05-03 ザムドの成長期(2)


 ジュリアスが研究室に来てくれたついでに、見つけたものを報告した。ザムドに負けた直後のせいかジュリアスの機嫌が最悪だったので、報告だけでやめた。不機嫌なジュリアスを前に、ジュリーってジュリアスのこと? ふふふ可愛いね、なんて言う勇気はなかった。


 ちなみにザムドは「次は親父に勝つ!」と上機嫌で城の方に戻って行った。ジュリアスに勝ったばかりではまだ無理だと思う。


 ジュリアスに報告をしていたらもうすぐ昼食だという時間になったので、私はジュリアスと一緒に魔王城に戻った。


 城の入り口のところでジュリアスとは別れる。今にも鳴り出しそうなお腹をさすりながら食堂に向かうと、ちょうどお父様が食堂の扉に手をかけているところだった。


「お父様!」


「お帰り、ディア」


「うん、ただいま」


 お父様が食堂の扉を開けてくれたので、私はあえてお父様の腕の下をくぐり抜けるようにして食堂に入った。


「今日はねえ、机のスタンドライトを青く光らせる方法を見つけたよ」


 そんなことを話しながら自分の席につく。お父様はそうかと頷きながら奥の席に歩いていった。お父様には、研究室に隠された謎がヒントになっている気がする、とだけ話してある。小箱のメッセージについては、ジュリアスの態度が気になったのでなんとなく触れずにいた。ハズレだったとしか言っていない。


「あっそれとね、今日はザムドがジュリアスに勝ったんだって!」


 お父様は自分の席の椅子を引くと、座ってから私に視線を返してくる。


「ああ、ザークシードと窓から見ていた。ザークシードがいつになく上機嫌だったな」


「そのあとザムドがザークシードに挑んでなかった?」


「それも見た。今日はザークシードが勝っていたが、次はわからんな」


「へー!」


 ザムドも頑張ってるんだなあ、と思いながら私はフォークとナイフに手を伸ばす。おっといけない、いただきます、と言うのが先だ。いただきますと手を合わせてから、今度こそフォークとナイフを持ってハンバーグに手を伸ばした。今日も美味しそうだ。


「ザムドがね、成長期だって言ってたよ」


「ザークシードも同じことを言っていた。この勢いなら、自分のことなど軽く越えてくれるだろうと」


「そっかあ」


 ザムドは忠犬――あ、いや、弟みたいなものだし、強くなりたいと彼が願っていることも知っている。ザムドの努力が実を結びつつあるのならいいことだ。


 ハンバーグを切り分けて、息を吹きかけて少し冷ましてから口に運ぶ。肉汁もソースも肉自体もとても美味しい。ただ、食卓に出てくる肉が何の肉かは考えないことにしている。


 今日はジュリアスの機嫌がいつ戻るかわからないし、久しぶりにザムドと遊ぼうかな。でも研究室の本棚の調査がまるで進んでいないことを思い出し、お父様に目を向けた。お父様はパンを手でちぎりながら食べているところだった。


 話題も途切れたし、食事が終わったらお父様はまた仕事に戻ってしまう。とりあえずお母様がどんな本を読む人だったかだけでも聞いてしまおう。


「ねえ、お父様。そういえば私のお母様って――」


「!」


 お母様という単語を私が発した瞬間、お父様がわずかに身体を強張らせたのがわかった。続きを言葉にするのがためらわれ、私は口を閉ざしてお父様を見つめる。


 お父様は視線をさまよわせてから、「……その」と何かを言いかけた。


「あっ、あー! そういえば私、ザムドと約束してるんだった! 研究室の探索に夢中で忘れてたなー。急いで食べちゃうね!」


 お父様の言葉を遮るようにそう言って、残っていた料理を急いで口に詰め込み始めた。ザムドと約束しているなんてもちろん嘘だけれど、たぶん彼なら暇だろう。魔王城の周囲か森か町か、どこかにはいるに違いない。


 ちらりとお父様に視線を向けてみると、お父様は無言で食事を続けていた。その様子にいつもと違うところがあるわけではないけれど、あえて言うなら、お父様は私を見返してはこなかった。


 ジュリアスがこの間、お母様の名前を出したくなかったと言っていたことを思い出す。お父様のこの反応を見るに、たぶん浮気を疑われたら困るなんて嘘だったんだろう。


 ――お母様について聞いちゃいけないのなら、教えておいてくれればよかったのに!


 ジュリアスに文句をぶつけたくなったけれど、あいにく今は彼の機嫌が悪いのでやめておこう。口喧嘩でジュリアスに挑んでも確実に負ける。


 カルラがお母様について少しだけ話してくれた時だってそうだ。お父様がお母様について教えてくれないのは事情があるのかも、と言った私に、カルラは「事情なあ」と呟いただけだった。


 ――言ってよ! 何かは知らないけど、ちゃんと事情があるんじゃないのよ!


 二人揃って何なんだ、と八つ当たり気味に考える。ほとんど噛まずにパンを飲み込み、ハンバーグも付け合せのポテトも熱さと格闘しながら流し込んだ。


「じゃあお父様、また夜にね!」


 急いで立ち上がり、お父様から逃げるように食堂を飛び出る。一度だけ振り返ってみたけれど、やっぱりお父様は何も言っては来なかった。


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