05‐06 母の日記(1)


 食堂に入ると、お父様はもう席についていた。まだ食事を配膳していた使用人がぺこりと会釈をしてきたので、つられて同じように返した。


 お父様に視線を戻し、できるだけいつもどおりに声をかけてみる。


「ただいま、お父様」


「ああ、お帰り」


 お父様の返事もいつもどおりだったから、ほっとして私も自分の席に座った。ジュリアスとザークシードの話は聞こえなかったけれど、ザークシードはお父様と何か話をしてくれたのかな。気にはなったけれどさすがに聞けず、いただきますと言ってから食事に手を付けた。


「午後はね、ザムドの家に遊びに行ったんだ。ミュリアナにも会ったよ」


「そうか」


 夕食を取りながら、いつものように今日あったことを話した。


 さすがにミュリアナからお母様やシリクスさんの話を聞いたことには触れなかったけれど、ミュリアナが歓迎してくれたこと、ザムドと森でまた魔法の練習をしたこと、帰りにシリクスさんの研究室に寄ったことは気にせず話した。一応、ジュリアスが語っていた内容は伏せた。


 先に食べ終わってしまい、部屋に戻ろうか迷う。お父様が食べ終えるまで喋っていてもいいけれど、今日は失言が怖い。フィオネに借りた本でも読もうと、「先に戻るね」と言って椅子から降りた。


「ディア」


 いつもならお父様は、私が先に席を立っても止めてくることはない。でもお父様は自分の食事が終わっていないのに、立ち上がって私のほうに歩いてきた。


「これを」


 お父様は一冊の小さなノートを差し出してくる。さほど汚れてはいないけれど少し古びて見えた。何だろうと思いながら受け取って、お父様を見上げると、お父様は私ではなくノートに視線を落としていた。


「これは、お前の母の……サフィリアの日記だ」


「……お母様の?」


 再びノートを見下ろしてみる。厚みはそれほどはない。表紙には何も書かれておらず、試しに裏返してみたけれど、裏表紙にも文字は見つけられなかった。


「サフィが死ぬ少し前に、いつか読んでくれと言って渡してきたものだ。私には読む勇気がなかったが、お前が読むのは構わんだろう。お前の知りたいことが書いてあるかはわからんが、お前にやろう」


「でも……」


 お母様がお父様に読ませるために書いたものなら、私が読むのは気が引ける。困ってお父様を見上げたけれど、お父様は私に背を向けた。


「読まぬなら読まぬでよい。私にはどうせ読めんし、持っていてくれ」


「……」


「本来なら私が語るべきなのだろうが……すまない、それはもう少し待って欲しい」


「……うん」


 ノートを両手で持ったまま食堂を出る。お母様がお父様に渡したのなら、もう十年以上前のノートだ。けれどずっと大事に保管されていたのか、あらり劣化はしていないように見えた。


 自室に戻り、ノートを持ったままベッドに座る。読んでもいいとお父様は言ったけれど、どうしよう? いったんノートをベッドに置いて、しばらくベッドに転がりながら天井を眺めてみる。


 ミュリアナは、お父様はお母様と一緒の時はずっと笑っていたと言っていた。声を上げて笑うこともあった、と。どんな人だったんだろう。お父様の笑顔をずっと向けられていたなんて、正直羨ましい。この日記を読めば、少しは彼女のことがわかるんだろうか。


 私は上体を起こして座ると、ノートを開いた。


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