05-07 地下に眠るもの
ご褒美に今日は一日ジュリアスを貸して、とお願いしたら、お父様はもちろんと頷いてくれた。
ジュリアスは執務室で仕事を始めていたけれど、研究室の謎のヒントを見つけたと言ったらすぐに仕事の手を止めてくれた。
お母様の日記に書かれていたのは、二つ。書庫の地図とその裏が最後のヒントになっているということ。それから〝アタリはどっち?〟だ。書庫の地図といえば、書庫に入ってすぐに目に飛び込んでくる、あの大きな大きな布の地図だろう。ジュリアスと一緒に地図を棚から剥がして裏返してみると、〝ニックネームは?〟と、小さな文字で書かれていた。棚から地図を外さないと見えないような位置に。
「ニックネーム……って、誰のかな?」
「わかりませんが、ひとまず研究室に持っていきましょうか」
私とジュリアスははがした地図を持って研究室に向かう。もう一つのヒントの、アタリはどっちというのは何だろうと考えていたら、ジュリアスが棚の小箱の蓋を調べ始めた。小箱の蓋の裏についていた板が外れ、奥からいくつかの石が現れる。なるほど、底がハズレ、ならアタリは逆の蓋、ということか。さすがジュリアス、解くのが速い。
小箱の裏の石は、キッチンの棚の奥の仕掛けのヒントになっていた。棚の奥の仕掛けを解くと、〝ULVL〟〝四〟という文字が書かれている。
「一から五まで揃ったね」
「あとは地図ですね。大きさから見て、本棚と関連付けるのだと思いますが」
地図の大きさは大型の本棚四つ分。研究室の棚も、大型の本棚が四つ。書庫から持ってきたピンを使ってジュリアスが棚の前に地図を吊るしてくれた。地図と本棚はぴったり同じ大きさだった。
棚の仕切板が当たって、地図はところどころ膨らんで見える。
「でも、結局スタンドライトは使ってないんだよね?」
ライトの光を地図に当てるのかな? 机から手鏡を取り出してみた。スタンドライトの光を青くして、鏡に反射させて地図に当ててみる。けれどこれといって何も見つけられなかった。
意味がないなら戻そうかと思った瞬間、つい手鏡を床に落としてしまう。ガシャンと音が鳴って、鏡の部分が外れてしまった。
「あっ、ご、ごめん!」
慌てて手鏡を拾う。そして気がついた。鏡の裏に何か書いてあることに。
「ジュリアス、見てこれ」
「なるほど」
それはどう見ても二つのヒントだった。
一つは、窓のイラストから、床の落書きの一つと同じ絵に矢印が伸びている。昨日ジュリアスが見つけてくれたやつだろう。
もう一つは青いスタンドライトから、別の落書きに矢印が伸びていた。ジュリアスが親子三人を描いた、長方形が足された落書きだ。
スタンドライトの光を青くして、手鏡を使って落書きに青い光を当ててみる。すると長方形の中に今度は世界地図が現れた。まさか同じ落書きを二回使うとは思わなかった。
「……そういうことですか」
「待って、一人で納得しないで解説して!」
いきなり床の仕掛けを操作しようとしたジュリアスの肩を慌ててつかむ。ここまで来たら最後まで答えを知りたい。ジュリアスは眼鏡を押し上げると、まず棚に留めた地図を指差した。
「四つの棚はそれぞれ四段に分かれています。そこで地図も縦四マス横四マスに分けます」
「ほう」
「次に、床の落書きに青い光を当てると、地図の縦が私で、横が母だと示されています。そこで地図の四マスにそれぞれ名前を当てます」
ふんふんと頷いてから、ハテと首をひねる。ジュリアスもフルービアも、どちらも四文字には収まらない。
「ここで地図の裏面を思い出してください。二人のニックネーム、つまり〝JULY〟〝LUVY〟を四マスにそれぞれ当てます」
やっぱりジュリアスはジュリーなのか。可愛いなと思ったが、ここで話の腰を折るわけにいかないので口をつぐんだ。
「次に、一から五までの数字の順にアルファベットを並べます。二文字ずつ区切ったアルファベットの交点にある、本棚の仕切りの位置の色が答えかと」
「な、なるほどー!」
私はうんうんと頷いた。お母様は一年かかったと書いてあったけれど、私の脱出ゲーム経験、ジュリアスの頭、そしてお母様の日記のヒントのおかげで一週間以内に解けてしまった。三人寄れば何とやら、かもしれない。まあでも一番の功労者は間違いなくジュリアスだ。
「ジュリアス、押して押して!」
「少々お待ち下さい」
ジュリアスが床の石版と棚にかけられた地図を見比べながら、順に虹色の石を押していく。十回押し切ったところでジュリアスが石版から指を離すと、がたん、という音が廊下で鳴った。駆け足で廊下に出てみると、廊下の半分を埋めていた壁が消え失せ、地下へ続く階段が現れていた。思わず私はジュリアスの手の平に、自分のそれを当ててパチンと鳴らしてしまった。
ジュリアスを先頭に地下へと降りる。ずっと閉め切っていたからか、空気が淀んでいた。ジュリアスが魔法で風を起こして空気を入れ替えてくれる。
地下にあったのはナターシアの大陸を形取った魔法陣だった。魔法陣といえば円形のものしか見たことがなかったけれど、その輪郭は精緻にナターシア大陸を描いている。魔法陣は私が横に寝転がるよりも大きいのに、その中はびっしりと細かい図形や文字で埋まっていた。
「お、おお……」
だめだ、さっぱり理解できない。見ているだけで目眩がしそうだ。理解を放棄した私はジュリアスに視線を向けてみた。ジュリアスは腕を組みながら難しい表情で魔法陣を見下ろしている。
「……わかりそう?」
不安になって聞いてみると、ジュリアスはやはり難しい顔のまま首を横に傾けた。
「ごく一部ならわかりますが、全容までは……すみません、時間を頂けますか」
「も、もちろんだよ!」
こんなもの、どれだけ時間をかけても私には理解できそうにない。
お父様の思いつきを聞いてから、たったの一週間でこの魔法陣の理論を組み上げたというシリクスさんは、一体どれだけ頭が良かったんだろう。皆が口を揃えて天才と呼ぶ理由の片鱗を見た気がした。まず魔法陣の形状を円以外にする、という時点で私には一生かかっても思いつかないに違いない。
そしてこの複雑怪奇な魔法陣を、部分的にとはいえ初見で理解するジュリアスにもびっくりだ。お前ら親子で何なんだ。
「しばらくこの地下室で考えたいので、グリード様への報告はお任せしてもよろしいですか?」
「それなら任せて」
ジュリアスをその場に残し、魔王城に急いで戻ることにした。ジュリアスはきっとしばらくあの地下室にこもるのだろうし、お昼ごはんは持っていってあげたほうがいいかな、と考えながら。
◇
「なァ、カリュディヒトス。全然楽しくねーわ。もっと強いのくれよ」
退屈そうに自身の双剣を鞘に収めたリドーが、そう言って背後を振り返った。リドーの周囲には血の海が広がっており、その中には獣に似た何かの死骸が散らばっている。それらは元の形状が何だったのか判別できないほど切り刻まれていた。一体だったのか複数だったのかもわからないほどに。
リドーの視線を受けたカリュディヒトスは、苛立たしげにリドーを睨みつける。
「やかましい。造るそばから倒していきおって。おかげで手駒が増えんではないか。火傷が治るまで大人しくしておれ」
「えー、それこそつまんねェよ」
リドーは己の頬に手を当てる。そこにはまだ新しい火傷の痕があった。頬だけではない。リドーの腕にも胴にも脚にも同様の火傷が広がっている。しかしリドーはあえて頬の火傷に爪を立てて引っ掻くと、心底楽しげな笑みを広げた。
「戦ってる最中にこれが痛むたび、こないだのお嬢を思い出してゾクゾクすんだよなァ。あの炎をかいくぐってお嬢を斬ったら、あの泣き顔はどう歪むのかなァって」
「…………、理解できん」
カリュディヒトスは表情を消すと、諦めたようにリドーから視線を外した。リドーはそんなカリュディヒトスの反応さえも面白いというように、やはり笑って言った。
「ま、それにはまず、もっとレベルを上げないとな。というわけでカリュディヒトス、次くれ次」
「はあ……。魔石の魔力が空になった。よこせ」
「はいよ」
リドーはカリュディヒトスの横に置かれていた巨大な魔石に歩み寄ると、それに手をかざした。
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