05-01 乙女ゲームに脱出要素は求めてない(2)


 お父様の執務室の扉をノックしてから開けると、お父様とジュリアスが私を見た。


「ジュリアスに聞きたいことがあるんだけど、今いい?」


 そう言うと、ジュリアスはまずお父様のほうを向いた。お父様が頷いたのでジュリアスは持っていた本を棚に戻すと、私の前に歩いてくる。


「どうぞ。座られますか?」


「うん、ありがと」


 ジュリアスがソファーを示したので、ありがたく座らせてもらうことにした。ソファーに腰を下ろすと、ジュリアスもその向かいに座る。


「それで、聞きたいこととは?」


「お父様がシリクスさんの研究室に連れて行ってくれたんだけど、あの部屋にあるものって動かしたり持ち出したりした?」


「父が死んでから片付けはしましたが、物を持ち出すようなことはしていないと思います」


「じゃあ、棚の小箱の鍵がどこにあるか知ってる?」


「小箱ですか? わかりますが、あれは――」


 ジュリアスが何かを言いかけて、口を開いたまま迷うように視線を私からそらした。ジュリアスは口を閉じてから、ちらとお父様に顔を向ける。


「父の研究室の話でしたら、現地でしたいのですが、行ってきてもよろしいですか?」


 お父様は私たちを見て頷いた。


「構わん。研究室の仕掛け魔法の話だろう?」


「うん、そうだよ」


「では行きましょうか」


 ジュリアスが立ち上がって部屋を出ていこうとするので、私もお父様に手を振ってからジュリアスを追いかけた。早足で歩いていく彼は私を振り返らない。足の長いやつはこれだから、と少しだけ悔しく思いながら、小走りになった。


 私が走っていることに気がついたジュリアスが、「すみません、少し考え事をしていました」と申し訳なさそうに言って、歩調を緩めてくれる。


「ねえジュリアス、あの小箱って」


「申し訳ありませんが、研究室に着いてからでお願いします」


 やっぱり何か秘密でもあるのかな? 少しわくわくしながら、ジュリアスとともにシリクスさんの研究室に戻った。


 家の鍵を大急ぎで開け、棚の小箱に駆け寄る。


「で、これなんだけど」


「少々お待ち下さい」


 ジュリアスはなぜか棚ではなく、壁にピン留めされたメモのほうに歩いていく。それからいくつかのメモをめくって、壁に書かれた数字を確認した。一から四まで、それぞれ違う色で書かれている。


 な、なるほど、メモ自体ではなくメモの下にヒントがあったのか。私ではきっと気が付かなかったに違いない。


 ジュリアスは次に机に歩み寄ると、一番下の引き出しを開ける。私も机の方に行き、彼の後ろから引き出しの中を覗き込んだ。そこにも箱が入っていた。赤、青、橙、白、緑という五つの石が埋まっている。


 ジュリアスは緑、橙、白、赤、という順序で石を押すと、箱の蓋を開けて小さな鍵を取り出した。壁に書かれていた数字の色だった。


「どうぞ」


 さすがジュリアス、私が解くまでもなく脱出ゲームを進めている。彼から鍵を受け取って、いそいそと小箱を開ける。


 小箱の中は空だった。

 でも箱の底に何か書いてある。


〝サフィリアへ。残念、こっちはハズレだよ〟


「…………」


 何だこれは。

 やっとヒントを見つけたと思ったらハズレってどういうことだ。壁の数字をヒントに引き出しの箱まで開けさせておいて、ハズレ!? バカにしているのか!?


 サフィリアという名前には覚えがある。お母様の名前だと、以前カルラが教えてくれた。なぜこんなところにお母様宛のメッセージが書かれているのかは知らないけど。


「ねえジュリアス、これ、何?」


 私は無表情でジュリアスを見上げる。ジュリアスは表情を変えないまま肩をすくめた。


「さあ……父とサフィリア様が遊んでいたのではないかと」


 そんなオチ!?


 せっかく脱出ゲームのクリアに大きな一歩を踏み出したと思ったのに、ただの引掛けだったとは。脱出ゲームは苦手なのに、引っ掛け問題まで混じっているなんて難易度が高すぎる。いや、そもそもこれが脱出ゲームだというのは私が考えただけで、誰もそうだとは言っていない。


「こんなオチなら城で教えてくれても良かったじゃない!」


 頬をふくらませてジュリアスを睨む。ジュリアスはバツが悪そうに私から目をそらした。


「その……あまりサフィリア様の名前を出したくなかったもので」


「どうして?」


 ジュリアスはすぐには答えない。私から目をそらしたまま、何かを考えているようだった。


「……父とサフィリア様の浮気を疑われても困ります」


「は?」


 いや、いやいやいや、それはないだろう。


 ちょっと部屋にメッセージを仕込んだだけで浮気はない。お父様とシリクスさんは仲がよかったみたいだし、お母様とシリクスさんだって知り合いだったはずだ。


「お父様はそんなに心の狭い人じゃないと思う」


「そうですね」


 ジュリアスに小箱の鍵を返すと、ジュリアスはそれを元の場所に戻した。それから部屋を見回して言う。


「ディアドラ様は、仕掛け魔法のヒントがこの部屋にあると考えられているのですね?」


「うん。違うの?」


「さあ……確かに研究室内にはなぞなぞのようなものが散らばってはいるのですが、それらは父がサフィリア様に出した問題だという話です」


「お母様に?」


「はい。その……あまり城から出られなかったサフィリア様への暇つぶしとして用意したものだと」


「暇つぶし……」


 うーん、と私は腕を組んで首を横に傾けた。お母様の暇つぶしでしかないのなら、この脱出ゲームらしきものは床の魔道具とは関係ないんだろうか? もう一度唸ってみたけれど、かといって他にヒントらしきものもない。


「とりあえず、ジュリアスが知っているものを全部教えてくれる?」


「かしこまりました」


 ジュリアスはさっきのメモの裏の数字や、引き出しの箱、床に敷かれたラグの下に書かれた大きな長方形を見せてくれた。


 長方形の下のほうに〝一〟と数字が書かれている。ラグは正方形で、一辺が打ち付けられているせいで動かない。


 次にジュリアスは床の落書きのうちの一つを指差した。その落書きは、顔のついた雪だるま……のように見えなくもない何かが三つと、雲かもしれないもこもこが描かれている。そして直角を描くように書かれた雪だるま二体の間には、定規で書いたような長方形があった。


「これは?」


「その長方形以外は、私が小さい頃に書いた落書きだそうです。私としては消してほしいのですが、父が上から透明な塗料を塗ってしまったらしく、全く消えません」


「……雪だるま?」


「私と私の両親の三人……らしいです」


 ジュリアスは若干恥ずかしそうにそう言った。ふうむジュリアスはなかなかの画伯だ。まあでも子供の絵だからな。


 色や大きさから見て、小さいのがジュリアス、ジュリアスと直角に書かれた赤い雪だるまがお母さん、ジュリアスの横の青い雪だるまがお父さんだろう。たぶん。


「あの、その落書き自体はどうでもよいのです」


 ジュリアスはそう言って、窓にかかっていたカーテンを開ける。途端に外から少しだけ光が差し込んで、雪だるまの間の長方形の中に、サイコロの五のような模様が現れた。五つの丸には一つずつ、中央から端にかけて直線が引いてある。


「へえ」


 光に反応して浮かび上がる模様なんて、やっぱり脱出ゲームみたいだ。脱出ゲームなら、この形状の通りの何かが部屋の中にあって、丸の線に合わせて何かを操作するんだろう。


「五つの丸いダイヤルみたいなものって、どこかにあるの?」


「ありますよ。キッチンの棚の中です」


 ジュリアスは外に繋がる扉とは別の扉を開ける。彼が扉の向こうに消えたので私も扉を覗き込んだら、そこは廊下だった。廊下の長さは研究室の部屋に比べると半分くらいしかなく、半分は壁で閉ざされている。廊下には二つ扉がついていて、ジュリアスは向かって左の扉を開けた。キッチンだ。


 気になった私はもう片方の扉を開けてみた。そちらにはお風呂とトイレがあった。


「ディアドラ様、こちらです」


「あ、ごめんごめん」


 ジュリアスはキッチンの棚の一つを開けると、その奥を見せてくれた。確かにサイコロの五のような形でダイヤルが五つ並んでいる。はてさっきの絵に書かれたダイヤルの向きは何だっけ、と考えていたら、ジュリアスがダイヤルを操作して開けてくれた。


 その奥には、石が七つはまっていた。大きい縦長の楕円が中央に一つ。その左右に小さく丸い石が三つずつ収まっている。


「これ、何?」


「わかりません」


「そっか……」


 もう一つ別のヒントが必要なのかもしれない。しかしジュリアスが分からないものを私に見つけられるだろうか? ジュリアスは研究室に戻って本棚の本やノートを取り出し始めた。出してどうするのかと思ったら、本棚の奥に〝ULVY〟〝五〟という文字が現れる。


 うん、意味がわからない。


 棚には仕切りの板がランダムに配置されているように見える。試しに一つ触ってみたけれど、仕切りの板は棚にしっかり固定されていた。しかもそれは若干棚の枠より前に出っ張っている。


 本棚は大きいのに、どの棚も四段しかない。もっと細かく分かれた棚であれば、本の上に本を置くようなことをしなくていいのに、どうして四段なのだろう? 変わっていてかつ動かせないものや、中途半端に動くもの、というのは脱出ゲームならヒントか仕掛けの定番だ。さてこの棚は何だろう。


「私が知っているのはこれくらいですね」


「うーん、そっか……。ジュリアスはこれ、全部解こうとしなかったの?」


 途中まで解き進めているし、彼ならその気になればこれくらい余裕でクリアできそうだ。ジュリアスは少し困ったような顔をした。


「潰すほどの暇もなかったというのもありますが、あの小箱のメッセージからして、父とサフィリア様の遊びでしかないと思っていました。それに床の仕掛けは、昨日見つけたものですし」


「あれ。そういえば、なんで昨日?」


 お父様が言っていたときには聞きそびれてしまったけれど、そもそもどうして昨日なのだろう? 昨日キルナス王国から帰ったばかりなのだから、一日くらい家でのんびりすればいいのに。


「キルナス王国で盾の魔法陣を見る機会がありました。あれは魔力供給用の魔石が五つと、それから複雑な魔法陣で構成されていたんです」


 そんなのいつの間に見ていたんだと思ったけれど、ジュリアスがそれを見たとしたら、フィオネを神殿とやらに送り届けた時しかないんだろう。あのバタバタの間によく観察したものだ。


「ナターシアの結界も、五つの巨大な魔石に魔力を供給することで維持してきました。盾の陣もナターシアの結界も同様のものだと仮定すれば、ナターシアにも魔法陣があってしかるべきではと思いまして。昨日一日、この研究室と城とを探し回ってあの仕掛けを見つけたのです」


「へえ……」


 さすがジュリアス、帰ったばかりだというのに、存在するかもわからない魔法陣を探して回るとは働き者だ。


 でも床の仕掛けが昨日見つかったばかりだというなら、ジュリアスがこの部屋の問題をこれまで解こうとしなかったのも理解はできる。私もお父様に床の仕掛け魔法を最初に見せられていなければ、そして日本で脱出ゲームを遊んでいなければ、仕掛け魔法と部屋の謎を関連付けはしなかったかもしれない。


 仕掛け魔法の開け方が部屋の謎を解けば見つかるなんて、私のゲーマーとしての勘であって、保証もされていない。でももし本当に仕掛け魔法を解いて鍵を開けた先に、ナターシアの結界の魔法陣があるのなら、キルナス王国に行った甲斐もあったというものだ。もしこの謎を解いた先に魔法陣が見つかれば、ナターシアの結界を再構築できるのでは?


 そう考えると俄然やる気が出てきた私は、ジュリアスの両手を取って言った。


「よし、やろうジュリアス! 一緒に!!」


「えっ……一緒に、ですか?」


 ジュリアスが困惑したような表情を私に向けてくる。私は真顔になって言った。


「私、皆が天才って呼ぶ人の問題を一人で解ける気がしない。ジュリアスは私がそんな頭良さそうに見える?」


 ジュリアスは困惑した表情のまま、私から目をそらした。


「……、それは正直にお答えしてよろしいので?」


「ほぼ答えてる! 見えないって言ってるよジュリアス!!」


 もちろんジュリアスの回答なんてわかっていたけれど、変に気を使われたぶん逆に傷ついた。眉尻を下げた私を見て、ジュリアスはふっと笑みを広げる。


「わかりました、一緒に解きましょう。とはいえ私はずっとここにいるわけにもまいりませんので、ディアドラ様が見つけたものを教えて頂く形でもよろしいですか?」


「うん! よろしくね!」


 やった力強いアドバイザーを得たぞ、と、私は心の中でガッツポーズをしながら笑みを広げたのだった。



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