれて、少し話をしてから、なんとなくお父様の雰囲気がやわらかくなった。お父様が私を見て笑ってくれる頻度も笑顔のやわらかさも増して、私はお父様と食事をする時間が前よりもずっと楽しみになっていた。
「そうだお父様、これ見て」
ポケットに入れていた土人形をテーブルに置く。それは雀くらいの小さな鳥の形の人形で、ぱたぱたと羽を動かして天井近くを飛び回る。
お父様は「食事中はやめなさい」と言ったけれど、その表情は苦笑に近く、怒ってはいないように見えた。
茶色一色で見るからに土という質感ではあるものの、この魔法を覚えた時に最初に作ったのっぺり人形からはだいぶ進化した。森でザムドが狩りをしている横でよく練習していたし、キルナス王国で大量の人形を作ったことで熟練度が上がったのだ。
作った土人形は自分の部屋にも何体か置いてある。暇なときは部屋の土人形を崩して作り直しをすればいい練習になるからだ。
「土人形の魔法はうまくなったでしょ? 回復魔法は全然だけど」
私はそう言って肩をすくめた。回復魔法も上手くなりたくて、誰かがちょっとした擦り傷や打ち身なんかの怪我をするたびに練習を兼ねて使っているけれど、熟練度が全然上がらない。
これはむしろ回復魔法をちょっとでも使えること自体が奇跡なのでは? と思うほど適正を感じられないでいた。
お父様が「まあ、回復魔法はな」と苦笑気味に言った。
「私も使えんし、我々の中で回復魔法をまともに扱えるのはジュリアスくらいだろう。サフィも昔、練習しようとして諦めていた」
「お母様も?」
「ああ」
お父様はテーブルに視線を落とし、懐かしそうに目を細める。口元にも小さな笑みが浮かんでいることに気がついて、私もつい表情が緩んでしまう。何かお母様とのことでも思い出しているのかな。
一度お母様の話をして以来、お父様は時々お母様の名前を口にするようになった。そんな時お父様はたいてい、愛しいものでも見ているような優しい目をする。
記憶ってきっと、その時の情景だけじゃなくて、一緒に感情も呼び起こすようなものだ。私も特別嬉しかったことや悲しかったことほどよく覚えている。
――ん?
そう、そうだ。日本で過ごしたときのことや、私がディアドラの中で目覚めてからのことを思い出すと、自分が感じていたことも一緒に思い出せることが多い。
でも私はディアドラの記憶を持っているのに、彼女が何を考えていたのか、今でもよくわからない。それはどうしてなんだろう。
「ディア? どうかしたか?」
「あっ、ううん。何でもないよ」
お父様が私を見て首を傾げていたので、私ははっとして止まっていた食事を再開した。
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