05‐06 母の日記(2)


○月✕日。


 どうせあと少しの命なら何か書き残してみようかな、と思って日記を始めてみた。私のことだから毎日は無理だろうけど、時々は書いてみよう。日記なんて初めてだけれど、何を書こうかしら?


 そうね、まずは……。


 やっと皆で先代魔王を討ったというのに、グリードがずっと暗い顔をしているの。私が先代から最後に呪いを受けてしまったのはグリードのせいではないのに。私が避けられなかっただけ。それに、私を置いていこうとするグリードに無理やりついてきたのは私なのよ。だから自業自得でしょう?


 でもそれをいくら伝えても、彼は首を横に振るの。どうしたらいいのかしら。



○月✕日。


 魔王になってから、グリードが自分を〝私〟って呼ぶようになった。魔王らしくあろうとしているのかな? でも私の前ではまだ時々〝僕〟って言ってる。気が付いていないみたいだし、ふふ、可愛いから指摘してあげない。


 ザークシードがグリードや私のことを様付けで呼ぶようになって、ちょっと寂しい。けじめだとか言って、完全に臣下みたいな態度になっちゃった。ちょっと前までタメ口だったのになあ。


 グリードはともかく、私にはこれまで通りにしてって言ってみたけど、いずれご結婚されるなら一緒でしょう、なんて言われちゃった。私もグリードもまだ十五よ。いくらなんでも気が早すぎじゃない?


 でも、そうなったらいいな。それから子供も欲しいな。なんちゃって。



○月✕日。


 グリードがやっと笑ってくれた。けど、理由がよくわからないのよね。シリクスに聞いてみたけど、ニコニコしながら「さあ、僕は知らないよ」って言うの。でもあの顔は絶対わかってる! 教えてよ! もう。



○月✕日。


 フルービアがジュリアスを連れて魔王城の近くの町に越してきた。ジュリアスはちょっと見ない間にまた大きくなったみたい。もう二歳なの? よちよち歩きだったはずの子が走ってるなんて、子供の成長は早いなあ。


 子供はやわらかくって温かくって、本当に可愛い。ミュリアナも明日には引っ越してくるってザークシードが言ってたし、皆でパーティしなくっちゃ。



○月✕日。


 しばらく出掛けていたグリードとシリクスが帰ってきた。カルラさんという女性も一緒。明るくって人懐っこくて綺麗で、素敵な人ね。グリードとももう仲良くなったみたいで、少し妬けちゃうな。



○月✕日。


 西の塔の広い部屋を書庫にするって、シリクスがたくさんの本を持ってきた。でも、本棚に入れても入れても、下の方の棚の本はすぐジュリアスが取り出して床に広げてしまうの。家でもそうなんだって。


 フルービアが「もう書庫には入れさせない」って疲れた顔で言うものだから笑っちゃった。ふふ、可愛いな。二歳さんはいたずら盛りなのかしら。



○月✕日。


 せっかくカルラと仲良くなれたと思ったのに、もうフィオデルフィアに行ってしまった。カルラには大切な役目があるってわかってるけど、やっぱり寂しい。グリードとシリクスも大きな魔石を探すんだってまた出ていってしまったわ。


 ザークシードは残ってくれたし、ミュリアナやフルービアが相手をしてくれているけど、どこにも出してもらえないのはちょっと退屈。


 私だって戦えるわ。前はどこに行くにも一緒に連れて行ってくれたのに、つまんないの。



○月✕日。


 庭の手入れをしていたはずなのに、気が付いたらベッドの上だった。倒れてしまったらしいけど、よくは覚えていない。グリードには内緒にしてねってザークシードたちにはお願いしたけれど、みんな私のお願いなんて聞いてくれるかしら。



○月✕日。


 ほらやっぱり。グリードとシリクスが飛んで帰ってきた。だから内緒にしてねって言ったのに。


 でもグリードが私のために帰ってきてくれて、私を抱きしめてくれて、少し嬉しかった。矛盾してるわね、私。



○月✕日。


 いくら言ってもジュリアスが書庫に入ろうとする、今日も扉を閉めておいたのにどうやって入ったの、ってフルービアが言っていたけど、今思うと閉め忘れたのは私かもしれないな……上の棚から本が落ちてきたら危ないし、気をつけなくちゃ。


 ジュリアスは本が好きなのかな? じいっといろんなものを観察してるし、シリクスに似て頭のいい子に育ちそう。



○月✕日。


 しばらくシリクスを見ないと思ったら、私の呪いの進行を遅らせる魔法を考えてくれたんだって。新しい魔法を一から作っちゃうなんて、やっぱりシリクスは天才ね。少しだけ体が軽くなった気がする。


 遅らせるだけだから無理しちゃだめだってグリードは言うけれど……私は前みたいにどこへでも一緒に行きたいな。



○月✕日。


 カルラが帰ってきたから、今日は女性四人でお茶会。フィオデルフィアは空も大地もとっても綺麗な場所だって、カルラが教えてくれた。想像するしかできないけど、素敵ね。私も行ってみたい。



○月✕日。


 ミュリアナが出産した! まだ会えてないけど、女の子だって。ザークシードは男の子が欲しいみたいなことを言っていたけど、女の子は女の子で嬉しそう。


 いいなあ。私もいつか子供が欲しい。できたらグリードとの……なんてね。まだ私も彼も十六だもの。まだまだ早いわね。



○月✕日。


 今日、ナターシアが結界で覆われた。グリードもシリクスもザークシードもずっと頑張ってきたんだもの。みんなやっと完成したって嬉しそう。


 これで少しはグリードも休んでくれるといいんだけど。毎日忙しそうなのよね。ぼうっとする時間が減ってるけど、大丈夫かしら?



○月✕日。


 どこにも行けなくてつまんないってこぼしてたら、シリクスが研究室に入れてくれた。 


 でも、地下に続く扉は開けちゃだめだよ、だって。シリクスのことだから、それは開けてごらんって意味よね? 魔道具で施錠されてるけど、よーし頑張っちゃお。



○月✕日。


 シリクスの魔道具の開錠方法が全然わかんない! さすがだわ……。最初は赤、いや、青? うーん、でもヒントを聞くのも癪ね……。


 シリクスの研究室に行くと時々カリュディヒトスに会う。彼が来ているときはシリクスは私を入れてくれないんだけど、二人は何の話をしているのかしら?



○月✕日。


 謎の答えが全然わからない。シリクスに答えを教えてって言ったんだけど「君のために用意した問題だからダメ」だって。そんなあ……。



○月✕日。


 床下の鍵を解くのに夢中で、日記もすっかりサボっちゃった。もう一年経ったの? 早いわねえ。


 でもやってやったわ! まさか書庫の地図とその裏に最後のヒントがあるなんて思わなかった。確かにあれはシリクスがカルラに買ってきてって言ったものだけど、ヒントなら近くに置いて欲しいものね。


 小箱のメッセージだってひどいわよ。〝こっちはハズレ〟なら〝アタリはどっち?〟って考えなきゃいけないなんて、私には思いつかないわ。あんなの書かれてない方が逆に解きやすかったわよ。まったくもう。


 でも楽しかった。明日から何をして過ごそうかしら?



○月✕日。


 グリードの身長が最近すごく伸びている気がする。前より格好良くなったけど、でもちょっと悔しい。昔は私の方が大きかったと思うんだけどなあ。



○月✕日。


 ミュリアナが二人目を産んだ。また女の子。姉妹は似るって言うけど、どうなんだろう? リーナちゃんに似るのかな? あー、早く抱っこしたい。


 いいなあ、いいなあ。私だって、いつかは……。



○月✕日。


 私も子供が欲しいってグリードに話してみた。でも駄目だって言うの。出産は体に負担のかかる行為だから、何かあったらどうするんだって。皆もやめとけって、そればっかり。


 でも産んでも産まなくても死ぬのなら、一度くらい挑戦したっていいじゃない? 私、いつかお母さんになるのがずっと前からの夢だったのよ。


 私、諦めないんだから。



○月✕日。


 どうしよう、グリードが口も利いてくれなくなっちゃった。私のことを心配してくれているのはわかるけど、私だって諦めたくないし……。うーん。


 よし、とりあえず寝よっかな。寝て起きたらいい考えが浮かんでいる気がする。



○月✕日。


 子供のことはさておいて、まず結婚してって言ってみた。グリードの気持ちなんてわかってたけど、受け入れてもらえるとやっぱり嬉しい。


 グリードは「まさかプロポーズまで君に先を越されるとは」って複雑そうだったけど、のんびりしてるからいけないんじゃない?


 そう言われてみれば、好きだって先に告げたのも私だったなあ。懐かしい。あれは確か私たちが十歳くらい……? もっと前? あら? いつだったっけ?



○月✕日。


 皆に今日、グリードと結婚することにしたって報告をした。それだけなんだけど、祝福してもらえて嬉しい! 幸せだなあ。



○月✕日。


 夫婦になったんだから寝室も一緒にしましょ、って言ったらグリードが固まっちゃった。そういうのはまだ早いと思う、って、じゃあ何歳になったらいいのよ! お互い十八になったんだし、いつまでも子供ってわけじゃないでしょ。


 いいや、明日になったら勝手にグリードの部屋に引っ越しちゃおっと。



○月✕日。


 ジュリアスがグリードに、「一人でドラゴンを退治したんですってね」なんてキラキラした笑顔で言うものだから、皆で笑ってしまった。グリードだけは「またかシリクス!」って困っていたけど。グリードにあんな大きな声を出させられるのは、シリクスくらいじゃないかしら。


 ジュリアスの話の中のグリードはいつも超人で、笑いをこらえるのが大変。シリクスは物語を作るのが上手ねえ。才能を感じるわ。


 それにジュリアスも、まだ小さいのにシリクスの話をよく覚えてるなあ。記憶力がいいのかな? シリクスは「僕は紙に書いてあることは覚えないよ」って言い切ってたから、またタイプが違うのかしら。



○月✕日。


 最近眠くってだるいなあー、ってミュリアナに言ったら、妊娠したんじゃない? って言われた。


 そうかな? そうなのかな!? だったらいいなあ。今ならまだ、もう少し時間はあるわよね? 呪いを受けた時は、こんなに長く生きられるなんて思わなかった。シリクスのおかげね。



○月✕日。


 つわりが辛い。こんな大変なものだったなんて……。はあ、ミュリアナは二回もこんなのに耐えたの? それでまだ子供が欲しいって言ってるの? 尊敬するわ。


 妊娠確定じゃないかって言われたけど、正直喜ぶどころじゃないわね……。



○月✕日。


 むり。もう妊婦なんてやめたい。


  

○月✕日。


 やっとつわりが終わった。あーつらかった! すこーしずつお腹が膨らんできた気がする。もうすぐ動くわよってミュリアナもフルービアも言うんだけど、待ちきれないなあ。名前もそろそろ考え始めなくっちゃ。


 

○月✕日。


 階段は危ないから寝室は一階の部屋に変えようか、ってグリードが言うの。私、飛べるからね? 私の背中の羽は見えてないのかしら? でも貧血気味なのは確かだし、大人しく心配されていようかしら。



○月✕日。


 体調が悪いとつい気分も沈みがちよね。変なこと書いちゃったから、ここしばらくの日記はなかったことにする。


 大丈夫。元気元気。


 そんなことより、子供の名前を考えよっと。



○月✕日。


 今日は調子が良かったから、グリードと庭でお散歩。何を話すでもなく、ただ寄り添って歩いて、時々顔を見合わせて笑って。ただそれだけのことで、私はとても幸せな気持ちになる。グリードも同じように思ってくれているといいんだけど。



○月✕日。


 お腹の子がよく動くようになってきた。お腹の中からぐいーっと押されるのは変な感じ。でも、たまに肋骨を蹴るのは痛いからやめて欲しいな。元気な子なのかしら? 早く会いたいなあ。



○月✕日。


 カルラが会いに来てくれた。私が死んだらグリードとお腹の子のことをよろしくねってお願いしてみたんだけど、断られちゃった。そういうお願いは聞きたくないんですって。


 カルラはいいな。いつでも自分の感情に正直で、自分の足でどこでも行けて。私もいつか、フィオデルフィアの空を見てみたいな。



○月✕日。


 どうしてかしら。夢を見たの。グリードが赤い髪の女の子を抱いている夢。お腹の子が女の子か男の子か、産まれてくるまでわからないけれど、女の子なのかしら?


 女の子なら、名前はディアドラにしようかなって思うの。特別な意味があるわけじゃないけど、ディアって呼べたらとっても可愛いじゃない? でも、男の子だったらどんな名前にしようかな……。



○月✕日。


 少しうたた寝をしていたみたい。起きたらシリクスがほっとしたような顔をして、グリードが私の手を握って泣いていた。やあねえ、泣き虫はとっくに封印したんだと思ってたのに。


 なんだか子供の頃のことを思い出しちゃった。小さい頃は私がグリードの手を引いていたはずなのに、いつから逆になっちゃったのかしら? 孵ったばかりの小鳥(その子も魔獣よ?)が獣に食べられてしまったって泣くグリードを慰めたのは、私たちがいくつの頃だったっけ? 五つ? 六つ? もっと前? 忘れてしまったけれど、あの頃にはもう私は優しいグリードのことが大好きだった。それだけは覚えてる。



○月✕日。


 ここのところ、眠くってよく寝ているから、たくさん夢を見るの。小さい頃のこと、最近のこと、ここではないどこかのこと。いろんな夢を見るけれど、だいたいグリードが傍にいる。物心ついたころからずっと隣にいたから、当たり前かもしれないけど。


 日記を読み返してもやっぱり私、グリードのことばかり書いているわね。



○月✕日。


 この日記はグリードに渡すことにした。だから日記はこれでおしまい。最後は手紙にするわ。


 ねえグリード。

 私はあなたに会えて、あなたの子を宿せて、幸せだった。


 あなたは何度言っても否定するけれど、私の受けた呪いはあなたのせいじゃない。あなたの夢を応援すると、あなたと共に戦うと決めたのは私。先代との戦いで、彼の最後の魔法を避けきれなかったのも私。


 どうか、自分を責めないで。

 今すぐでなくても構わないから、いつか自分を許してね。


 それから、産まれてくるこの子のこと、お願いね。私と引き換えに産まれてくるかもしれない命を愛せる自信がないって、あなたは言っていたけれど、これを読んだってことは、大丈夫だったんでしょう? ほらごらんなさい、私の言うことは当たるのよ、昔からね。優しいあなたが自分の娘を愛せないはずがないもの。


 大好きよ、グリード。子供の頃から、ずっとずっとあなたに夢中だった。


 恋と愛の境目はどこだったのかしら。私はあなたを愛しているけれど、今でもあなたに恋しているような気もするの。もしかしたら恋と愛は両立するものなのかもしれないわね。


 今までありがとう。


 あなたとこの子の未来が、幸せなものであることを祈ってる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る